(三)
文字数 2,092文字
「どうなっているんだ、あいつらは」
叫んだのは、石 斗莫 と呼ばれた護衛の若者だった。賊の一団は、置き土産の箱など見向きもせず、むしろ怒ったかのように馬の速度を上げて追走してくる。駆け足で駱駝 を引いていたのでは、すぐにも追い付かれるだろう。たまらず、石 傳若 は、手綱を引いていた奴隷たちを自分たちの馬の背に乗せ、駱駝を走らせるよう部下に指示した。しかし、二人乗りになった分、馬は遅くなる。
賊は、もう顔が見えるほどに迫っていた。
「危ない!」
数本の矢が飛んできて、リョウは思わず身を伏せた。だが、騎射が得意な騎馬民族ではなさそうで、着ているものから見て、漢人のはぐれ集団だろうと思った。それでも、追い付かれたら多勢に無勢だ。リョウは、石傳若に馬を寄せて叫んだ。
「かたまっていたら矢の的になる。散開するんだ」
それは突厥 軍が敵に追われたときの逃げ方だった。
「それでは駱駝 の荷を盗られる。それがあいつらの狙いだ」
なるほど、とリョウは思った。命のやり取りをする戦争とは違い、荷物、つまりは財貨を守らなければ意味はないのだ。何度もこんな目にあっているのだろう、石傳若は落ち着いて指示を出した。
「一直線になって、この先の丘に向かえ!」
駱駝を丘の上に追い込み、それを守るように、丘の起伏と大岩を利用して円陣を作ると、素早く、その間に身を隠した。
「武器をくれ!」
リョウがそう言うより早く、石傳若は従者の馬の背に括 り付けていた武器袋を開け、リョウとタンに示した。
リョウは、取り出した剣を鞘 から抜いて地面に突き刺したまま、弓に矢を番 えて馬上の敵に放った。矢は、賊が身に付けていた鉄の鎧 に当たり弾き飛ばされた。死んだ兵士から剥 ぎ取ったものだろう、賊たちは、ある者は兜 を被 り、またある者は鎧の胴だけを着け、てんでに武装していた。
続けざまに矢を放ったが、周囲を走り回る馬上の敵には、さすがのリョウも正確に矢を当てることは難しい。ただ、敵も近づけずにいる。タンを見ると、短槍 を手にして賊の襲撃を交わしている。タンには二度助けられたが、そのときの剣 捌 きは見事だった。そう言えば、タンが弓を使うのをあまり見たことが無いな、とリョウは思った。
石傳若、石斗莫の二人も、弓矢で敵を押し返していた。すでに何人かの賊は、矢傷を受けて落馬している。馬で周りを走り回るだけでは埒 が明かないと判断したのだろう、賊の首領と思われる男の指示で、他の者も下馬して丘を取り囲み、接近戦に持ち込んできた。
リョウは弓を捨て、地面に突き刺していた剣を引き抜くと、岩の陰から襲って来た二人の敵と斬り結んだ。敵も農民崩れなどではなさそうだ、剣の使い方を知っている。しかも、兵士としての訓練を受けていたのだろう、リョウを挟み二人で交互に素早く打ち込んできたかと思うと、次には二人同時に斬りかかってくる。その切り替えも見事で、リョウ一人では防戦するのがやっとだった。
周りも乱戦になっている。石傳若だけは、賊の三人を引き受けて一歩も引いてなかったが、石斗莫と従者は背を合わせて必死に防戦している。斗莫の腕から血が流れているのが見え、従者は足をやられたのだろう、片膝 をついて槍を振り回している。タンの姿が見えないが、岩の向こうで斬りあっているのがそうだろう。タンならまずは、心配いるまい。
その時リョウは、敵の背後で、駱駝の陰に隠れていた奴隷の一人が立ちあがるのを見た。まだ若く、子供のような顔をしているその男は、開いたままになっていた武器袋から鉄球の付いた棍棒 を取り出すと、リョウに向き合っている賊の一人に、背後から投げつけた。
いきなり後ろから攻撃を受け、棍棒の打撃を肩に受けた賊は後ろを振り向いた。リョウはその隙を見逃さなかった。その足元に転がり込み、剣を横に薙 ぎ払うと、賊はたまらずもんどりうった。そのまま立ち上がったリョウは、休む間もなく残った一人に斬りかかった。
