第26話(2) 絶対女王について

文字数 2,724文字

「え~あらためてだが、ご苦労さん……」

 試合を終えて、学校に戻り、シャワーを浴びて視聴覚教室に集まってきた私たちに対して監督が声をかけてきます。

「お疲れ様です」

「試合の反省ももちろんだが、今日はこの試合を見てもらおうと思う。お前ら、試合会場からここまで情報はシャットダウンしてきているよな?」

「……」

 無言で頷く私たちを見て、監督も頷かれます。

「結構だ……それじゃあ、ジャーマネ……」

「はい」

「まずは双方を確認しようか」

「ええ……」

 美花さんが操作すると、モニターにシンプルな緑色のシャツに、白色のショートパンツを着た集団が映し出されます。監督が腕を組んで呟きます。

「『絶対女王』、常盤野(ときわの)学園か……」

「常盤野は春の大会でうちに敗れ、シード権を逃し、1次予選からの参加でしたが、問題なく勝ち上がりました。さらに、昨日の一回戦も快勝しました」

「ふむ……」

「全員調子が良いですが、特に攻撃陣が好調です。中でもやはりこの人……」

 画面に髪の長いぼんやりとした雰囲気の女性が映る。

「3トップの中央に位置するのが、天ノ川佳香(あまのがわよしか)さん。10番を背負う期待の一年生。今更説明不明かもしれませんが、上背がそこまで無いにも関わらず、空中戦にも滅法強く、特別大柄な体格という訳でもありませんが、当たりにも非常に強く、高いキープ力と併せて、滅多にボールロストがありません。前線でボールを収めて、攻撃の起点になれる存在です。そして何よりも注意すべきは、その左足から放たれる強烈なキックです。安易に前を向かせてシュートを撃たせるのはとても危険です。ここまで毎試合ゴールを挙げています」

「ちっ、認めたくねえが、一段と凄みを増してきやがったナ……」

 映像を見つめながら、ヴァネッサさんが舌打ちします。美花さんが頷きます。

「そうですね、高校サッカーの雰囲気にもすっかり慣れてきたというところでしょうか」

「嫌な慣れだゼ……」

「もちろん他にもパターンはあるが……縦パスをこいつがピタッと収めた瞬間、攻撃が始まるって感じだな……一年で常盤野の中心を担うとは、まったく厄介だぜ……」

 監督が腕を組みながら首をすくめます。

「……そんな彼女と3トップを形成する二人……右ウィングはこの方、背番号9の小宮山愛奈(こみやまあいな)さん、二年生。元々センターフォワードでしたが、現在はこの位置が主戦場になっていますね。ただ攻撃的なポジションならどこでもこなせる方です。中学時代は九州大会で得点女王になっています。高さと速さを兼備した選手です。反対の左に入るのは、朝日奈美陽(あさひなみはる)さん、背番号11。この方も二年生。ひときわ小柄な体格を補って余りある高い技術とスピードでサイドから敵陣を鋭く切り裂きます。ついた異名は『北海のライジングサン』。ユース代表常連組に近いですね」

「……攻撃面ももちろんですが、守備面でも手を抜かないお二人ですね……」

「ええ、そういう意味でも厄介ですね」

 真理さんの呟きにキャプテンが反応します。

「この強力な3トップを操るのが、左のインサイドハーフに位置する背番号7のこの方……常磐野学園不動の司令塔、豆不二子(まめふじこ)さん、三年生。小学生のころから、『豆四姉妹』として関西では有名だったようですが、彼女自身は中学生時から頭角を現し、その頃から代表の常連になっていますね。キック精度の高さを生かした、長短織り交ぜたパスワークの正確さが武器です。常磐野のほぼ全ての攻撃が彼女を経由します」

「こいつも一年時から目立った存在だったが、まさかここまでになるとはな……」

 監督が感心したように呟かれます。

「豆さんをフォローするのが、右のインサイドハーフを務める背番号8、押切優衣(おしきりゆい)さん、二年生。一年の頃からSBなどで試合に出ていましたが、現在は得意の中盤で固定されていますね。サッカー処の静岡出身らしく、足元の技術に長けています。攻守のつなぎ役として必要不可欠な存在です。人望も厚いようで、次期キャプテンになると言われているそうです」

「この二人の補完関係は見事だね……」

「そうだね」

 エマちゃんの呟きに私は頷きます。

「こちらはアンカーを務める、背番号6の結城美菜穂(ゆうきみなほ)さん、二年生。GKとFW以外ならどこでもこなせるポリバレントなプレーヤーです。ピンチの芽を未然に摘み取る危機察知能力の高さもさることながら、精度の高い右足のキックで、攻撃の起点にもなれます」

「中盤だけじゃなく、こっちのチャンスになりそうなところに顔を出すし……」

「アンタに嫌がられるようなら本物ね」

 成実さんの呟きに対し、輝さんがフッと笑います。

「続いて四人で形成されるディフェンスライン。右サイドバックが、背番号2の地頭(じとう)ゆかりさん、三年生。左右どちらもこなせるサイドのスペシャリストです。低い位置からのアーリークロスの精度が高いです。左に入るのが、背番号3の巽文華(たつみふみか)さん、この方は二年生。ボール奪取能力が非常に高い選手です。守備的なポジションならばどこでもこなせますが、昨冬辺りから左SBで起用されていますね」

「巽さんって本当にしぶといディフェンスをしてくるのよね……」

 聖良ちゃんがうんざりした様に呟きます。

「次は、ゴール前に君臨する高く厚い壁……三年の背番号5、本場蘭(ほんばらん)さんと二年の背番号4、栗東(りっとう)マリアさんのCBコンビです。本場さんの長身を生かした打点の高いヘディングは攻守両面に於いて、大きな力を発揮します。ユース代表にも名を連ねるほどの実力者です。紛れもない全国レベルですね。ただしスピードある相手の対応をやや苦手のようにしています。ただ、それをフォローするのがこの栗東さんです。小回りが利くので、本場さんが相手FWと競ったボールのこぼれ球へのカバーリングが非常に素早いです」

「こちらも補完性の高いコンビ……」

 エマちゃんが映像を見て、感心しながら呟きます。

「こちらは背番号1、GKの久家居(くけい)まもりさん。二年生ながら昨秋から守護神の座に完全に定着しました。手足のリーチの長さを生かした守備範囲の広さが特徴的です。もちろん他の選手たちの活躍もありますが、今大会ここまで無失点で抑えています」

「ちっ、絶好調ってわけかよ……」

「流石ですわね」

 竜乃ちゃんが舌打ちし、健さんが深々と頷きます。

「……ここ数年一貫して、同じシステムを採用し続けています。4-3-3システムです。加えて就任十五年で多くのタイトルをもたらした名将、この高丘明美(たかおかあけみ)監督は勝っているチームを変にいじりません。よって、今回の先発メンバーも今大会全く変わりがありません」

「まあ、『勝っているチームはいじるな』みたいな言葉は確かにあるわな……」

 監督が顎をさすりながら頷く。

「続いてこちらのチームです……」
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