第18話(1) スーパーマーケットファンタジー

文字数 2,238文字

「親善大会兼合同合宿へ向けて、明日から3日間の特別訓練を行うぜ!」

 仙台和泉高校サッカー部の新監督に就任した春名寺恋が高らかに宣言し、部員たちは身構えたが、当日朝早く集合させられた場所は学校のグラウンドではなく、学校近くにある大型スーパーマーケットであった。

「監督が就任して、この三日間はほぼ基礎練習の反復のみで、いよいよ実戦的なトレーニングが始まるのかと思ったが、何故こんな所に……」

 永江が首を傾げる。

「しかもジャージじゃなく、動きやすい恰好で来いってのも不思議だねー名和、副キャプテンなのに何も聞いていないのー?」

「何も知らん……どうなんだキャプテン?」

 永江と池田がキャプテンである緑川の顔を見る。

「生憎……私も何も」

 緑川は両手を広げて首を振る。

「本当―?」

「ええ」

「お前のことはいまいち信用ならん」

「酷い言われようですね」

 話しているところに春名寺がやってくる。

「よう、全員集まっているな」

「おはようございます!」

 その場にいたメンバーが春名寺に挨拶をする。脇中が首を捻って疑問を口にする。

「全員……?」

「おう、7人全員だ」

 神不知火が周りを見渡して呟く。

「7人……守備陣の面々ですね」

「流石は陰陽師、鋭い洞察力だ」

「陰陽師はあまり関係ないと思いますが……」

 谷尾が春名寺に尋ねる。

「恋ちゃんヨ、こんな所に呼び出して何の用ダ?」

「恋ちゃんってお前……フランク過ぎるにも程があるだろう……まあいい。お前らにはこれからこのスーパーマーケットで働いてもらう」

「「「ええっ⁉」」」

 皆が驚いた反応を見せる。永江が戸惑いながら質問する。

「そ、それはつまりアルバイトをしろということですか?」

「そういうことだな」

「な、何故?」

「説明は終わってからだ」

「終わってからじゃ意味ないような……」

 脇中の言葉に春名寺が笑う。

「細かいことは気にすんな、全員裏口から入るぞ」

 春名寺に続き、全員がスーパーの関係者用出入り口に向かう。数十分後、服の上に、スーパーの従業員が着るエプロンを着て、店の帽子を被った7人が並ぶ。

「よし、簡単ではあるが、大体の講習は済んだな。ということでお前らはこの三日間、この『スーパーマーケットファンタジー』の店員さんだ、しっかり励めよ」

「ちょ、ちょっと待てヨ!」

「ん? なんだ、エプロンよく似合っているぞ、ヴァネ美」

「ヴァネッサ恵美だ! 変な略し方すんナ! そうじゃなくて、スーパーのバイトがサッカーと何の関係があんだヨ⁉」

「関係性を見い出せるかどうかはお前ら次第だな」

「そ、そんな……」

「心配すんな、バイト代はちゃんと出る」

「そういうことじゃなくて……」

「労働……ひたすら汗水を流して対価を得るということですわね! わたくし是非とも一度やってみたいと思っていましたの!」

 伊達仁が目をキラキラと輝かせる。

「ほら、お前らもお嬢様のこの前向きさを見習え……そろそろ開店準備の時間だな、各自持ち場につけ」

 春名寺が両手をポンポンと叩き、皆それぞれの持ち場に散らばっていく。

「さて……どうなるかな」

 春名寺がニヤっと笑みを浮かべる。やがて開店時間となり、客がドッと押し寄せる。

「あ、朝から、随分と客が多くないか?」

「この三日間は『毎年恒例! 真夏の大安売り‼』期間だそうですから……」

「な、成程……」

 緑川の説明に永江は頷く。

「え? 醤油がどこにあるかって? さあ、分かんねえ……ナ⁉」

 谷尾の尻を春名寺が蹴る。

「な、何をすんだヨ!」

「お客さんにタメ口使うな! 分からないなら分かる人に聞け!」

「お、おう……あ、すんません、山田さん。こちらのおば、お客さんが醤油を探していて……あ、はい……あ、お客さん、醤油は奥から二番目の棚です……」

 谷尾の接客に春名寺が一応満足気に頷く。

「やれば出来るじゃねーか」

「面倒くせーナ……いいだろ、ちょっとタメ口くらい……」

「そういうちょっとしたズレが致命的なピンチに繋がるんだよ」

「!」

「まあ、気を抜かずに頑張れよ」

 春名寺はその場を離れ、レジを見ると緑川と池田が手際よくこなしているのが見える。

「キャプテンとダーイケは家や親戚の手伝いをよくしているとか言っていたな……あの二人はソツが無いな、頼もしいことだ。ん?」

「どうしたお嬢ちゃん? ママとはぐれてしまったのか? お名前は? そうか……ああ、脇中、店内アナウンスをするようにお願いしてくれないか?」

「分かりました!」

 迷子の対応で連携を取る永江と脇中の様子を見て、春名寺がフッと微笑む。

「そう、常に周囲に気を配り、声を掛け合って落ち着いて対応する……なかなか分かってんじゃねーか。問題はあの二人か……」

「……臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」

「おお、凄いですわ! 真理さん! 商品が独りでに浮かび上がって陳列を……ぐえっ!」

「何をしてんだ!」

 春名寺が伊達仁と神不知火の頭に手刀を喰らわす。

「な、わ、わたくしの頭を……」

「お、恐ろしく速い手刀……!」

「怪しげな術を使うな! きちんと手作業でやれ!」

「その方が楽ですのに……」

「派手なことや突拍子もないことは必要ねえんだよ! 基本を大事に、安全第一だ!」

「!」

「しかし、お客様の邪魔になってはいけませんから、効率化を優先しようと……」

「不利な状況に追い込まれたらその時点で負けだ! そうならないように考えろ!」

「!」

「まあ、お前らは特に色々慣れないとは思うが……頑張れよ。さて……」

 春名寺は頭を掻きながらその場を後にする。
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