第21話 文字

文字数 1,346文字

「違う! 颯子先輩はあんたのことを大切に思ってた。一緒に写った写真を嬉しそうに見せてくれた。嬉しそうで……すごく寂しそうだった……」
「あんたのイメージを壊して悪いけど、とてもそうは思えないね。だいたい、死ぬ間際にさえくだらない薔薇のことなんかを考えてたような女なんだぜ?」
「ダイイング・メッセージのことなら、あれも嘘よ。あんなのは単なる口から出任せ」
「何だって!? どういうことだ、『ラス・カサス』って書きたかったんじゃないのか」
「違うわ。瀕死の颯子さんの頭にあったのは弟のことだけよ。だからあれは、優さん、あなたに向けたメッセージなの。あれは『ウヌ』でも『ラス』でもなかった。颯子さんはね、『ユルス』と書いたのよ」
「許す、だと……?」
「そうよ。文字が流れて続いてしまったせいで読み違えたの。あれは書きかけで力尽きた二文字ではなく、懸命に書き終えた三文字だった。……許すというのは、あなたがしたことをすべて許すという意味。この手紙に書かれていることも含めてね」
「手紙には何が書いてあるんだ」
「告発状──だと優さんは思ってるみたいね。でも違うの。颯子さんは弟に自首を勧めているのよ」
「自首? 何の話だよ。手紙が書かれたのは刺される前だろ。それとも殺されるのを予期していたとでもいうのか?」
「いいえ。颯子さんが自首を勧めているのは振り込め詐欺の件よ」
 僕はぽかんと秘花を見た。
「振り込め詐欺? あの、咲倉彰秀にかかってきた電話の?」
「違うわ。奇士(あやと)もTVで見たでしょ。大規模な振り込め詐欺グループが摘発されたけど首謀者が不明だという話。ここのところお母さんがずっと掛かりきりになってる事件よ」
「あれか! ──え。ってことは、こいつが首謀者なのか?」
「そのひとり、でしょうね。颯子さんは弟が振り込め詐欺に関わっていることを知って心を痛めた。でも、可愛い弟を警察に突き出すような真似はしたくない。たぶん、私たちを呼んだのも、そのことで相談したかったんだと思う。颯子さんは私たちの家族が警察官だということを知っていたんでしょ?」
「う、うん。知ってたと思うな。部室で、何かの話題で出たことあった……」
「まさかその件を直接担当しているとは知らなかったでしょうね。でも優さんは知っていた。それで、すっかり思い込んでしまったのね。姉が自分を警察に売るつもりだと。──そうなんですね?」
 優は黙ったまま答えない。秘花は彼に手紙を差し出した。
「どうぞ読んでください。これはコピーですけど。本物は母に預けてあります。もちろん、中身は見ないように念押ししてあります。母は約束を守る人です。本物は、あなたが詐欺の罪を償ったらお返しします。颯子さんを殺した罪は、別の方法で償ってください」
 受け取った手紙を読むうち、優の眼に涙の膜が張った。それはやがて頬を伝い、開かれた手紙の上にぽたりと落ちた。しばし嗚咽を堪えていた優は、袖口で涙をぬぐって言った。
「……詐欺グループのことを警察に話すよ」
「ご一緒します」
 秘花の言葉に頷き、優は折り畳んだ手紙を大切そうに上着の内ポケットに入れた。姉がかつて暮らした部屋をぐるりと見回し、彼は廊下に出た。僕は静かに部屋の扉を閉めた。
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