第1話:魔女と使徒。

文字数 4,671文字

「――集落の者には、遥か東の地からやってきた旅人。ということにしておこう。異世界がどうのこうのと言うと、説明が面倒くさいからな」とミザリイ。
 彼女の家から集落へと向かう途中、森の中の獣道での会話。
 ミザリイは魔女の帽子を被り、飾り気の無いローブを纏っていた。他の魔女は色鮮やかなローブだったけれど、彼女のは黒地の質素なものだっだ。しかし、生地は上質そうに見える。
 おれは、灰から復活を果たした作業服と、魔獣が拾ってきてくれた安全靴と作業帽いうスタイル。火に包まれた時に森の中に落としてしまった物を持って来てくれたらしい。
「図書館の職員は、おれの事情に関して、それなりに知っているんだろう?」とおれは速足でミザリイの後を必死に追いかけつつそう言った。
 彼女は別段先を急いでる様に見えないが、何しろ健脚で森の中を迷いなく進んでゆく。かなりのスピードだった。時折小走りにならなければならないくらい。
 おれの問い掛けはまるで無かったかの様に木々に吸収され消えてしまった様だ。
 そして、やはりこの森は広大だった。家を出てから三十分は歩き続けているがまだ集落どころか森の外に辿り付かない。

「――あの、ミザリイ?まだ集落には着かないのかい?」
 おれがこの問い掛けをするのはこれで三度目。
「もうすぐ着く。あと少しだ」 
 彼女がこの返答をするのもこれで三度目。
 そして、四度目の問い掛けをしようとしたところで、密林地帯から突然木々が少ない土地に入り、目の前に木造の簡素な小屋が見えた。
 その小屋の近くに一人人物が立っている。遠目には若い男性に見えたが、近づいて見ると、顔立ちや線の細さから女性だと気が付く。
 黒髪で耳やうなじが隠れる程度の長さ。端正な顔立ちだ。宝塚歌劇団の男役の様な、おれの世界だと女性にモテそうな。
 その人物は、一度おれへ視線を向けたが、すぐにミザリイと相対し「ミザリイ様、お待ちしておりました」と、目を閉じ右手を伸ばして胸の辺りに置いていた。
 それが魔女に対する、正式な挨拶なのかもしれない。
「うむ、クレアよ、この者がヨウスケだ。魔力疎通は出来るが、通常の会話は一切出来ん。その為、今日はこやつの通訳を頼みたい。ついでにこの世界の常識も教えてやって欲しい。あと、集落の住民には異世界から来た事は伏せておけ。では、私はこれからマグナラタンへとゆく――」

 実にあっさりとしたやり取り……というか一方的な指示出し。
 ミザリイは、おれの方へと振り返ることなく、その場にふわりと浮いた。
 黒地の質素なローブがばさばさと揺らめいている。
「あ、そうか、魔女だから、空、飛べるんだ……」とおれは間の抜けた声を発していた。
 この世界の魔女は(ほうき)に乗る事無く、空を飛べてしまうワケだ。
 ミザリイはふわりと浮いてからは、あっと言う間に森の木々よりも上空へと舞い上がり、空の彼方へと飛んで行ってしまった。
 今更ながら、彼女が魔女なんだと実感を得てしまう。
 暫く、茫然と空を眺めていて、それからクレアへと視線を戻した。
「あ、ごめん。魔女が空を飛ぶところを始めて見たから、ちょっと驚いてしまって……」
 そう告げると、クレアは口元に笑みを浮かべていた。
 改めて見てみると、中性的で魅力のある人だと感じた。化粧はしてない様に見えるが身嗜みはきっちりとしている。
 
