第22話(2) 対令正高校戦後半戦~中盤~

文字数 5,180文字

 立て続けの失点でまさかの逆転を許してしまった令正ベンチでは、江取監督がヒートアップし、なにやら激しくまくしたてるも、すぐさま落ち着きを取り戻し、コーチの田端に指示を出す。田端は頷いて、ある選手を呼ぶ。



後半14分…令正、大和に代えて町村を投入。

後半15分…令正、寒竹がボールを持って攻め上がり、椎名へパス。椎名、前を向かずワンタッチで米原へ。米原が右斜め前に長いパス。走り込んでそれを受けた町村、クロスを送ろうとするが、緑川がカットし、ボールはサイドラインを割る。

後半16分…令正、左サイドの長沢が斜め前方へロングパス。右サイド深くに走り込んでいた町村、頭でこのボールを後方に落とす。近くに寄ってきていた米原がダイレクトで前方のスペースへ。右サイドのより深くへ走り込んだ町村がクロスボールを中央に上げるが谷尾がヘッドでクリア。武蔵野には繋がらず。

後半17分…令正、左サイドでボールを受けた米原が縦にボールを送ると見せかけて、体を反転させ、右サイドへ鋭いサイドチェンジ。それを受けた町村が縦に抜け出して、クロスボールを中央に送ろうとするが、懸命に足を出した緑川に当たり、ボールはこぼれる。走り込んだ合田が素早く、中央にグラウンダーのクロスを送るが、渚の前で神不知火が足を伸ばしてカット。さらにこぼれたボールに反応した椎名がシュートを狙うが当たり損ね、ボールはゴールの左に外れる。



 和泉ベンチで春名寺が渋い顔をして呟く。

「あの2番が入ってから右サイドからも攻撃するようになってきやがったな……」

「2番の町村さんも相手などによっては先発することがありますから、準レギュラーというよりもレギュラークラスの選手と考えて良いでしょうね……純粋な守備力では大和さんに劣るかもしれませんが、サイドが本職なので、実力は両者ほぼ遜色ないと見ていいかと」

「全く選手層の厚いことで……」

 小嶋の説明に春名寺がさらに渋い顔になる。

「元々サイドの上下動には定評のある選手です。こちらの菊沢さんのケアをしつつ、緑川キャプテンのオーバーラップを封じ込めるのが狙いでしょう」

 小嶋は令正ベンチの方を見つめながら説明を続ける。

「緑川のフォローと右サイドからの攻撃が増えたことによって菊沢もポジションを下げざるを得なくなっているな。その判断は間違っていねえから、下がるなとも言えねえ……こちらの攻撃力を削いで、それをそのまま自分たちの攻撃力に繋げるとはな……左サイドからの攻撃に注意しておけば良かったところを左右両方への対応に追われることになっちまったか……」

 春名寺が腕を組んで苦々しい声で呟く。

「例えばですが……交代でサイドの守備を強化しますか?」

「いいや。キャプテンとダーイケに若干の疲れは見られるが、もう少し頑張ってもらうしかねえ……守備を固めるにはまだ早すぎるからな。それに攻撃の形は決して悪くはない……ここで変に自分たちのリズムまで崩したくない、もうちょい様子を見る……苦しいがここを耐えればまたこちらの流れになるはずだ」

 小嶋の問いに対して首を振り、春名寺は自らの考えを述べる。その時、令正ベンチに動きが見られ、それを確認した小嶋が声を上げる。

「令正、さらに二人交代です! 武蔵野さんと渚さんを下げます!」

「⁉ 2トップを揃って代えちまうのかよ! 入るのは8番と9番か……あいつらは確か?」

 春名寺の問いに小嶋が頷く。

「はい、8番林万喜子さんと9番東山千明さん……通称『テンミリオンホットライン』です。息の合ったコンビネーションに定評があります」

「また先手を打たれちまったか……さて、どうするか?」

 ピッチを見つめながら、春名寺が考え込む。



後半18分…令正、渚に代えて林、武蔵野に代えて東山を投入。

後半19分…令正、三角から浮き球のパスを林がゴール前のバイタルエリア中央で巧みにトラップ。林、少し距離はあるものの、反転してボレーシュートを狙うが神不知火がブロックする。こぼれたボールを丸井がクリア。

後半20分…令正、米原からグラウンダーの鋭いボールが送られ、バイタルエリアでこれを受けた林が即座に前を向き、東山へパス。東山、谷尾の厳しいマークを背負いながら反転して右足でシュートを狙う。谷尾がブロックしようとするが、東山はシュートを打たず、左足に切り替えてシュートを放つ。利き足ではなかった為か、シュートに勢いがなく、ゴロのシュートは永江の正面をつく。

