第4話(1) よもやの不祥事

文字数 4,053文字

「行ったわよ! 竜乃!」

「よし! 今度こそ……!」

 強めのグラウンダー(低め)のパスをトラップした竜乃ちゃんですが、ボールが少し浮いてしまいました。そこをすかさず、緑川さんに掠め取られてしまいます。

「くっ……」

 すぐに取り返しに行こうとする竜乃ちゃん。しかしちょっとばかり強引でした。緑川さんに足を引っ掛け、倒してしまいました。笛を鳴らす美花さん。

「今日は練習ですから注意だけにしますけど、試合だとイエローが出るかもしれませんからね、気を付けて下さい!」

「ああ…」

 力なく答える竜乃ちゃんの様子を見て、緑川さんが美花さんに促します。美花さんは時計を確認すると笛を短く二回吹いて、皆に告げました。

「あ、一本目終了です! 五分休憩してから二本目開始です!」

 ピッチ(グラウンド)脇に下がろうとする私は洗面所に顔を洗いに行く、緑川さんと池田さんとすれちがいました。

「いきなり結構スパルタだねー」

「実戦あるのみです。若干厳しい気もしますが、この1週間の伸びに期待するしかありません。私たちには時間がありませんから」

 そうです、一年生も入り、故障中などの三年生も復帰した私たち“新生“仙台和泉高校サッカー部はいきなり窮地に立たされてしまいました。どうしてそんなことになったのか、時計を1時間程前に戻しましょう。



 私たちがサッカー部に入って最初の週末である土曜日の練習はストレッチとランニングでスタートしました。その後もスプリント(短距離ダッシュ)を何本か繰り返すなど、走るメニュー中心でした。ほぼボールには触らず、午前中のメニューは終了、30分の昼休みに入りました。

「あ~なんだか退屈だな~走ってばっかでよ~」

 サンドイッチを頬張りながら、竜乃ちゃんが退屈そうに呟きます。

「走るのも大事よ。体力をつけないと、いざっていうときの一歩が出なくなるんだから」

 聖良ちゃんは手作りでしょうか、可愛い箱に入ったお弁当を食べています。

「ってもよ~午後は流石にシュート練習とかあるよな~ビィちゃん……って、ビィちゃん何食ってんだそれ……」

 聖良ちゃんも私の方に振り返ります。

「何って……『ビッグエビフライおにぎり』だよ!」

 私はエビフライが両端から飛び出ている手のひら大のサイズのおにぎりを二人に見せました。

「ど、どこで売っているのそれ……?」

 昼休みの時間も少ないので、私は急いで『ビッグエビフライおにぎり』を食べました。タルタルソースとお米の絡みが絶妙であり、こんがりとした衣と海苔のバランスもとても良いものです。私はあっという間に平らげました。なにやらポカンとしている二人をよそに、食後のお茶を楽しんでいると、副キャプテンの永江さんがやって来ました。

「昼食は済んだか? 急で悪いが、5分後に視聴覚教室に集まってくれ」

 そう告げて、去っていきました。一体何事でしょうか。不思議に思いながらも、私たちは視聴覚教室に集まりました。大きなモニターなども備え付けてあるため、運動部を中心にミーティングに使われることも多いようです。私たち三人も席につきました。

「皆さん揃いましたね? では先生、お願いします」

 キャプテンの緑川さんが促し、一人の女性が皆の前に進み出てきました。

「皆さん、こんにちは。サッカー部顧問の九十九知子(つくもともこ)です。今まで挨拶が遅れてしまってごめんなさい……と言っても、一年生の子たちとも、もう何度かお会いしましたかね?」

 そう話し始めたスーツにタイトスカート姿の女性は九十九知子先生、私たち一年C組の担任です。担当教科は英語で主に一年生の授業を受け持っています。細いフレームの眼鏡をかけ、肩までかかったミディアムヘアは緩くウエーブがかかっていて、そこまで長身でありませんが、スラリとしたスタイルは、まさに“デキる女”感を醸し出しています。明るい性格で、授業も分かりやすく楽しいと生徒たちからの評判も上々です。そんな方が突然表情を硬くして……

「えっと……ごめんなさい!」

 頭を下げてきました。何のことやら分からず戸惑う私たち。

「先生、いきなり謝られてもさっぱり意味が分かりません、具体的な説明をお願いします」

「そうそうー。あと敬語とか、トモちゃんらしくないしー」

 永江さんと池田さんが口を開きます。それを聞いた九十九先生は頭を上げ、幾分表情を和らげて、顔の前に斜めに掌を合わせ、舌をペロッと出して、こう言いました。

「えっとね……単刀直入に言うと……サッカー部の部費、3分の1になっちゃった♪」

「「「え、ええぇぇぇ~⁉」」」

 視聴覚教室中に、私たちの驚きの声が響き渡ります。

「な、なんでそんなことに⁉」

 聖良ちゃんが尋ねます。

「そう、あれはつい先日のこと……」

 先生が遠い目をしながら語り始めました。

「学校近くの市民公園があるでしょ? シーズンにはちょっと早いんだけど、教職員が集まってお花見をすることになったの……でもね、皆も大人になれば分かると思うんだけど、『職場関係者全員参加系』の飲み会なんて七~八割がた面白くないものなの。そりゃそうよね、気の合う同僚同士ならともかく、気の合わない先輩とかと同席してもね……ましてや教頭先生どころか、校長先生に理事長まで参加してたのよ、ロクに話したことも無いっての、それでいくら『本日は無礼講で…』って言われてもね……緊張するなってのが無理ってもんよ。でも『このままじゃダメだ、何とかしなきゃ……』って思って私ね……」

