第21話(3) 対令正高校戦前半戦~終盤~

文字数 4,105文字

「キャテイ!」

 米原さんから鋭いパスがカタリナちゃんに通ります。

「~♪」

 カタリナちゃんが鼻唄混じりにボールをキープします。良いリズムでプレー出来ているということでしょう。中学時代もそういうときがありました。私たちはフィールドの中央やや左サイド寄りで対峙します。

(これ以上調子づかせるとマズい……試合の流れごと持っていかれてしまう恐れがある……このワンプレーが大事になってくる……!)

 カタリナちゃんはボールを近くにいた合田さんに出す素振りを一瞬見せますが、尚もボールをキープします。

(向こうも最初のこのプレーが大事だと考えているはず……安易にバックパスには逃げないだろう。ここは抜き去ろうとするはず!)

 私は重心を低くして、カタリナちゃんの繰り出すプレーに対応出来るよう構えます。

「ふっ!」

「!」

「っと……」

 中学時代にも練習などで散々1対1を行いましたが、やはりスピードで振り切ろうとしてきました。これは読み通りであった為、私も反応することが出来ました。カタリナちゃんは体勢を立て直します。

(スピードで振り切れないと分かれば、緩急で勝負に来るはず!)

「よっ!」

(来た!)

 カタリナちゃんは右足でボールの左側から右側にまたぎます。右足が地面に着くか着かないかのタイミングで、左足の外側部分を使ってボールを左に持ち出し、そのまま勢いに乗って、縦に抜け出そうとします。ありきたりなフェイントパターンと言えばそれまでですが、彼女のこの一連の動作は非常にスムーズかつ素早い為、向かい合う相手はここでワンテンポ遅れ、置いていかれてしまう場合が多いです。中学時代の私もそんなことが多々ありました。いわゆる「分かっていても止められない」というやつです。しかし、今の私はその動きについていくことが出来ています。

「っと!」

「⁉」

 カタリナちゃんがここでもうワンタッチ入れてきました。左足をすぐさまボールの上で交差させ、ボールの左側に置くと、今度は左足の内側部分でボールを逆方向へと転がしたのです。つまり私から見ると、私の右側を抜くと見せかけて左側を抜きにかかったということです。この動きはさらに素早く、急激な方向転換になる為、私もついていけなくなりそうでした。

「~♪」

「くっ!」

「なっ⁉」

 カタリナちゃんが驚きました。私が左足を伸ばしてボールを奪ったからです。体の重心を完全に右側に傾けずに、左側に残しておいたのが幸いでした。こぼれたボールを私はすぐさま前へと蹴り出しました。パスが竜乃ちゃんに通りましたが、すぐにオフサイドの判定を知らせる笛が鳴りました。良いタイミングでパスを出せたと思ったのですが、相手のDFラインの方が一枚上手でした。

「切り替えろ、キャテイ!」

 米原さんがカタリナちゃんに声をかけます。そのしばらく後、より私たちのゴールに近い位置でカタリナちゃんにボールが渡ります。ボールをキープする直前、カタリナちゃんは首を素早く振って、周囲を見回し、味方の位置関係などを一瞬で把握します。私も彼女の意図するところを探ります。

(この位置は敵味方も密集して、ドリブルを仕掛けるスペースがほとんどない。まず優先する選択肢はパス! 後はそのタイミング!)

 前を向いたカタリナちゃんは左足でボールを転がし、その上を右足で右側から左側にまたごうとします。ですが、すぐに右足を元の位置に戻します。それと同時に左足でボールを蹴り出そうとします。私がその動きに反応して左足を伸ばしたのを見て、瞬時にボールを蹴る足を右足に切り替え、別方向にパスを送ります。反対を突かれた私ですが、右足を伸ばしてそのパスをカットし、こぼれたボールを前に蹴り出します。

「そ、そんな……」

 カタリナちゃんはまたも驚いた表情を浮かべます。私としてはある程度は予想通りでした。先程までのプレーを見ても、彼女が利き足の左足だけでなく、右足を使ったプレーにも積極的に取り組んでいるのがうかがえたからです。高校サッカーになると、左足一本に頼ったプレースタイルは苦しくなります。彼女なりに試行錯誤を繰り返している段階ということなのでしょう。左右両足を巧みに織り交ぜたプレースタイルを確立させる前に彼女と相対することが出来たのは幸運でした。

「キャテイ、ボサっとすんな、守備や!」

 米原さんがまたもカタリナちゃんに声をかけます。その後もしばらく相手チームはカタリナちゃんにボールを集めますが、私は彼女にほとんど仕事をさせませんでした。



24分…令正、自陣でのFK。羽黒が米原に繋ぎ、米原が左サイドの三角へ。三角、ダイレクトで、中央に位置する椎名へパス。受けた椎名もダイレクトで斜め前にボールを送り、三角が縦に走り、そのボールをキープしようとするが、丸井が上手く体を入れてボールを奪う。三角のサイドから中央へのカットインに丸井が対応した形。

27分…令正、長沢が前線へ向けてロングパス。武蔵野が谷尾との競り合いを制し、ボールは左サイドの三角へ。三角、縦への突破を狙うが、丸井がすぐさま体を寄せる。三角、スピードに乗り切れず、緩急を使って抜け出そうとするが、丸井を振り切れない。丸井、上手く足を伸ばしてボールを奪取する。