後半21分…令正、合田からの縦パスを中央からやや左サイド寄りで受けた椎名、縦に走り込む三角に出すと見せかけて中央の林に横パス。林、対面する神不知火の頭上を越える浮き球パスを送る。走り込んだ東山、右足でダイレクトボレーを放つ。鋭いシュートだったが、ボールはクロスバーに当たってゴール上に外れる。



「……試合の流れが完全に令正へと傾いたな」

 スタンドで観戦する本場が呟く。押切が頷く。

「元々のゲームプランでもあったのでしょうが、大和さんに代えて、町村を投入したことによって、和泉の左右の守備バランスを崩すことに成功しました」

「逆転されてようやっと強豪チーム様の火が点いたかの?」

 栗東が笑う。朝日奈がそれに反応する。

「優衣が言ったように、町村投入は恐らく本来のゲームプランだったはずよ、それを合図に左サイド中心の攻撃を左右どちらからも仕掛けるようにと……見るからに共通理解が早いもの」

「これからどうなりますかね?」

「……選手層では差があるけど、それは最初から分かっていたこと……選手が頑張ることは当然だけど、ベンチワークも大事になってくるわね~」

 天ノ川の問いに豆が淡々と答える。

「令正、8番と9番のコンビが良いね~。照美、どう守るよ?」

 常磐野のメンバーとは離れたところで試合を観戦する三獅子の馬駆が城に尋ねる。

「……単純に左右横に並んだ2トップではなく、8番が9番の下、上下縦に並ぶ形に変わっている。急な変化、しかも息の合った絶妙なコンビネーション……あれに即座に対応するのはなかなか難しいことだな」

「江取監督、逆転された時は相当カッカしているように見えましたが、矢継ぎ早に良い交代策を取ってきましたね」

「これまでの選手起用の傾向を見る限りはそこまで奇策というわけでもないけと……この段階で交代枠5個の内、3個を使うのは思い切ったわね。確かにかなりエキサイトしていたようだけど、かえってそういう時の方が良い手が思い浮かんだりするものなのよね……これが勝負事の面白いところだわ」

 甘粕の言葉に対し、伊東が笑みを浮かべて答える。

「くっ……林さんの動きがなかなか捕まえきれない……」

「こちらにとって嫌なところさ入ってくるね」

 ピッチ上で呟く丸井に鈴森が答える。

「うん。縦パスが椎名さんだけでなく、林さんにも入るようになってきた……狙いが一つに絞れないのが厄介だね」

「でも、神不知火先輩に任せきりっつうのも危険だよ」

「そう、真理さんが釣り出されて、その裏を狙われるのも危ない……ここは一列前の私たちでなんとか対応するしかない……」

 丸井と鈴森が考えを述べ合う。それを見た寒竹が米原に語りかける。

「わりと戸惑ってくれているみたいだな」

「ええ、このままあの二人を守備に奔走させることが出来れば儲けもんです」

「基本、妙か万喜子に縦パスを入れる形で良いよな?」

「はい。町村が入ったことで向こうの守備意識がサイドにも向いているので、縦パスはかなり効果的なはずです」

「ああ、分かった」

 米原の返事を受け、寒竹が自身のポジションに戻る。

「流れは完全にウチに来とる……ここで同点に追い付きたいところやな……」

 米原がニヤリと呟く。



後半22分…令正、右サイドを攻め上がった寒竹が縦パス。それを受けた林がすぐさま斜め前の東山にパス。東山はダイレクトでシュートを打つ体勢を見せた為、谷尾がブロックしようとする。しかし、東山はシュートを打たず、斜め前にボールを送る。そこに林が走り込む。ワンツーパスが通りそうになるが、神不知火が足を伸ばしてカットする。



「成実さん、私とエマちゃんが8番を中心に見るので、7番……椎名さんのチェックをお願い出来ますか?」

 丸井が石野に話しかける。石野は汗を拭いながら、無言で頷く。

「さて、布石は打てたかな……」

 やや自分の近くにポジションを取る石野の様子を見て、椎名が静かに呟く。



後半23分…令正、合田から右サイドの町村にボールが入る。町村、縦に抜け出そうとするが緑川が対応した為にボールを近くの米原に預ける。米原に対し、菊沢が体を寄せた為、米原はボールを寒竹に渡す。寒竹、羽黒とパス交換して、ボールを持ち上がった後、ポジションを下げてきた椎名へパスを出す。そこに姫藤が体を寄せる。



「っ⁉」

 椎名は斜め後ろから体を寄せてきた姫藤をなんなく弾き飛ばして、前を向く。林と米原、さらに町村が動き出す。和泉のメンバーはその動きに反応する。椎名がそれらを見て、内心呟く。

(もうワンテンポ遅らせて……)

「成実さん!」

「!」

(ここだ!)

