第13話 動機

文字数 1,431文字

「……皆さんは?」
「私と家内は厨房で昼食会の準備を……」
「私はお屋敷の中で片づけものをしていました」
 おとなびた秘花(ひめか)の雰囲気や物言いのせいか、三人とも反発することもなく応じた。頷いた秘花は視線を(みぎわ)(まさる)に向けた。
「あなたはどこにいましたか、汀さん」
「俺? 俺はまだ街中にいたと思うぜ。屋敷に着いた時には十二時半を少し過ぎてたな。それにしてもあんた、えらく日本語が達者だな」
 優は悪意まじりの好奇心を隠そうともせず、じろじろと秘花を眺めた。言い返そうとする僕を制し、秘花は静かに応じた。 
「私は日本人です。日本育ちで、日本国籍も持っています」
「そりゃどーも、失礼しましたね」
 ふざけた謝り方をする汀優を僕は思いっきり睨んでやったが、奴はさっさとこちらに背中を向けてしまった。
 結局のところ、事件当時のアリバイがあるのは僕たちと一緒にいた彰秀だけである。彼はその少し前から振り込め詐欺の電話に引っかかっていた。他の人間には確固たるアリバイはない。大野夫妻は一緒にいたと言うが、夫婦なのだから鵜呑みにはできない。
「そーいや小耳に挟んだんだが、あんたら警察の身内なんだってな」
「まっ、あたくしたちをスパイしてるの!?
「いいじゃないか、母さん。俺たちには颯子(そうこ)を殺す動機がまったくないんだってことをわからせてやろうぜ」
 誠司がニヤニヤしながら言い出した。秘花は黙って碧い瞳を向ける。
咲倉(さくら)家は確かに資産家だ。伯父が亡くなって、遺産の大部分は颯子が受け継いだ。だが、颯子が死んでも俺たちには一文の得にもならない。少なくとも、未婚のまま死なれたんではな」
「どういう意味ですか」
「亡くなった伯父の遺言で、颯子が結婚せずに死んだ場合は遺産の全額が自殺者遺児の会に寄付されることになってるのさ」
「自殺者遺児の会?」
 意外な名称が出てきて、僕も秘花も戸惑う。途端に秀子の金切り声が飛んできた。
「誠司っ」
「──ともかく、颯子に今死なれたら俺たちは丸損なわけ。それにしたってまったく腹が立つよなぁ。赤の他人の生死に財産を左右されるなんてさ」
「赤の他人って……、颯子先輩はあなたの従妹なんでしょ」
「戸籍上はね。あれ、知らない? 颯子は死んだ伯父の養女なんだよ。伯父の再婚相手の連れ子。だから俺たちとは全然、縁もゆかりもないってわけ」
「やめなさい、誠司! 身内のことを他人にべらべら喋らないで」
「疑いが晴れるならいいじゃないか」
 秀子は見るからにイラついていた。青ざめて目許が引き攣っている。ダイイング・メッセージで疑われたのが不愉快だというだけではなさそうだ。秀子はほとんど空のコーヒーカップを握りしめ、歯ぎしりするように唸った。
「まったく……なんて厭味なの。わざわざあそこで死ぬなんて、あたくしたちに対する当て擦りだわ。他人なのに、そっくり。だからウマがあったのよ。兄さんだって、あんなところにあんなものを造って……、空中庭園なんて名づけて……。まったく、いいとばっちりよ。あたしたちのせいじゃないわよ!」
 秀子の意味不明の言葉を聞くと、秘花の瞳がにわかに光を増した。だが、質問をする前に応接間の扉が開き、露咲(つゆさき)警部が永瀬さんを従えて現れた。
「恐れ入りますが、鵜沼誠司さん。ちょっと来ていただけますかな」
 居合わせた全員の視線を一身に受けた誠司は、急に青くなって見えた。
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