第9話(1) 驚異のロングシュート

文字数 3,748文字

 抽選会から約2週間後、いよいよ私たちはインターハイ県予選の初戦の日を迎えました。当日の早朝、皆が学校の校門付近に集合しました。

「何でわざわざ学校集合なのかしら? いつも大体仙台駅集合なのに」

 聖良ちゃんが素直な疑問を口にします。私もそう思いました。時間的には十分間に合うといえば間に合うのですが……そんな事を考えていると、キャプテンが到着しました。

「皆さん、おはようございます……ふむ、全員揃っていますね」

「何でこんなに早い時間集合なのよ? これなら駅で良かったんじゃないの?」

 輝さんからの質問に対して、キャプテンはニヤリと笑います。

「ふふっ、それでは皆さん、あちらにご注目下さい」

 キャプテンが駐車場の方を指し示します。すると、そこに「SENDAI IZUMI」と車体に書かれた中型バスが現れました。

「あれは⁉」

「伊達仁グループさんから割安でご提供頂いた、私たち専用のチームバスです」

「誰が運転しているんですか?」

「あ、私、私~」

 聖良ちゃんの問いかけに対し、窓を開けてこちらに手を振る女性に私たちは驚きました。知子先生だったからです。車を降りた先生を皆が取り囲みます。

「先生、バスの運転なんて出来たんですか?」

「出来るようになった、ってところかな……」

 先生が苦笑しながら免許証を私たちに見せてくれました。

「わりと短期間で取れるものなのね、これ……」

「けじめの一つですね、ギリギリですが間に合ってくれて良かったです」

 キャプテンがニコニコ笑顔で話します。

「成程……これで移動のストレスが多少軽減されるってわけね」

「わたくしとしては電車移動なども嫌いではありませんけどね。ただ、主将さんがどうしてもとおっしゃるので、グループ傘下の自動車会社に用意させましたわ」

「割安とか言ってたけどよ……」

「勿論、流石に無料で差し上げるという訳には参りませんので」

「だ、誰が負担するのよ?」

「皆! 絶対ベスト8以上を目指してね! 先生との約束よ!」

 先生がウインクしながら、右手の親指をサムズアップしてきました。その目にはうっすらですが涙が浮かんでいます。私たちはそれで全てを察しました。

 学校を出発し、一時間弱で海岸近くの試合会場に到着しました。輝さんが言ったように、確かにこれで移動のストレス軽減が出来ると思います。運転手を務める先生は大変ですが。私たちは早速、ユニフォームに着替え、試合前のアップに臨みます。あっという間に試合の時間がやってきました。そんな中、キャプテンはピッチ中央で対戦相手の田原高校の10番兼主将の粕井さんや審判団と話しています。これは「コイントス」です。コインを弾いて、裏か表が出るかで、先にキックオフを選ぶ権利、もしくは最初に攻める相手エンド(陣)をどちらか選択することが出来ます。コイントスが行われたようです。近くにいた竜乃ちゃんには結果がすぐ分かったようです。私たちの方に振り返り、大声で

