第1話 指先

文字数 217文字

 薔薇の香りが立ち込めていた。
 名のない薔薇。これから名づけられるはずだった薔薇が、たぐいまれな芳香をひっそりと放ちながらうつむき加減に揺れていた。
 鉢植えの置かれた棚の下には、ついさっきまで涼やかに笑っていたひとがこときれている。暖かな色合いの化粧タイルの床にうつ伏せて、伸ばされた右手の指を壊れたティーポットから溢れた紅茶に浸して……。
 彼女の指先が最後に描いた文字らしきものを、僕はただ茫然と言葉をなくして見つめていた。
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