第19話 犯人

文字数 1,058文字

 永瀬さんは上司に報告するといって慌ただしく去っていった。
 これでまた永瀬さんは点数を稼げることになる。もちろん実際に謎を解いたのが秘花(ひめか)であることは誰に知られることもない。
 伯母──秘花の養母はたぶん気付くだろう。秘花はそれすら避けたがっている様子だ。
 当然ながら僕は面白くなかったが、秘花はそうやって永瀬さんに花を持たせることで普通なら聞けない捜査状況などの情報をもらえるのだから却って好都合なのだと、淡々と言うのである。
 短く無愛想な挨拶をして汀優が去った。姉が自殺ではなく事故だとわかって、きっといくらかでも気持ちが軽くなったはずだ。そうであることを心から願う。僕だって同じだ。
 ホスト狂いが暴露されて逆上した秀子は、今夜はホテルに泊まるから送れと命じ、渋る誠司──由未利を未練がましく横目で見ていた──をせき立てて真っ先に温室から出て行った。自宅まで送ろうと彰秀が申し出てくれたが、秘花はバスで帰るからいいと固辞した。
 物思わしげに眉を寄せて黙々と歩いていた秘花が、門のところでふと足を止めた。
「……ハンカチ忘れた。ちょっと取ってくるね」
 秘花はくるりと踵を返し、小走りに駆けていった。門前をぶらぶらしていた僕は、ふとポケットに手を入れた拍子に思い出し、慌ててハンカチを引っぱりだした。
 密室の再現でドアノブを拭いたハンカチを秘花は僕に手渡したのだ。秘花の説明に聞き入っていた僕は、無意識にそれをポケットに入れたことをすっかり忘れていた。
 急いで温室へ行ってみたが、秘花の姿はなかった。一本道なのだから行き違うわけもない。屋敷のほうへ引き返すと、庭への出入口が開いていた。ここはさっき大野夫妻と由未利さんが入って閉めたはずだ。
 中に入ると屋敷はしんと静まり返っていた。洗面所を覗いてみても秘花の姿はなかった。
 ふと、階段の上から人声が聞こえたような気がした。耳を澄ますと二階から微かに聞こえる声が秘花のように思われて、僕はそっと階段を昇った。
 ドアのひとつが細く開いている。颯子先輩の部屋だ。声はそこから聞こえていた。ふたりの人間が喋っている。一方は秘花だが、もう一方は誰だろう。男の声だが……。
 抜き足差し足で近づいていくと、ふいに秘花の明瞭な声が聞こえた。
「颯子さんを殺したのはあなたですね」
 僕は飛び上がりそうになった。殺した? 颯子先輩は事故死じゃないのか!? 息を殺して覗き込むと、秘花と向き合う人物の顔が見えた。それは颯子先輩の父違いの弟、汀優だった。
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