石傳若に向かっていた賊の一人が、怒りの形相でこちらに向かうのが見えた。「まずい」っと思う間もなく、その男はリョウを助けてくれた奴隷を一刀のもとに斬り捨てた。賊はそのまま、近くに蹲 っていたもう一人の奴隷に向かった。若い奴隷の目に恐怖の色が浮かんでいるのが見えたが、リョウにはどうしようもできない。
岩の上から黒い影が踊った。影は、凄 まじい勢いで、若い奴隷に迫っていた賊に襲い掛かった。それがタンであることを見て安堵したリョウは、眼前の敵に落ち着いて正対した。一対一なら、リョウは、めったなことで負ける気がしなかった。
横目で、丘に転がったタンと賊が取っ組み合ってるのが見えた。タンは賊の上に馬乗りになり、手にした短剣を頭上に大きく振りかざした。しかし、タンはその短剣を振り下ろせないでいる。左手で敵が剣を持つ手を押さえつけ、右手は上に振りかざしている。エイっと、振り下ろせば敵は逃れるすべがないだろう。しかし、タンは振り下ろさない。短剣を握った右手が、ブルブルと震えるのが、リョウにも見えるほどだった。その背後の低い岩の上から、もう一人の賊がタンに飛びかかろうとしていた。
叫んだのは、
賊は、もう顔が見えるほどに迫っていた。
「危ない!」
数本の矢が飛んできて、リョウは思わず身を伏せた。だが、騎射が得意な騎馬民族ではなさそうで、着ているものから見て、漢人のはぐれ集団だろうと思った。それでも、追い付かれたら多勢に無勢だ。リョウは、石傳若に馬を寄せて叫んだ。
「かたまっていたら矢の的になる。散開するんだ」
それは
「それでは
なるほど、とリョウは思った。命のやり取りをする戦争とは違い、荷物、つまりは財貨を守らなければ意味はないのだ。何度もこんな目にあっているのだろう、石傳若は落ち着いて指示を出した。
「一直線になって、この先の丘に向かえ!」
駱駝を丘の上に追い込み、それを守るように、丘の起伏と大岩を利用して円陣を作ると、素早く、その間に身を隠した。
「武器をくれ!」
リョウがそう言うより早く、石傳若は従者の馬の背に
リョウは、取り出した剣を
続けざまに矢を放ったが、周囲を走り回る馬上の敵には、さすがのリョウも正確に矢を当てることは難しい。ただ、敵も近づけずにいる。タンを見ると、
石傳若、石斗莫の二人も、弓矢で敵を押し返していた。すでに何人かの賊は、矢傷を受けて落馬している。馬で周りを走り回るだけでは
リョウは弓を捨て、地面に突き刺していた剣を引き抜くと、岩の陰から襲って来た二人の敵と斬り結んだ。敵も農民崩れなどではなさそうだ、剣の使い方を知っている。しかも、兵士としての訓練を受けていたのだろう、リョウを挟み二人で交互に素早く打ち込んできたかと思うと、次には二人同時に斬りかかってくる。その切り替えも見事で、リョウ一人では防戦するのがやっとだった。
周りも乱戦になっている。石傳若だけは、賊の三人を引き受けて一歩も引いてなかったが、石斗莫と従者は背を合わせて必死に防戦している。斗莫の腕から血が流れているのが見え、従者は足をやられたのだろう、
その時リョウは、敵の背後で、駱駝の陰に隠れていた奴隷の一人が立ちあがるのを見た。まだ若く、子供のような顔をしているその男は、開いたままになっていた武器袋から鉄球の付いた
いきなり後ろから攻撃を受け、棍棒の打撃を肩に受けた賊は後ろを振り向いた。リョウはその隙を見逃さなかった。その足元に転がり込み、剣を横に
石傳若に向かっていた賊の一人が、怒りの形相でこちらに向かうのが見えた。「まずい」っと思う間もなく、その男はリョウを助けてくれた奴隷を一刀のもとに斬り捨てた。賊はそのまま、近くに
岩の上から黒い影が踊った。影は、
横目で、丘に転がったタンと賊が取っ組み合ってるのが見えた。タンは賊の上に馬乗りになり、手にした短剣を頭上に大きく振りかざした。しかし、タンはその短剣を振り下ろせないでいる。左手で敵が剣を持つ手を押さえつけ、右手は上に振りかざしている。エイっと、振り下ろせば敵は逃れるすべがないだろう。しかし、タンは振り下ろさない。短剣を握った右手が、ブルブルと震えるのが、リョウにも見えるほどだった。その背後の低い岩の上から、もう一人の賊がタンに飛びかかろうとしていた。