第2話 溜息
文字数 1,258文字
春休みというのは、基本的に半端な季節だと思う。
卒業するなら特別な感慨もあるのだろうが、高二から高三になる僕にとっては休みが明ければ受験というお約束のイベントがこれまでにないリアリティを持って差し迫ってくるわけで。学校に行かなくていいのは嬉しいものの、うんざり気分がつきまとって離れない。
いっそ新学期になって担任から発破をかけられれば腹が括れる──というか諦めがつくかもしれないが、今はまだそんな吹っ切れた気分にはなりきれなかった。
「……五回目だよ」
傍らで澄んだ声が上がる。顔を向けると、連れの秘花 が無表情に横目で僕を見ていた。
「五回目って何が?」
「溜息。そんなに行きたくないなら断ればよかったのに」
「そんなんじゃないよ。春休みって短いよなーと思ってさ」
「受験生になるのが厭なんでしょ。大丈夫、奇士 はそんなに頭悪くないし、推薦ダメでも入れる大学は必ずどこかにあるよ」
「そりゃどーも」
コイツと比較したら大抵の奴が『頭悪い』の範疇に入ってしまうのはさて置くにしても、ちょっといじけた気になってしまうのはいたしかたない。
秘花は春休みが明ければ中二だ。わかりきってる授業内容を、コイツはどんな顔で聞くのだろう。整いすぎたビスクドールみたいな顔を、無表情に黒板に向けている様を想像すると何だか笑えた。
「授業、退屈じゃね? 全部わかってんだろ」
「別につまんなくはないよ」
「新学期になったらクラス替えあんの?」
「ないよ。うち、持ち上がり式だから。席替えはしょっちゅうやってるけど」
「やな奴いるか? おまえをいじめる奴とか」
秘花は笑って首を振った。碧い瞳が春の陽射しにやわらぐ。
「そんなのいないよ。心配性だね、奇士」
「いじめられたら絶対言えよ。タコ殴りにしてやる」
「はいはい、お兄様」
くすくす笑って悪戯っぽく秘花は言った。
秘花が僕を兄と呼ぶことは滅多にない。事実、僕と秘花は兄妹ではない。戸籍上も血縁からしても赤の他人だ。
それはもう、誰が見てもはっきりわかる。それでも僕にとって、秘花はずっと『妹』だった。施設で最初に会った時から。
春風が、秘花の明るい金髪を本物の金糸でできてるみたいにきらめかせた。秘花が急に手を伸ばして僕の髪に触れた。
「桜の花びら。どこに咲いてるんだろう」
見回しても、緑の丘に桜の樹は見えなかった。秘花は摘んだ花びらをそっと風に乗せた。
「……お屋敷の中にあるのかもね」
秘花は呟いて、丘の上に広がる目指す屋敷を眺めた。
蔓草模様の巨大な黒い鋳鉄製の門扉の前で足を止め、僕は額ににじんだ汗を袖口で拭った。それほど急勾配ではないが、上り坂を十分歩くと結構汗ばむ。少し冷たい風が心地よかった。
秘花もまた頬を薔薇色に紅潮させ、軽く息を弾ませて興味深そうに館を眺めている。館も門扉も洋風な造りなのに、門扉に掲げられた表札は純和風だった。
厳めしく『咲倉 』と書かれた表札を確かめ、僕は呼び鈴に手を伸ばした。
卒業するなら特別な感慨もあるのだろうが、高二から高三になる僕にとっては休みが明ければ受験というお約束のイベントがこれまでにないリアリティを持って差し迫ってくるわけで。学校に行かなくていいのは嬉しいものの、うんざり気分がつきまとって離れない。
いっそ新学期になって担任から発破をかけられれば腹が括れる──というか諦めがつくかもしれないが、今はまだそんな吹っ切れた気分にはなりきれなかった。
「……五回目だよ」
傍らで澄んだ声が上がる。顔を向けると、連れの
「五回目って何が?」
「溜息。そんなに行きたくないなら断ればよかったのに」
「そんなんじゃないよ。春休みって短いよなーと思ってさ」
「受験生になるのが厭なんでしょ。大丈夫、
「そりゃどーも」
コイツと比較したら大抵の奴が『頭悪い』の範疇に入ってしまうのはさて置くにしても、ちょっといじけた気になってしまうのはいたしかたない。
秘花は春休みが明ければ中二だ。わかりきってる授業内容を、コイツはどんな顔で聞くのだろう。整いすぎたビスクドールみたいな顔を、無表情に黒板に向けている様を想像すると何だか笑えた。
「授業、退屈じゃね? 全部わかってんだろ」
「別につまんなくはないよ」
「新学期になったらクラス替えあんの?」
「ないよ。うち、持ち上がり式だから。席替えはしょっちゅうやってるけど」
「やな奴いるか? おまえをいじめる奴とか」
秘花は笑って首を振った。碧い瞳が春の陽射しにやわらぐ。
「そんなのいないよ。心配性だね、奇士」
「いじめられたら絶対言えよ。タコ殴りにしてやる」
「はいはい、お兄様」
くすくす笑って悪戯っぽく秘花は言った。
秘花が僕を兄と呼ぶことは滅多にない。事実、僕と秘花は兄妹ではない。戸籍上も血縁からしても赤の他人だ。
それはもう、誰が見てもはっきりわかる。それでも僕にとって、秘花はずっと『妹』だった。施設で最初に会った時から。
春風が、秘花の明るい金髪を本物の金糸でできてるみたいにきらめかせた。秘花が急に手を伸ばして僕の髪に触れた。
「桜の花びら。どこに咲いてるんだろう」
見回しても、緑の丘に桜の樹は見えなかった。秘花は摘んだ花びらをそっと風に乗せた。
「……お屋敷の中にあるのかもね」
秘花は呟いて、丘の上に広がる目指す屋敷を眺めた。
蔓草模様の巨大な黒い鋳鉄製の門扉の前で足を止め、僕は額ににじんだ汗を袖口で拭った。それほど急勾配ではないが、上り坂を十分歩くと結構汗ばむ。少し冷たい風が心地よかった。
秘花もまた頬を薔薇色に紅潮させ、軽く息を弾ませて興味深そうに館を眺めている。館も門扉も洋風な造りなのに、門扉に掲げられた表札は純和風だった。
厳めしく『