「こっちボール!」

 と叫びました。キックオフを選んだということは、相手にエンドを選ぶ権利があります。

「皆さん! エンドチェンジです! 移動してください!」

 キャプテンが私たちに向かって声を掛けます。相手はエンド交代を取ったようです。キャプテンは粕井さんと審判団と握手を交わします。その際、何やら話しこんでいました。

「この海から吹き付けるやや強い風の中で風下を取るとは……余裕の表れですか?」

「生憎、風の強弱程度で左右される程、ヤワな練習はしてきてないの。大物ジャイアント食い(キリング)への挑戦権チケットはウチが頂くわ」

エンドを交代した私たちは円陣を組みました。そこにキャプテンが加わります。

「さて、いよいよ県大会初戦です。皆さん、準備はOKですか?」

「言うまでもないでしょ……」

「あれ? 真理さん、どうしたんですか?」

「チームでこういった行為を行って士気を高める狙いだとは理解していますが……正直非科学的で懐疑的にならざるを得ませんね……」

 首を傾げる真理さんに、キャプテンは苦笑を浮かべつつ話し始めます。

「最初から全力で行きましょう! ……と、言いたいところなのですが、常磐野の偵察も来ているようなので、手の内はあまり明かしたくはないのですよね」

「偵察⁉ マジか! どこにいるんだ?」

竜乃ちゃんがキョロキョロとスタンドを見渡します。するとスタンド中央の中段辺りに、三脚を用いたカメラを設置している制服姿の女子高生が二人、目に留まりました。

「アイツらか……どうするピカ子?」

「別にどうもしないわよ……って真理先輩⁉ なんで印を結んでいるんですか⁉」

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前……破……」

「わあぁ――⁉ ストップ! ストップ!」

 聖良ちゃんの制止もあって、真理さんの術?の発動を防ぐことが出来ました。

「くっ……三脚を折るに留まりましたか」

「カメラ目線でカメラぶっ壊すとか大事ですよ! 注目集めるってレベルじゃないです!」

「そうですね、神不知火さんの本格復帰はまだ極力知られたくないことなので、申し訳ないですけど、術等の使用は控えめにお願いします」

「そういう意向であれば……了承しました」

「自分が一番非科学的な存在じゃないのよ……」

 呆れ気味の輝さんの言葉に。私たちは苦笑交じりで頷きました。

「いい具合に緊張は解けてきたようですね。これまでの練習試合、紅白戦などで見せてくれたプレーを各々が発揮出来れば、必ず勝てます。 気負わずに、思い切って、そして助け合って行きましょう。それでは……仙台和泉~ファイト~!」

「「「オオォッ‼」」」

 円陣を解いた私たちは、各ポジションに散らばります。多くの練習試合と同じく、4-4-2のフォーメーションでスタートです。キックオフの位置に立つ、竜乃ちゃんと秋魚さんが何やら話し込んでいます。

「アッキーナよぉ……始まったら、ボールをアタシの左前にチョコっと蹴ってくれねえか?」

「え? ……まさか竜っちゃん⁉ いやアカンで、美智、キャプテンから怒られるで?」

「キャプテンはさっき『思い切って』って言ってたぜ。頼むよ」

「いや、そうやけども……もう~~どうなっても知らんで⁉」

 秋魚さんが何やら叫んだ時に、試合開始のホイッスルが鳴り響きました。秋魚さんがボールを軽く前方に蹴り出しました。どうしたのかな?と思ったと同時に、竜乃ちゃんがシュートモーションに入っていました。敵味方ほぼ同時に「まさか」と思った瞬間には竜乃ちゃんから強烈なシュートが凄まじいインパクト音とともに放たれていました。ボールはうなりを上げながら、追い風にも上手く乗ったのか約50mもの距離を勢いをほぼ失わずに、敵陣を突っ切って飛んでいきました。そして、そのまま相手のゴールに突き刺さりました。皆唖然としている中、いち早く我に返った主審が得点を宣告しました。1対0。私たち仙台和泉の先制です。

「うおっしゃあ‼ 決めたぜ!」

 喜びを爆発させる竜乃ちゃんに皆駆け寄り、祝福しますが、どこか戸惑いの色を隠せません。それもそうです、こういったいわゆる“キックオフゴール”なんて得点シーンはそうそうお目にかかれるものではありません。敵チームの10番粕井さんも口をあんぐりと広げています。チームメイトから一通り祝福を受けて、その輪から外れた竜乃ちゃんの先にはキャプテンが仁王立ちで待ち構えていました。竜乃ちゃんは少しビクッとなります。

「い、いや今日は何だかアップの時から体軽くてよ、思い切って狙ってみたらさ、入っちゃったんだよな、アハ、アハハハ……」

「あまりギャンブル性の高いプレーは推奨しませんが……抑えの効いた良いシュートだったと思います。この後もその調子で宜しくお願いしますね」

「お、おう! 任せとけ!」

 自身のポジションに戻るキャプテンに対し輝さんが声を掛けます。

「もっとお説教するかと思ったのに」

「気が変わりました。龍波さんにはこの試合存分に暴れて貰います」

「偵察にバレちゃうんじゃない? それとも本当にオンミョウにカメラ壊してもらう?」

「それには及びません……持ち札を晒した上で、別の手を考えるまでです」

 出会い頭の強烈な一撃を浴びせることに成功した私たちですが、その後、立て直してきた田原高校の守備をなかなか崩せなくなりました。ですが逆に相手にもチャンスらしいチャンスは作らせませんでした。マネージャーのスカウティング(分析)によれば、田原の攻撃パターンは八割がたエースの粕井さんを経由するものでした。よって、粕井さんにほとんどボールを触らせないという守備戦術が上手く機能しました。痺れを切らした彼女が自陣にまで下がって、ボールを受けに行きましたが、こちらのゴールから遠い位置でボールをキープされてもさほど怖くはありませんでした。こうして徐々に試合の主導権を握り始めた私たちは、前半間際のCK、真理さんのゴールで追加点を奪いました。さらに後半の早い時間帯に竜乃ちゃんが2ゴールを追加、なんとハットトリックの大活躍で試合の大勢を決めました。その後も聖良ちゃんのダメ押し点、粕井さんに意地のFKを決められるなど、点を取り合って最終スコアは5対1。私たち仙台和泉は2回戦進出を決めました。
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