「丸井さん、上手く三角さんを抑え込んでいますね!」

 仙台和泉ベンチで小嶋が春名寺に声をかける。

「ああ、正直ここまでやってくれるとはな……」

 春名寺が感心したように呟く。

「三角さんの勢いは止められたと思います! 丸井さんを本来のポジションに戻しても良いのではないですか?」

「……前半残り7分弱か……難しいところだが、前半はこのままでいく。下手に動くとバランスを崩してしまう恐れがあるからな」

「前半は0対0で良いということですね?」

「そうだ。勝負をかけるなら後半だ」

 小嶋の問いに春名寺が頷く。そんな様子を横目で見ながら、米原が苦々しげに呟く。

「ちっ……ベンチも含めて向こうの方が調子づいておるな……」

「純心」

「はい? なんすか、妙さん?」

 米原の側に椎名が駆け寄る。

「次は私に縦パスをくれ。グラウンダーでトラップ出来ないようなやつだ」

「え?」

「は、はい……」



30分…令正、寒竹が米原にボールを繋ぐ。米原、一旦、横の合田にパス。合田、すぐさまボールを返すと、米原が左足を大きく振りかぶる。和泉側、三角へのサイドチェンジを警戒するが、米原は強い縦パスを選択する。



「妙さん!」

 米原が強いグラウンダーのパスを送る。椎名がそれを受けに動く。

「7番!」

 丸井が声をかけるよりも少し早く、石野と菊沢が椎名を止める為に動き出していた。

(ウチはぶっちゃけ、守備は下手だけど……とにかく前を向かせなければ良い! 肩を当てて、体勢を崩せば!)

 菊沢が激しく体を寄せる。同じタイミングで椎名に近づく石野が内心で称賛する。

(いいね、ヒカル! それでなくても多分5番の珍しいミスキック! あんな強いボールを上手くキープするのは誰だって難しい。トラップを試みるが、絶対に乱れるはずだし! そこを奪って一気にカウンターだし!) 

「流石純心、リクエスト通り……」

「「⁉」」

 菊沢と石野が驚く。椎名がボールをキープせず、ゴールに背を向けた状態のまま、右足のかかと付近でボールの軌道をわずかに変えたのである。

(トラップミス⁉ いや、ヒールパス⁉)

(トラップは最初から頭に無かった⁉)

 微妙に軌道が変わったボールは菊沢と石野の間をすり抜けていく。

(ちっ!)

(スルーじゃなくて、スルーパス⁉ まさかだし!)

 ボールは強い勢いを保ったまま、仙台和泉のDFラインの中央を転がっていく。

「キーパー!」

 丸井がすかさず声をかける。

(スルーパス! でも少し強すぎる! 誰も反応出来ないはず! ⁉)

 丸井が驚いた。強く速すぎると思ったパスに反応している選手がいたのである。令正高校13番、渚静である。渚のマークをしていた神不知火は線審を確認する。

(オフサイドは⁉ ありませんか!)

 仙台和泉の選手が慌てて追いかけるが、完全に渚に抜け出されてしまった。ゴールキーパーの永江が素早く前に出て、シュートコースを狭めるが、渚はそれに惑わされず冷静にボールを蹴り込む。永江の伸ばした足の先を抜けて転がったボールがゴールネットを揺らす。令正高校の先制点が生まれた。

「静ちゃん~ナイス!」

 値千金のゴールを決めた渚に令正の選手たちが駆け寄り、三角が勢いよく抱き付く。

「やっと仕事しよったな、寝てるのかと思ったで」

「起きてはいた……」

「冗談やがな」

「4番のマークをなかなか外せなかった、妙さんが良いパスをくれた……」

 渚が淡々と呟く。椎名が頷く。

「確かに良い動きだった。出し抜くにはあのタイミングしかなかった」

 椎名と渚はハイタッチをかわす。三角が口笛を鳴らす。

「~~♪ 頼りになる~」

「先輩をからかうなや」

「っと、純心ちゃん! 頭をわしゃわしゃしないでよ~」

 令正高校の選手たちが自陣に戻る。

「前半の内で点を取れるとは……一気に流れを引き戻せたで」

 米原が笑みを浮かべながら呟く。

「やられました……」

 神不知火が肩を落とす。

「い、いや、今のはむしろ相手を誉めるべきですよ」

 丸井がフォローする。菊沢と石野が汗を拭いながら呟く。

「やっぱり、椎名は危険な存在ね……」

「ど、どうするし?」

「とにかく前半はこのままでいくしかないでしょう。残り時間を考えても、無理をすべきではないと思います」

 丸井の冷静な言葉に仙台和泉のメンバーたちが頷く。時間はそのまま経過し、前半終了の笛が鳴り、令正の1点リードで試合はハーフタイムに入る。

(先制点が欲しかった……リードされる展開は厳しい……)

 丸井を始め、仙台和泉のメンバーは俯きがちにベンチに下がる。

「後半も仕掛けていけ、カタリナ。へこんでいる時間は無いぞ」

「妙ちゃん、カタリナ別にへこんでないから! って、純心ちゃん、何よ~?」

「そこはせめて妙さんやろうがい! まあ、ちゃんをづけただけマシか」

 三角の頭を小突きながら米原は笑う。先制された側とされた側。ベンチに戻る両軍の模様は実に対照的だった。
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