第22話 約束

文字数 1,826文字

 (みぎわ)(まさる)の自首により、問題の振り込め詐欺グループの全容が明らかになった。
 首謀者の一部は依然逃走中。全国指名手配されている。優は素直に取り調べに応じ、自分の知るすべてを洗いざらいぶちまけたようだ。
 おかげで伯母の指揮している捜査も急速に進展した。
 しかし僕は不満だった。優は颯子先輩を殺害した件については一切黙秘している。取り調べる方も、あの一件は永瀬さんの報告を元に調べ直して事故死でカタがついたため、彼に疑いの目を向けることもなかった。
 それどころか、姉の死にショックを受けて改心したのだと好意的に取られているふしもある。それが僕にはどうにも不愉快なのである。


 新学期が始まる朝。通学路を歩きながらしつこく不平を洩らすと、秘花(ひめか)はいつもの薄い表情で淡々と言った。
颯子(そうこ)さんは自分を殺した罪で優が捕まることなんか望んでないわ。彼女の望みは弟が振り込め詐欺から足を洗って罪を償うこと、それだけよ」
「でもあいつは颯子先輩を殺したんだぞ! 病気で長くなかったとしても、今はまだ生きていてくれたはずだ……」
「それでも颯子さんは、弟が裁かれることを望んでいない。罰を受けなかったからといって、罪が消えるわけじゃない。優は一生その罪を背負って生きていくの。彼は一生後悔し続けるでしょう。誰よりも自分を愛してくれた、唯一無二の存在を自ら殺してしまったんだもの。悔やんでも悔やみきれない。その後悔が、彼の罰。とても重い罰だわ」
 全面的に納得できたわけじゃなかったけど、颯子先輩の手紙を読んだときの優の泣き顔を思い出すと、彼がとめどない罪悪感に苛まれているであろうことは想像できた。
「詐欺を働いたことについては悪いと思ってんのかな、あいつ」
「さぁ、わからない。たぶん今はお姉さんのことで胸がいっぱいで、詐欺のほうの被害者に向ける心の余裕はないでしょう。でもそれは、刑務所に入ってからでもいいんじゃないかな。少なくとも、颯子さんに対しては申し訳ないことをしたと思ってるはずだから」
「そういえばあの手紙、いつ預かったんだ?」
奇士(あやと)がお手洗いに行ったときよ」
「ああ、そういえば戻ってきたときふたりともちょっと変な顔してたよな。……それにしても、なんでおまえなんだよ。ほとんど初対面なのに。俺、信用なかったのかな」
 がっかりしてぼやくと、秘花は苦笑した。
「奇士は近すぎたのよ。奇士に預けたら重荷になってしまうと思った。その点私はほとんど関わりがない。でも奇士の妹だから信用できる。だから私に預けたの。つまりは奇士をすごく信用してたってこと」
「そうかなぁ」
「そうだよ。私は颯子さんに対して奇士みたいな思い入れがないから、却ってよかったの」
「だとしても話してほしかったな。やっぱり俺、除け者にされたような気がする……」
「under the rose。薔薇の下で交わした約束は秘密厳守。颯子さんの部屋の天井には薔薇が描かれていたでしょ」
 僕は淡いクリーム色に地にパステル・ピンクと青磁色で描かれたロココ風の薔薇の天井絵を思い出した。
 しばらく黙って僕らは歩いた。自転車通学の生徒がどんどん追い越していく。
 学校の建物が見えてきた。手前が秘花の通う中等部、僕がこれから最後の一年を過ごす高等部はその向こうだ。
「秘花、ひとつ約束してくれないか」
「うん、なに?」
「また事件に巻き込まれるようなことがあったら、犯人と対決するときは俺も連れてけ」
 秘花の薄い表情が、優しくほころんだ。
「……あのときも、奇士はすぐに気付いて追いかけてくると思ってたよ。だからドアも開けといた。信じてるもん、何かあればいつでもどんな時でも、奇士は必ず助けに来てくれる。そう約束したから……。あれはまだ有効でしょ?」
「無期限で有効だよ。でもな、やっぱり無茶はすんな。心配だから」
「うん、ごめんね」
 秘花は神妙な顔で頷いた。中学の校門に到着する。秘花は軽く手を振って離れていった。
 僕はそのまま歩き続けた。グラウンドを囲む桜並木は満開を過ぎ、散り始めている。さわ、と透明な風が吹いて、花びらが踊りながら駆け抜けていった。
 鼻の奥がふいにつんと来る。
 空中庭園の温室でかいだ薔薇の香りを思い出すと、不覚にも涙が浮かんだ。隣に秘花がいなくてよかったと思いつつ、僕は足を速めて学校へ急いだ。

(終)

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