第15話(1) エミリア、顔見せ紅白戦

文字数 2,339文字

「行ったぞ、谷尾!」

「任せロ!」

「!」

 ハイボールに対して谷尾が競り合った鈴森ごと弾き飛ばすような勢いでボールを頭でクリアした。着地した鈴森は驚いた表情で谷尾を見たが、すぐさま気持ちを切り替えて、ボールを追いかけた。谷尾がその背中を見つめる。

(やや線が細いかと思ったが、案外力強いナ……タッパは竜乃と同じ位あるし、当たりにさえ慣れれば……)

「空中戦でも良いターゲットになれそうですね」

「うわっ⁉ キャ、キャプテンさん、音も無く背後に回るの止めてくれヨ……」

 谷尾の背後から緑川が突然声をかける。

「競り合いに関してはガンガン鍛えて上げて下さい」

「ま、まあ、それは良いけどサ……」

 鈴森エミリアの練習初日、緑川の発案で9対9とやや変則的な形ではあるが、紅白戦が行われ、鈴森は控え組の方に入った。



「パスもあるぞ、注意だ!」

 ゴール前にボールが鈴森に渡った。素早いターンで前を向く。主力組のゴールキーパー、永江が指示を飛ばす。

「よっしゃ、来い! エムス!」

 龍波がパスを要求する。鈴森は一瞬そちらに視線を向けるが、自らゴール前に切り込んだ。

「おおいっ⁉」

「⁉」

 素早いステップでかわしにかかった鈴森だが、神不知火が脚を伸ばしてカットし、ボールを前方に大きく蹴り出す。

「ナイスカット! オンミョウ!」

「アタシにパスくれよ!」

「竜乃はもうちょっと巧くマーク外せるようになれヨ……」

 谷尾は龍波に呆れ声を上げる。

「初めてのデュエル(1対1)のご感想は?」

 緑川が神不知火に話しかける。

「……ボールタッチが細かく、スピードは然程ではありませんが、緩急を上手く活かした良いドリブルだったと思います。初見でカット出来たのは正直幸運でした」

 神不知火が自陣に戻る鈴森の姿を見ながら淡々と感想を述べた。緑川が満足気に頷く。

「ゴール前でも相手に脅威を与えてくれそうですね」



 フィールド中央のやや右サイドよりで鈴森がパスを受ける。

「成実さん!」

「はいよ!」

 丸井の指示を受け、石野がすぐさま距離を詰め、ボールを奪いにかかる。その素早いチェックに対して、鈴森は慌てずに体を反転させて、左足でボールを反対のサイドに向かって蹴った。浮き球のパスが味方の足元へピタリと渡った。

(視野が結構広い……サイドチェンジも正確だし……展開力のある選手)

 石野は内心感心した。

「成実、もっと厳しく寄せなさいよ!」

「次は気をつけるし!」

 菊沢の叱責に石野は声を上げてボールの行方を追いかけながら答える。



「壁4枚!」

 永江が味方に指示を飛ばす。控え組がゴール前の良い位置でFKを獲得したのである。松内がボールをセットする。そこに鈴森がゆっくりと近づく。

「……蹴るかい?」

「……」

 松内の言葉に鈴森は無言で頷く。松内は場所を譲り、鈴森はわずかではあるが助走をとって、右足を振り抜いた。鋭い弾道を描いたボールは壁を越えたが、やや落ち切れず、クロスバーの少し上を通過していった。

「ドンマイ、なかなか良いシュートだったよ」

 松内が声をかけ、背中をポンポンと叩く。鈴森は頷いてそれに応えた。

「キッカーから見てどうだし?」

 ポジションにつこうとする菊沢に並走しながら、石野が尋ねる。

「……マッチや桃と比べると、また違った質のボールが蹴れるみたいね。右のキッカーとして計算できそうね。セットプレーの幅が広がりそうだわ」

「さっきのサイドチェンジを見る限り、左でも良いの蹴れそうだけど……」

「左ならウチの方が上」

「おっと、そいつは失礼したし」

 自信を持って断言する菊沢に石野は若干わざとらしく敬礼した。

「良いからさっさとポジションに戻りなさいよ」



「ピカ子さんが突っ込んできますわ! 突破させてはいけませんわ!」

 控え組のゴールキーパーを務める伊達仁が指示を飛ばす。姫藤が鋭いステップワークで相手ゴール前に侵入を試みる。目線だけでなく、体や足先の向きまで含めての体全体を使ったフェイントだった。初見の相手は戸惑うはずだと、姫藤は思っていた。

「!」

 鈴森を抜き去ったと思った姫藤だったが、その長い脚にボールを掠めとられてしまい、姫藤はピッチ上にうつ伏せに倒れ込んだ。その頭上に伊達仁の称賛が響く。

「ナイスカットですわ! エムスさん! ……大丈夫ですの、ピカ子さん?」

 伊達仁が姫藤を引っ張り起こす。

「あの脚がやっぱり長い、かわしたかと思ったら更に伸びてきた。厄介だわ……」

「つまり言い方を変えれば、味方にすれば心強いということですわね」

「……まあ、そうなるわね」



「素人目線だけど、思った以上に良い選手みたいね」

「ああ、先生、お疲れさまです」

 審判役をつとめる紅白戦が中断し、水分補給するためにベンチに下がってきたマネージャー小嶋に、練習の様子を見に来たサッカー部顧問の九十九つくも知子ともこが声をかける。

「体育の成績は結構良いとは聞いていたんだけどね、まさかここまでとは……でもフットサルとサッカーって似ているようで結構違うんでしょ?」

「まあ、そうですね、ただドイツにいらっしゃった小学生時代にはどちらも平行して行っていたようですし、そこまでの戸惑いはないようですね」

「へ~ドイツ仕込みか~」

「ええ、本場ドイツで学んだ確かな技術をはじめ、規律正しい動き、戦術理解度の高さ、攻守両面においての高い献身性、フィジカル、スピード、パワー、どれをとっても一級品です」

「それじゃあポジションはどこになるの?」

「そうですね……」

 九十九の疑問に小嶋は考え込む。代わりにキャプテンの緑川が答える。

「『ボックストゥボックス』プレーヤーと私は見ています。センターハーフを中心につとめてもらおうかなと」

「キャプテン……」

「再開前にお話があります!」

 緑川が皆に声をかける。
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