 先生はそこで一呼吸置いて、

「理事長の真ん前で“腹踊り”をかましたの」

「「「え、ええぇぇぇ~⁉」」」

「ああ、大丈夫。服は脱いでないから、ブラウスをちょっとめくっただけだから」

「いや、問題はそこじゃないから!」

 聖良ちゃんが全力でツッコミを入れます。

「酒の席での不祥事ってやつですか……」

 永江さんが呆れたように呟きます。

「あ、私お酒ほとんどダメだから。その日車だったし。飲んでいたのはノンアルよ」

「シラフでそのテンション⁉」

 美花さんが驚きます。

「いやあ~私も正直無理かな~って思ったんだけど……出来ちゃったんだよね~」

「褒めてない! 今全っ然褒めてないから!」

 何故か照れ臭そうに頭を掻く先生に対し、聖良ちゃんが更に全力でツッコミます。

「……で運の悪いことに、その様子を通りがかった人だか隣で飲んでいた大学生グループだかに動画で撮られちゃって、SNSで拡散されちゃったのよ……」

「あーその動画見たかもーでも顔とかは映ってなかったようなー」

 池田さんが反応します。先生は小さく頷き、

「まあ、せめてのものの情けか、私や理事長たちの顔にはモザイクがかかっていて、特定までには至ってないんだけどね……理事長、『わが校の品位を著しく損なう行為です!それ相応の責任は取って貰います!』って激おこでさ……」

「で、でもそれでどうしてサッカー部にしわ寄せが? 納得できません!」

 美花さんが抗議の声を上げます。すると、最前列中央に座り、机の上で手を組み、黙って話を聞いていた緑川さんがゆっくり口を開きます。

「元々あの方……理事長は学業最優先、文化部優遇の方針をとってきました。サッカー部は彼女の件もありますし、予算削減の対象として元々目を付けられていたのでしょう。……で、今回まんまとその口実が出来たと……」

「体育館の窓ガラスも割っちゃったしね……合わせ技1本!みたいな……」

 先生の言葉に、これまで私の隣で腕を組んで黙って話を聞いていた竜乃ちゃんがギクっとした感じで肩を震わせました。

「年明けに急にアフロにしてくるやつもいるしねー」

 池田さんが笑いながらそう言って、斜め後ろに座る秋魚さんの方を見やります。

「ア、アフロは別にええやろ、個性や個性!」

 アフロにしたの意外と最近なんだな……などと思っていると、先生がバッと両手を合わせ、

「本っ当にごめん! その代わり何とか部費削減回避のための条件を取り付けてきたから!」

「条件……?」

 聖良ちゃんが訝しげに尋ねます。先生が申し訳なさそうに答えます。

「えっと、来月末のインターハイ県予選で最低でもベスト8に入ること、しかも来週土曜の練習試合も含めて、そこまで無敗を続けること……だって」

「「「え、ええぇぇぇ~⁉」」」

「……練習試合ですか、相手は?」

 皆が驚く中、緑川さんが冷静に尋ねます。

「えっと……理事長が電話一本でほとんどその場で決めちゃったんだけど……常磐野学園さん、試合会場は市民サッカー場……」

「「「え、ええぇぇぇ~⁉」」」

「常磐野学園って、部員数は80名位いて、県のベスト4常連で、タイトル獲得回数20回以上を誇る超名門校じゃないですか!」

 皆が再び驚き、美花さんが動揺の声を上げます。すると先生は慌てたように、

「で、でもその日、向こうのAチームとBチームは、別の場所で試合みたいだから……出てくるのはCチーム辺りみたいよ?」

「それでも他校なら十分レギュラークラスを張れる選手たちだらけだろうな……」

 永江さんが冷静に分析します。「大丈夫なの……?」「無理なんじゃ……」不安げな声がそこかしこから聞こえてきます。

「とりあえず落ち着きましょう」

 緑川さんがポンポンと手を叩いて立ち上がり、皆の方に振り返ります。そして穏やかな口調かつニコニコ顔で話します。

「強豪チームと試合する機会はそうそうあるものではありません。ここはプラスに考えましょう。少し予定は変わりますが、十分後にグラウンドに集合してください。あ、それと先生」

 そう言って先生の方に向き直り、先程とは打って変わっての冷たい口調で、

「今回の件のケジメは後でキッチリ取って頂きますからね……」

「ヒィッ……!」

 先生が小さく悲鳴をあげました。こちらからは緑川さんの表情が伺い知れませんが、余程恐ろしい表情だったのでしょうか。先生は恐る恐る、

「も、もう減給処分食らっているんだけど……?」

「それはそれ、これはこれです」

「は、はいっ……!」

 先生はビシっと背筋を正しました。
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