ある牧師の副業

文字数 1,328文字

 今日は10月31日。クリスチャン的にはルターの宗教改革の日だが、一般的にはハロウィンの日だ。教会の外では、子供や若いママ達がコスプレをして楽しんでいるが、典子はため息をつく。

 典子はこの教会で、長年牧師として仕えてきた。もうアラフィフィだが、子供の頃に洗礼を受けた後、悪霊が見える性質になってしまった。

 幽霊などではなく、聖書でいう悪霊だ。幽霊と言われているものの正体も悪霊。死んだ人間の記憶をコピーし、その人のフリをしてる。聖書では死んだ人間は、一人としてこの世にいない。

 こうして霊的に目覚めてしまった典子は、牧師になってからも、こっそりと信徒の悪霊祓いなどもしていた。地域を支配する悪霊もいて、近所を回りながら、祈りと神の御名で祓う。聖水、ロザリオや十字架のオブジェはいらない。地域を支配する悪霊には、貧困、殺人、不倫、窃盗などを引き起こすものもいて、全く油断ならないものだ。

 典子は見た目はアラフィフィのおばさんが、街の平和のために悪霊祓いしているなんて、外見ではわからないだろう。かえって都合が良い。

 今日、10月31日の夜も、より丁寧に近所を見回る。

「しかし、毎年ハロウィンは面倒ね。悪霊がいる世界とこっちとの境界が、あやふやになってるっぽいな……」

 典子は、いつもより量の多い悪霊を始末しながら呟く。実際、ハロウィンはオカルトな人達は、そういう日らしい。古代のハロウィンも悪魔的なもので、生贄を捧げて悪霊を呼ぶ意味もあったとか。

 現代のハロウィンコスプレも、悪霊ホイホイ。特に片目を隠したり、手で悪魔のツノのサインを作ったり、魔女やゾンビのコスプレは、「仲間じゃん!」と思って悪霊が寄ってきやすい。実際、この日は世界的に犯罪や事故がなぜか多い。

 これって陰謀論でしょ。

 なんて思うかも知れないが、霊的には、こういったものは悪霊ホイホイなんで仕方ない。芸能人や著名人が、わざわざこういったサインをしている理由も、それなりにリターンがあるからだろう。もっとも後で代償は回収されるが。

 典子の同業者は、意外と霊的なものはスルーしされてるのでこっそりと悪霊祓いをやっていたのだった。悪霊を呼ぶためにわざと眼帯を巻き、悪霊祓いをした事もあるが、その道に詳しい神父からは「危険だからこれは辞めた方がいい」と言われた。確かにその時は、面倒くさいのにも襲われ、一カ月ぐらい寝込んだ事もある。悪霊祓いは命懸けだった。

 そんな事を思い出しつつ、コスプレの人間が呼びよせた悪霊も、バッサリと祓っていく。たぶん、これが最後。

「はあ、疲れた……。けど終わった……。イエス様、力を貸してくださり、感謝します」

 こうして深夜前に地域にいる悪霊を全て始末した。

 翌日、地域で問題になっていた下着泥棒が自供し、逮捕されたというニュースを聞いた。やはり、この下着泥棒も地域にいる悪霊が悪さした結果のようだ。憑き物が取れたように自供しているというが、典子は納得していた。

「され、今日は祈祷会よ。普通の牧師のフリして頑張りましょう」

 悪霊祓いはあくまでも副業だ。次の日も教会での仕事はバタバタと忙しく、時間はあっという間過ぎていく。何より平和な一日に、典子は幸せを噛み締めていた。
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