「全然構いませんよ。私も初めて魔女様が空を飛んでいるのを見た時は暫く茫然と空を眺めてましたから、その気持ちは分かります」とクレア。
 魔女から使役されてるだけあって、魔力疎通は完璧といったところか。
 右手の薬指に黒い石の指輪をしている。耳には小さなピアスもあった。それらが魔導具という事なのだろう。
「おれは、クレアって呼んでいいのかな?ミザリイの師匠が使役してる人だから、おれよりも格上ってこと?」
 その問いに対して、彼女は首を横に振った。
「それはありません。魔女様の使徒は魔女様の地位に関係なく、皆同列です。私のことはクレアと呼んでください」
「魔女に使役されてる人間の事って使徒って言うんだ?って言うかさ、やっぱり、魔女様とか、ミザリイ様って敬意を払うべきなんだよね?」
 彼女のミザリイに対する接し方を見て、そう感じざるを得ない心境だった。
「それに関しては、ミザリイ様の方針に従えばいいと思います。魔女様と使徒との関係性はそれぞれですから。友人や恋人、夫婦や親子の様な関係性を築いておられる方々もいらっしゃいますからね」

 なるほど、そういう感じなのか。
 であれば、おれは今まで通りミザリイと接すればいいのだろう。
 今更畏まって「ミザリイ様、魔女様」と呼ぶのは何だか逆にふざけている様に感じるし。
 それにしても、クレアは物腰柔らかく、穏やかでかなり好印象を受ける。
 この世界へと来て、やっとまともな人物に逢ったような気が……勿論、これはおれの尺度での話だけれど。
「じゃあ、クレアはミザリイの師匠に対して絶大な信頼と忠誠を捧げてるって感じなのかな?」
「ええ、それは勿論です。アート様は現世における最高の魔女様なのですから。アート様に使役されて私は幸せですし、他には何もいりません」
 クレアは目を輝かせてそう言った。
 なんだか宗教にずっぽりと嵌っている人と会話してる様な気分になってしまう。
 しかし、魔女と使徒、宗教と信者の関係性は全く同じでは無くとも、そう遠くは無いのかもしれない。

「そしたらさ、クレアにとってミザリイの存在は?」
「私は、アート様の次にミザリイ様を信望しております。ミザリイ様の通り名は豊穣の魔女なのですが、ご存じですか?」
「いや、初耳だね。豊穣の魔女って言う事は、人々に恵みをもたらしてるってことかな?」
 それを聞き、クレアは嬉しそうに何度も頷いていた。そして、森の方へ両手を広げる。
「ミザリイ様の森は広大でそして実り多き森として知られてます。アート様から引き継いだ森を、ミザリイ様が手塩にかけて繁栄させた森です。この森付近の集落の住民は総じて寿命が長いのですが、それはやはり森から得られる恵みのお陰なのだと私は思いますし、集落の住民もそう信じてますから」
 若干仰々しい感じもするが、彼女の魔女に対する気持ちは大体掴めた。
 完全にカルト教の信者の様にどっぷりと魔女信仰に浸かってしまってるのだ。
 ファーストインパクトは、まともな人物だと印象を受けたが、それは早くも覆されそうになってしまう。
 
 で、彼女のまともな人物像が崩れ去る前に話題を変えることにした。
「この小屋は、クレアが使っているのかい?」
 少々強引な話題変更……だが、彼女は嫌な顔ひとつ見せずに応えてくれる。
「ええ。本来は集落の住民たちの作業小屋です。森の木の伐採や、狩猟採集の道具が保管されてます。私は、そこを間借りしてるわけです」
「クレアは、図書館の職員なんだろう?それなのに、この集落にずっと滞在してるのかい?」
「そうです。ミザリイ様は、アート様から様々な仕事をお受けになられますので、支配域の繁栄が滞ることが無い様に、我々職員がほぼ常駐して、ミザリイ様の補佐を務めてます。ただ、ミザリイ様は必要以上に他人の手が支配域に入ることを嫌われますので、補佐と言っても本当に僅かな助力でしかありません」
 と、それに関して彼女は悲し気な表情を浮かべていた。
 崇拝する魔女の支配域だから、本当は身を粉にして働きたいところなのだろうけれど、それをあの堅物魔女は許さないってことか。

