キリストの血は罪を清める

文字数 1,993文字

 中学生の頃の話だ。

 当時私は、重たい片想いを拗らせていた。サッカー部に所属している羽田悠人に一目惚れし、毎日想っていた。

 悠人はサッカー部のエース。爽やかなイケメン。一応同じクラスだったが、優等生の私は接点はない。それだけに悠人を美化し、王子様のように想う事は簡単だった。今思えば、中学生の男子なんて考えている事はろくでも無いと思うのだが、少女漫画やアニメを見過ぎていたのかもしれない。悠人本人というよりは、私の頭の中で作った理想の誰かを好きだったのが正しいのかもしれない。

 告白なんてとても出来ない。悠人は、とってもモテるタイプだし、玉砕する勇気もない。

 そんな折、悠人がよく怪我をするようになり、サッカー部でも活躍できなくなっていた。教室でも頭が痛そうにしている時が多く、心配だった。

 悠人の事はもちろん心配していたが、あまりにも重い気持ちを拗らせていたので、念というか生霊みたいなものを飛ばしているんじゃないかと怖くなってきた。最近は彼と話すギャルや若い女性教師にも嫉妬していたが、彼女達も具合が悪くなっていたのは、私は何かしたのだろうか……。

「委員長、ちょっといい?」

 そんなある日の放課後、同じクラスの野中翔太に話しかけられた。翔太も悠人と同じサッカー部のイケメンだった。彼も人気があるが、ちょっとチャラくて苦手だったが、何の用だろう?

 教室はもう誰もいない。オレンジ色の夕陽が差し込んでいた。私は先生に頼まれたプリントの整理の仕事をしていたのだが、翔太が手伝ってくれるという。チャラい彼が、手伝ってくれるのは意外だったが、何か私と話したい事があるようだった。

「委員長、悠人の事好きだろ?」
「え?」

 誰にも言っていないのに、なんでわかった?

「重たい気持ちが溢れてる。もう辞めた方がいい」
「諦めろっていうの?」

 チャラい翔太だが、意外と勘は良い方だったみたいだった。

「それって罪だから」
「は? 犯罪なんてしてないし」

 なぜかここで翔太はゲラゲラと笑い、自身がクリスチャンである事を告白した。そこでの罪の定義なんかを話していた。

「キリスト教では罪って神様無視してる事で、犯罪ではない」
「ふーん」

 正直、興味はない。

「そうなると、一般的な犯罪や不道徳な事もしちゃうって考えだね。あと、心の中で想うのも罪」
「じゃあ、私が悪いっていうの?」
「そうじゃないけど、聖書では目に見えない霊の話もいっぱい書いてあるし、生霊みたいなの飛ばすのは、ヤバいんだよ」

 翔太の言いたい事は、なんとなくわかってきたが、罪とか言われても。そもそも宗教とか怪しくて嫌いだし。

「とにかく委員長は、重い気持ち持つんじゃなく、相手の祝福祈ってみ? ライバルの女性も」
「そんな、無理」
「本当に好きだったら、相手や相手の周りにいる人を祝福できると思わない?」

 難しい。

 でもアイドルファンの友達は、推しが結婚しても、涙を堪えてこう言ってたっけ。「推しの幸せを祈る。推しが愛してる相手も私も愛するのがファンの役目だ」と言ってた。その気持ちだけは、何となくわかるような……。

 そして翔太は私の代わりに祈ってくれた。戸惑っている私の気持ちを見透かしていたようだ。

「イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」
「アーメンって初めて聞いたよ」
「うん。まあ、こんな風に形式通りに祈らなくても良いけど、なんか嫉妬したくなったら、悠人の幸せを祈ってやれよ」

 こんな事も言われたら、そうするしか無い気がした。相手とかライバルの幸せを願う事はなかなか難しいが、とりあえず、一人部屋にいる時など、翔太のいう通りにしてみた。

 なぜかわからないが、その後、重い気持ちも消えてしまった。当然、片想いは実らなかったが、悠人や周りの女性の健康が回復し、良かったと思う。

 その後は受験があったり、部活も忙しく、悠人の事はすっかり忘れた。何か重い片想いをしそうになった時は、相手の幸せを祈るようにした。翔太の事もキリスト教的な祈り方もすっかり忘れていたが、やっぱり好きになった相手は幸せになって欲しい。

「あ、キリスト看板」

 そうこうしていたら、高校二年の時、彼氏ができた。同じ文芸部の先輩だった。今日も部活が終わった後、放課後、一緒に下校した。

 通学路にある民家の庭に、キリスト看板があるのに気づくと。よく田舎にあるホラー風の聖書の言葉が書かれた看板だが、翔太の事を思い出してしまった。

「キリストの血は罪を清めるか。意味わからないな」
「うん、私もわからない」

 彼氏の言う事に苦笑しつつ、その意味はやっぱりわからない。罪とか、血とか。翔太に罪が何か聞いた記憶があったが、すっかり忘れていた。

 でも、相手のこと、相手の周りにいる人を祝福する事は、善なる事だと思う。きっと素敵な女性はそうしてるはず。

 隣にいる大事な人を見上げながら、私は小さく頷いていた。
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