神のさばきは突然にくる

文字数 1,060文字

 思ったのと違う。

 相葉菊花は、飼い猫の虎猫を見ながら呟く。去年から飼いはじめた猫だったが、トイレや餌の世話も大変だし、正直疲れていた。

 最初はSNSで猫でも飼ったらバズると思い飼った。動画サイトで一儲けできるかもしれない。菊花はキャバ嬢だったが、年々若い子に人気を奪われていたし、焦りもあった。ネットと猫で稼ぐ事を思いついたのだった。これで良い副業が出来るかもしれない。

 しかし、思ったよりネットは厳しい世界だった。こんな虎猫ごまんといる。全く人気も出ず、注目もされず、飼うのだけが面倒という状況だった。

「もう、いいや」

 菊花は、投げやりになっていた。虎猫を車にのせ、捨てに行く事にした。

 田舎の畦道のような土地に車を停め、さっそく虎猫を放置しようかと思ったが、近くの空き家の塀に目が止まる。

「神のさばきは突然にくる」という看板が貼ってあった。バックは黒く、文字は白抜きしてある看板で、見ているとなぜかとても怖くなってきた。夕陽に照らされ、影もできている。余計に怖い。

 この看板がホラー風というのもあるが、見ていると、神様的な何かに見られている気がした。腕の中には、一匹の虎猫。確かにネットで上手くバズらないし、飼うのは面倒だったが、ここで捨ててしまうのは、あまりにも可哀想だった。

 自分の中にも、こんな良心が残っている事に驚いてしまった。

「にゃ」

 虎猫の鳴き声も可愛らしく、思わず謝ってしまった。菊花の頬は涙でベトベトになり、化粧も剥げてしまっていた。

「おや、あんた、なんで泣いてるんだ?」

 そこに一人の老婆が現れた。作業着姿で、明らかに農民のようだった。

 思わず事情を話すと、この虎猫を代わりに飼ってくれるという。

「やっぱり無責任に命を扱ったらダメ。その覚悟があるまで、あんたは生き物を飼ったらダメだよ!」

 長々と説教されたが、一つも反論できなかった。これは神のさばき? 

 でも、こんな風にちゃんと叱ってくれる人も今まで居なかった。この老婆は自分の事を心配しているのが伝わってきて、さらに涙が出てきた。

「ごめんなさい」

 虎猫と別れて、さらに涙が出て来た。離れて寂しいなんて思うのは、自分勝手すぎた。それでも素直に虎猫に謝る事は出来た。

 これからは、自分以外の動物も他人も愛せるようになりたかった。たぶん、これが生き物を飼う人間の最低限の資格なのだろう。

 どうしても寂しいと思ってしまうが、あの老婆の所に虎猫がいるのは、きっと一番幸せなのだろう。少なくとも自分の所にいるよりは絶対幸せだろう。これで一番良かったのだ。
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