第11話 姉弟
文字数 1,674文字
僕たちは咲倉家の人々と一緒に芝生に突っ立っていた。彰秀の一一〇通報で駆けつけた制服警官が空中庭園の周りに立入禁止のテープを張るのを、僕はぼんやりと眺めていた。
車のドアが開閉する音が屋敷の方から聞こえ、どやどやと捜査員たちがやってきた。大半が鑑識員で、私服の刑事がふたりいた。制服警官から説明を受けながら辺りを見回していた刑事のうち若いほうがこちらを見て目を丸くする。僕らも彼に気付いた。
「……永瀬さんだわ」
秘花 が呟く。彼は年長の連れに断りを入れて早足でこちらへやって来た。
「奇士 くんに秘花ちゃん。君たちここで何してんの」
永瀬碧 巡査部長とは以前から知り合いだった。僕らがこの街に引っ越してきた時、彼は交番の巡査だった。とある奇妙な事件で捜査が行き詰まったとき、たまたま巻き込まれた秘花の助言で事件は解決に導かれ、その功績は永瀬さんのものとなった。お蔭で彼は所轄の地域課から刑事課に異動、念願叶って制服警官から私服刑事になれたのである。
それ以来、秘花は永瀬さんの知恵袋的な存在となっている。
「こんにちは、永瀬さん」
秘花はにこりともせず、それでも律儀に挨拶した。もちろんそういう秘花の対応に永瀬さんは慣れっこだ。僕が事情を説明していると、野太い声が永瀬さんを呼んだ。いかつい顔の中年の男が不審そうに僕らを見ている。こっちは知らない人だ。あの事件の後に異動してきた人だろう。永瀬さんは「じゃあね」と僕らに言い置き、急いで戻った。
耳打ちされた年長の刑事が横目で僕らを睨んだ。「……二課の?」と呟く男の声がかすかに聞こえた。僕の叔母で秘花の養母である月銀 凛香 は警視庁捜査二課の参事官である。あんまり言わないでほしいけど、僕らの身元保証として最強のカードであることは確かだからやむをえないんだろう。
やがて永瀬さんを従えて僕たちの方へやって来た男は、いかつい顔付きやかすれ気味のダミ声にも関わらず丁寧な口調で言った。
「どうも、御倉 署の露咲 警部です。こっちは永瀬巡査部長。話を伺いたいので、皆さんお屋敷へお戻り願えますかな」
外見とえらくイメージが違う儚げな名前だなぁとどうでもいいことを思い、素直にぞろぞろと歩きだすと、行く手から怒鳴り声が聞こえてきた。建物の脇で、制服警官が若い男と揉み合っていた。入れろ、入れないで揉めているらしい。
「……あ? どこかで見たような気がするな、あの人」
「颯子 さんの弟よ」
秘花の即答で思い出す。そうだ、先輩と一緒に写真に写っていた人物だ。男は警官の腕を振り切って腹立たしそうに叫んだ。
「だから姉貴に呼ばれたんだよ、昼飯食いに来いって。何なんだよ、この騒ぎは」
「君の名前は?」
「汀 優 」
歩み寄った永瀬刑事に男は不機嫌そうに答えた。年齢は僕より年上だが、永瀬さんよりずっと若い。
「本当ですよ、刑事さん。その人は颯子さんの弟です。どうせたかりにきたんでしょうよ」
「姉貴にたかってんのはあんたの方だろうが。出戻りが」
「何ですって!?」
秀子が目をつり上げて優を睨む。彰秀がおろおろと妹をなだめた。
「身内で争ってる場合じゃないだろう、秀子」
「ふん! こんなろくでなし、身内なんかじゃありませんよ」
秀子は憎々しげに言い放ち、息子をせきたてて屋敷へ歩きだした。
「──で、何なんだよ、この騒ぎは。泥棒でも入ったのか」
「咲倉颯子さんは亡くなりました」
露崎警部の言葉を聞き、優は大きく目を見開いた。
「……死んだ? 嘘だろ、なんで……なんで死んだんだ」
「見たところ、鋏が胸に刺さっておりますな」
「殺されたって言うのか!?」
「それはまだわかりません。ともかく、あなたにもお話を伺いたいので、皆さんと一緒にお待ちいただけますか」
よろよろと優が歩きだす。僕たちはその後からついていった。秘花は底光りのする碧いまなざしを、うなだれた優の後ろ姿にじっと注いでいた。
車のドアが開閉する音が屋敷の方から聞こえ、どやどやと捜査員たちがやってきた。大半が鑑識員で、私服の刑事がふたりいた。制服警官から説明を受けながら辺りを見回していた刑事のうち若いほうがこちらを見て目を丸くする。僕らも彼に気付いた。
「……永瀬さんだわ」
「
永瀬
それ以来、秘花は永瀬さんの知恵袋的な存在となっている。
「こんにちは、永瀬さん」
秘花はにこりともせず、それでも律儀に挨拶した。もちろんそういう秘花の対応に永瀬さんは慣れっこだ。僕が事情を説明していると、野太い声が永瀬さんを呼んだ。いかつい顔の中年の男が不審そうに僕らを見ている。こっちは知らない人だ。あの事件の後に異動してきた人だろう。永瀬さんは「じゃあね」と僕らに言い置き、急いで戻った。
耳打ちされた年長の刑事が横目で僕らを睨んだ。「……二課の?」と呟く男の声がかすかに聞こえた。僕の叔母で秘花の養母である
やがて永瀬さんを従えて僕たちの方へやって来た男は、いかつい顔付きやかすれ気味のダミ声にも関わらず丁寧な口調で言った。
「どうも、
外見とえらくイメージが違う儚げな名前だなぁとどうでもいいことを思い、素直にぞろぞろと歩きだすと、行く手から怒鳴り声が聞こえてきた。建物の脇で、制服警官が若い男と揉み合っていた。入れろ、入れないで揉めているらしい。
「……あ? どこかで見たような気がするな、あの人」
「
秘花の即答で思い出す。そうだ、先輩と一緒に写真に写っていた人物だ。男は警官の腕を振り切って腹立たしそうに叫んだ。
「だから姉貴に呼ばれたんだよ、昼飯食いに来いって。何なんだよ、この騒ぎは」
「君の名前は?」
「
歩み寄った永瀬刑事に男は不機嫌そうに答えた。年齢は僕より年上だが、永瀬さんよりずっと若い。
「本当ですよ、刑事さん。その人は颯子さんの弟です。どうせたかりにきたんでしょうよ」
「姉貴にたかってんのはあんたの方だろうが。出戻りが」
「何ですって!?」
秀子が目をつり上げて優を睨む。彰秀がおろおろと妹をなだめた。
「身内で争ってる場合じゃないだろう、秀子」
「ふん! こんなろくでなし、身内なんかじゃありませんよ」
秀子は憎々しげに言い放ち、息子をせきたてて屋敷へ歩きだした。
「──で、何なんだよ、この騒ぎは。泥棒でも入ったのか」
「咲倉颯子さんは亡くなりました」
露崎警部の言葉を聞き、優は大きく目を見開いた。
「……死んだ? 嘘だろ、なんで……なんで死んだんだ」
「見たところ、鋏が胸に刺さっておりますな」
「殺されたって言うのか!?」
「それはまだわかりません。ともかく、あなたにもお話を伺いたいので、皆さんと一緒にお待ちいただけますか」
よろよろと優が歩きだす。僕たちはその後からついていった。秘花は底光りのする碧いまなざしを、うなだれた優の後ろ姿にじっと注いでいた。