 石野が自分に向かってきたのを視界に捉えたその瞬間、椎名はパスを出す。

「⁉ 逆サイド⁉」

 丸井を初め、和泉のメンバーが驚く。椎名が体の向きとは反対の左サイド(和泉から見ると右サイド)にパスを出したからである。ほぼ完全に中央か右サイド(和泉から見ると左サイド)にその意識を集中させていた和泉にとっては完全に逆を突かれた形となった。

「ナイスパース‼」

 椎名の鋭いパスが三角に通った。石野と池田の二人にマークされ、この後半戦はほとんどゲームから消されていた三角だったが、石野のマークが緩くなったことにより、久しぶりに良い形でボールを受けることが出来た。そこに池田がすぐさま体を寄せる。

「!」

「甘い!」

「⁉」

 スピードに乗った形でボールを受けた三角はボールの勢いを殺さず、足裏を使った巧みなボールコントロールで池田を一瞬の内に躱してペナルティーエリアに侵入し、すぐさまシュート体勢に入る。

「……!」

 永江が前に飛び出す。三角のシュート範囲を狭める為だ。

(悪くない判断……でも!)

「⁉」

 三角は思い切った足の振りとは裏腹にボールをふわりと浮かせる。ボールは永江の頭上を越えていく。ループシュートである。ボールは緩やかな軌道を描いて、和泉ゴールにゆっくりと吸い込まれていく。これで2対2。令正が試合を振り出しに戻した。

「イエ~イ♪ どわっ⁉」

 両手を真横に広げて、飛行機のようなポーズを取って走る三角に令正たちのメンバーが殺到する。背中に飛びついた米原が三角の頭が激しく撫でる。

「よう決めたで、キャテイ! しかもあそこでループとは! 憎いやっちゃな!」

「ま、まあ……これがいわゆるエースの余裕ってやつ?」

「アホ言え! せやけど今は許す!」

 チームメイトたちの手荒な歓迎から解放された三角を椎名が迎える。

「……ナイスゴール」

「妙ちゃんもナイスパスだったよ♪」

 椎名と三角がハイタッチを交わす。

「やられてしまいましたね……」

 小嶋が落胆する。

「……と……、あいつらを呼べ」

「ええっ⁉」

 春名寺の挙げた選手の名前を聞いて小嶋は驚く。

「二人同時に投入だ。アップはさせてあるだろう?」

「そ、そうですが……誰と交代させるんですか?」

「……と……だ」

「ええっ⁉ それではフォーメーションはもしかして……」

「そのもしかしてだ」

「こ、ここで試すんですか?」

「全くやったことのない形というわけじゃねえ、これは親善大会……いわば練習試合だ、ここで試さなくていつ試す」

「で、ですが……」

「残り時間約十分強……このままじゃ良くて引き分けか、再逆転されるのがオチだ。後手後手に回っちまったが、打てる手は打つ!」

「は、はい!」

 小嶋はアップ中のメンバーを呼びに行く。



後半24分…和泉、池田に代えて白雲、緑川に代えて趙を投入。



「両サイドの二人を代えた⁉」

 スタンドで押切が驚く。栗東が首を傾げる。

「あの17番と15番……攻撃の選手じゃろう?」

「そうよね、サイドバック出来るのかしら?」

 朝日奈も首を傾げる。本場が呟く。

「いや、フォーメーションを見てみろ……」

「! 不二子さん、これは……」

「面白い采配ね……」

 天ノ川の問いに豆は微笑む。離れた所で馬駆が笑顔で頷く。

「へえ~両サイドバックを前に上げてウィングバックの位置に上げてきたか」

「3バックか……5番が右で、4番が左。そして中央に18番か」

 城が陣形を冷静に確認する。甘粕が伊東に問う。

「3-5‐2のフォーメーション、令正とほぼ同じ陣形ですが?」

「細部は違うけど、ここで疑似的なミラーゲーム(両チーム同じフォーメーションでの試合)を仕掛けるとは……興味深いわね」

 紅茶を一飲みして、伊東が笑みを浮かべる。
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