第11話(3) 対常磐野学園戦後半戦~終盤~

文字数 3,694文字

後半29分…常磐野、豆のパスを天ノ川がフリック。座間が抜けるも神不知火がカット。

後半30分…常磐野も最後の交代。地頭→浜本。浜本が右ウィングで真弓が右SBに。

後半31分…常磐野、豆が縦パス。左サイドに流れた天ノ川が受ける。栗東がインナーラップ(外側に空いたスペースではなく、内側のスペースを突く動き)する。天ノ川、栗東へパス。栗東の右足での低いシュートは僅かにゴール右に外れる。

後半32分…和泉、丸井のパスを受けた伊達仁が倒されてFK獲得。ゴール前左約30mの位置。キッカーは菊沢。ほぼ完璧なキックを放つがボールはクロスバーの上を叩く。

後半34分…常磐野、那須野が天ノ川とのワンツーからミドルシュートを放つが、神不知火が防ぐ。こぼれ球を浜本が拾い、シュートを狙うが、緑川がカット。CKに逃れる。

後半35分…常磐野、右サイドからのCK。豆のボールをニアサイドで栗東がコースを変えて、中央の本場が頭で合わせるが、和泉GK永江が横っ飛びで弾く。



 完全にやられたと思いましたが、永江さんが良く弾き出してくれました。それでもボールはまだ和泉のペナルティーエリア内です。敵味方入り乱れて混戦状態です。早くクリアしたいところでしたが、宙に浮いたボールを先に常磐野の結城さんに触られてしまいました。彼女が頭でボールを落とした先には、フリーの天ノ川さんが居ました。私はゴールに目をやりましたが、そこには驚きの光景が広がっていました。ゴールポスト付近でうずくまる永江さんの姿があったのです。先程のシュートを横っ飛びで防いだ際にポストで頭を打って脳震盪を起こしているのかもしれません。とにかく、和泉ゴールは今無人の状態です。(マズい!)と思ったその瞬間、天ノ川さんの左足からシュートが放たれました。(ダメか……)と思った次の瞬間、またもや驚くべきことが起こりました。誰かの手にボールが当たって、シュートの軌道が変わったのです。勢いを失って転々と転がるボール。主審はすぐさまペナルティースポットを指差し、PKを宣告。ハンドをした選手にはレッドカードを提示、退場を命じました。顔面蒼白になって立ち尽くす選手は聖良ちゃんでした。自らの右手を呆然と見つめています。思わず手が出てしまったのでしょう。歩み寄った私に気付くと、聖良ちゃんは今にも泣き崩れそうな表情で私を見つめてきました。その時の私は聖良ちゃんを抱きしめることしか出来ませんでした。

「桃ちゃん、私……私!」

「大丈夫だよ、分かっているから、安心して」

 聖良ちゃんを落ち着かせ、ピッチの外に送り出しましたが、次なる問題が発生していました。永江さんがやはり頭を強く打ったようで、プレー続行が不可能な状態になったのです。つまり和泉には今GKが居ません。どうするのかとキャプテンを見ると、既に指示を出していました。ここで私は三度驚きました。何とベンチで健さんがGK用のユニフォームに着替えているではありませんか。再びキャプテンの方に説明を求める視線を送ります。

「いや、最悪の事態を想定しまして、伊達仁さんも一応GK登録していたのです」

確かに以前の竜乃ちゃんとのPK戦では鋭い反応を見せてはいましたが……。

「まあ皆さん大船に乗ったつもりで御覧なさい!」

 妙に自信満々な健さんとは対照的に、私たちは不安げな表情を浮かべつつ、ペナルティーエリアの外に出ます。そして、相手のPKキッカー天ノ川さんがボールをセットします。笛が鳴り、短い助走から天ノ川さんがボールを蹴りました。健さんはキッカーの軸足の向きから判断して、ゴール左側(自身にとっては右側)に飛びました。しかし、何と天ノ川さんは大胆にもゴール中央にボールを蹴り込んだのです。健さんは逆を突かれた形になりました。万事休すかと思われましたが、ここで四度、私は驚くことになりました。健さんが足を伸ばして、シュートを防いだのです。コースが変わったボールは上のクロスバーに当たり、ゴールラインの手前に落下しました。まだゴールにはなっていません。それを見た敵味方がボールに殺到します。ここで相手に押し込まれたら終わりです。しかし、混戦の中、ボールは体勢をいち早く立て直した健さんがしっかりと両手に抱えていました。ホッと安心したのも束の間、

