命の水

文字数 1,283文字

「イエス・キリストは永遠の望みを与える? はあ? だったらお金ちょうだいよ」

 朝乃は、キリスト看板に文句を言う。言うというよりは、吐き捨てる感じだが。看板には「イエス・キリストは永遠の望みを与える」と書いてあったが、意味がわからない。

 家の近所にある、薄気味悪いメッセージの看板。クリスチャンが布教目的でやってるらしいが、宗教勧誘やカルトはお断りだ。空き家の塀はいえ、白黒のデザインも気持ち悪いし、なんだか怖い。

 そんな朝乃は、夜は繁華街に行き、「立ちんぼ」をやっていた。パパ活と言えばライトだが、平成の言葉でいえば援助交際、昭和の言葉でいえば、売春の事を示す。性を引き換えに小銭を稼いでいた。

 どうせ今の日本は不況でろくな仕事はない。学歴、経験重視で、低賃金で搾取される。それに若さは「資産」だ。今のうちに稼ぎたい。

 そう言えばキリスト教は性に否定的なイメージだ。余計にキリスト看板にイライラする。目に入って欲しくないが、家の近所にあって本当に腹が立つ。

「イエス・キリストは永遠の望みを与えるってなによ? ATMでもくれるの?」

 愛もくれるの?

 なぜかそんな言葉が出そうになり、下唇をかむ。

 愛だって「資産」と引き換えに手に入るはずだ。実際男達から「愛してる」と言われてる。

 でも、でも……。

 なぜか心が乾く。自分の「資産」も年々価値が消えていく事も知っている。

 歳とった自分の価値はどうなるのだろう。

「立ちんぼ」をしてから、老いへの恐怖で毎日悪夢も見ていた。いつか男達からの「愛してる」という言葉も消えるだろうと思う。

「イエス・キリストは永遠の望みを与えるとか何なのよ? 永遠なんて……」

 ある?

 信じられない。「資産」も何もかも消えるのに。それよりも、この心の渇きをどうにかして……!

 そう思った瞬間だった。夢なのか、幻覚なのかわからないが、周りが光に包まれた。

 朝乃の目の前に、一人の男。しかし、光が強く、顔もよくわからない

「何?」

 眩しさの中、その人からペットボトルを受け取った。中身は水だった。

「え、何?」

 しかし、光も何もかも消えた。夢だと思っていたが、ペットボトルに入った水を渡された。あの人の手は傷だらけで、思わず目を逸らしていたが。

 少々怪しいと思いながらも、水を飲む。水は味などないはずなのに、異様に美味しく感じ、半分全て飲み干してしまう。

 自分の欲しいものは、変わらない永遠の愛だったのかもしれない。ふと、そんな事を思う。男達には、埋めてくれないものだったから、余計に欲しかった。

 強いていえば、両親がくれたような愛か? それとも少し違う気がしたが、あの水が美味しい。心の渇きにも染み込むようだった。

「永遠の望みって何?」

 キリスト看板は、相変わらず何も答えない。その答えは自分で見つけろという事だろうか。

 水を全部飲み干すと、何だかもう「立ちんぼ」をする気も失せてきた。全く意味がわからないが、あの人の手の傷は、自分がつけたもののような気もして、目元が少し熱くなってきた。

 まだ答えは分からない。

 でも、何かが見つかりそうな予感もしていた。
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