「ってことは、もしかして、今日おれを押し付けられたのも、結構嬉しいって思ってたりするの?」
 それに対してクレアは目を見開き驚きの表情を浮かべる。一見クールに見えるけれど、表情豊かな人で見ていて面白い。
「押し付けられるなんてとんでもない!むしろ光栄です!あのミザリイ様が使役された初めての人間……しかも異世界から来られたとされる御仁を、私が案内するなんて、光栄どころか畏れ多いと言った方がいいくらいで……」
「でも、使徒同士は同格なんだろう?」
「ええ、まあ、そうですけど……」
「じゃあ、もう少し気楽に接して欲しいんだけど。クレアは集落の住民と話す時も今みたいに堅苦しい感じなのかい?」
 おれがそういうと、彼女の表情が和らいだ。
 恐らく、おれを案内するのを、重大な任務だと受け取っていたのだろう。
「えーっと、いや、実は、ヨウスケを集落に案内することになって、どう接すれば良いのか迷っていて……。異世界の人間って一体どの様な人物なのだろう?って思っていたから」
「案外普通だろう?確かに、おれは異世界から来たけれど、向こうの世界では極々一般的な住民だったから。権力とか魔法とかとは全く無縁の、一般人だよ」
 そうだから過剰な接待を受けるとなんだが逆にそわそわしてしまうのだ。
 今後付き合いが長くなる人物であるのなら、尚更フランクに付き合って欲しいと思うのは道理ってこと。

「――じゃあ、ヨウスケがそう言うなら普通に話す!あー、緊張したぁ!ミザリイ様とお話するだけでも、私ガチガチになっちゃうのに、その上さ、異世界人の接待を任されちゃって、ヤバい!どうしよう!って昨日全然寝れなかったんだよね」とクレア。
 一転この変わり様には笑うしかない。かなり無理をさせてしまったことは本当に申し訳なく思う。
「あ、ミザリイと話す機会もあまり無いってこと?」 
「全然無いよ!たまに集落の様子を聞いてくるくらい。私は集落に常駐してるから、職員の中でも喋り掛けられてる方だと思う。ミザリイ様は孤高の存在って感じ。威厳が魔女服を着て歩いてる様な……ああ、こんな事言ってるのがバレたら私呪い殺されてしまうかもしれない」
 さすがコミュ障魔女だ。威厳とか孤高とかでは無く、只々、他人と関わるのが苦手なだけなのに……。
「まあ、多分、ミザリイはそれくらいでクレアの事を呪い殺したりはしないと思うよ。って言うか、そろそろ集落に案内してくれるかな?夕暮れ時までにはミザリイの家に戻らないとダメだからさ」
「あ、そうだね!まずは(おさ)の家に挨拶に行こう!それから集落の中を案内するよ」
 クレアは端正な顔立ちだが、言動に子供っぽいところがある女性だった。
 そのギャップが魅力的であり、少し残念に感じるところでもある。
 
 クレアが歩き出し、おれはそのすぐ後に続いた。
 彼女が間借りしている小屋の中を見てみたいと思ったが、それはまた帰りでもいいだろう。
 小屋を見る限り、木工の技術はある程度あるのだと思う。勿論日本の木造建築の様に美しく精巧な造りでは無いが、屋根があり、柱があり、扉があり……と基本的な構造は同じだった。丸太を積み上げたログハウス的な感じ。
 おれが見てきた森は様々な木々が生えていたが広葉樹が多かったが、この森の何処かには杉の様に真っ直ぐに育つ樹木の林もあるのかもしれない。
 ミザリイの家は所々石造りもあり、幾度となく増改築を繰り返している様に見えたが、小屋の方は外観からして完全木造だろう。
 これだけ広大な森の近くの集落だから木工技術があるのは必然ってことか。
 もうすぐ異世界の集落に入れる、と思うと気持ちの昂ぶりを感じた。
 クレアの様に、好意的に受け入れてもらえると助かるのだが……。
  
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