「勝利を掴むのは……わたくしたちですわ‼」

 と叫びながらいきなり立ち上がった健さんが、ボールを左サイドに走るキャプテンに向かって投げました。パスを受けたキャプテンがボールを前方に大きく蹴り出そうとしました。

「カウンターだ! 戻れ!」

 相手チームの誰かの声がしたと思った矢先、キャプテンが縦に大きく蹴りました。ボールは前がかりになっていた常磐野DFラインの裏側に落ちました。敵も味方もいないスペースかと思いましたが、そこに物凄いスピードで走り込む和泉の選手がいました。背番号17、白雲流ちゃんです!栗東さんも追いかけていましたが、とても追いつけません。流ちゃんが誰よりも速くボールに触りました。(イケる!)と思った次の瞬間、向こうのペナルティーエリアを猛然と飛び出したまもりさんが流ちゃんの突破を阻みました。ボールは左サイドのラインを割って、こちらのスローインとなりました。残り時間もおそらく後数十秒、このままPK戦突入か……と私を含め敵味方のほとんどの人が考えました。しかし……

「まだだし!」

 どこに体力が残っていたのか、成実さんがボールを拾いスローインの体勢に入ります。そして私は五度驚かされることになります。成実さんが助走を長く取って、「ロングスロー」の体勢を取ったのです。これはつまり、相手ゴール前にボールが届く可能性があるということです。更に、真理さんとヴァネさんが揃ってゴール前に上がっていきました。データに無いであろう成実さんのロングスロー、加えて和泉の長身の選手がゴール前に集結したことにより、常磐野側はマークの確認に追われて、やや混乱をきたしていました。笛が鳴って、成実さんが長い助走に入ります。誰もが皆ゴール前にボールが飛び込んでくるものだと思いました。ですが、成実さんはボールを両手から離す直前にニヤっと笑った様に見えました。成実さんは思いっ切りボールを投げ込むと見せかけて、手前に通常通りのスローインを行いました。そこには輝さんがいました。輝さんは右腿でボールをトラップすると、ゴール前に目を向けました。そして、バイタルエリア辺りにポジションを取っていた私と目が合いました。すると次の瞬間、鋭いボールが私目掛けて飛んできました。相手の守備はゴール前に意識がいっており、私は全くフリーの状態でしたが、流石に何人か体を寄せて来ているということは分かりました。ボールの高さ的に、ジャンプして胸トラップするのが最善手かと思いましたが、それでは着地の際に奪われる危険性があると思い直しました。ではどうするか、そう思った瞬間に私の右前方を横切る金色の影が目に入りました。次の瞬間、私はダイレクトのヘディングパスを選択しました。ボールは思った以上に勢い良く、私の右前方、私からボールをカットしようとした、相手DF陣の裏側に飛びました。そこには誰もいないはずでしたが、一人だけいました。ボールをフリーでもらえるように、相手のマークを外すようにポジションを取ろうとペナルティーエリア付近を何度も動き直していた竜乃ちゃんです。エリアを横切るように動いていた彼女は、私が頭で浮かせたボールの軌道を確認し、ゴールに向かう様に進路を変えました。彼女にとっては右の後方から飛んでくる難しいボールです。しかし、絶妙なタイミングでボールの落下点に到達しました。それと同時に理想的なシュートモーションに入っていました。私は金髪の不思議な彼女、龍波竜乃ちゃんと出逢ったこの二か月間で何度か叫んだ台詞をまた口にしました。

「撃て‼」

 凄まじいインパクト音がしたと思った次の瞬間、ボールは常磐野ゴールに突き刺さっていました。主審はゴールを宣告、それと同時に、長い笛を吹きました。試合終了を告げる笛です。スコアは3対2。私たち仙台和泉の勝利です。私は自分でも体の何処から出しているのか分からない奇声を発しながら、竜乃ちゃんに抱き付きました。私以外にも何人も、竜乃ちゃんに抱き付いた為、流石の竜乃ちゃんも支えきれず、ピッチに倒れ込んでしまいました。

「いや、無理無理、何人上に乗ってんだよ、マジで⁉」

 戸惑いながらも竜乃ちゃんの声は何だか弾んでいます。皆が思い思いに喜びを爆発させていると、キャプテンの冷静な声が耳に入ってきました。

「皆さん、整列しましょう。相手チームへの敬意を忘れては勝者の名折れですよ」

 その言葉に落ち着きを取り戻した私たちはピッチ中央に整列し、声援を送って下さったスタンドの皆さんに、一礼しました。スタンドからは温かい拍手が送られました。良い試合が出来たということでしょうか。そして、常磐野の皆さんと握手を交わしました。力強く握ってくる人、そっけない人、そこには様々な感情が入り混じっていました。
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