第10話 新たな発見

文字数 2,527文字

 ニニギが水戸を訪ねて4日目の朝を迎えた。昨晩は、サクヤに寝込みを襲われ、睡眠不足である。生あくびを繰り返し、とにかく眠かった。今日は、木葉下町(あぼっけちょう)に行く予定だ。
 昨日、サクヤの祖母が、二人の研究が行き詰っているのを心配し、木葉下町の甥のケンタに電話をかけ二人の研究へのアドバイスを頼んでくれていた。ケンタは、農業をしながら木葉下金山などのガイドをしていた。自称、地方史家であるとか?
 金谷から坂道を越えて、自転車で30分程かけケンタの家にたどり着いた。すると、庭のビニールハウスからケンタが顔を出した。
「サクヤしばらくだね。大きくなって。五年ぶりかな。ところで、お父さんは元気か?」
 サクヤは、答えた。
「御無沙汰してます。父は元気にやってます。今日はよろしくお願いします」
「ところで、叔母さんは相変わらず神がかったこと言ってない?変わり者だからなぁ」
 サクヤは苦笑いした。ケンタは続けた。
「まあ、知ってることはアドバイスするけど。知らないことは、却って教えてくれよな。
ところで、君が日高君か。よろしくね。サクヤの彼氏だからよろしくって、叔母さん言ってたけど、彼女の親父の実家にまで泊まりに来るなんて度胸があるよな。気に入った」
 サクヤは、顔を赤らめた。
 ニニギは、まさかそういう紹介の仕方をされているとは露知らずビックリした。しかし、気に入ったとまで言われ、今さら彼氏ではないとも言えず、そのまま受け流すことにした。
 まずは、金山を案内するね。ケンタは、頼まれもしないのに懐中電灯など洞窟探検グッズを持ち出し、出掛ける準備を始めた。
「おじさん、今日は朝房山のことで聞きたいことがあって来たんです。金山は今日の所はいいです」
「あっ、そう。これは失礼。朝房山の事ね。
いろいろな伝説がある山だよね。調べるの難しいでしょう。金山は、今から約400年ほど前の桃山時代の創業で、わずかだけど記録や遺物も残っているから比較的研究しやすい。しかし、伝説となると歴史学・民俗学・考古学・地学など幅広い知識が必要な上、仮説を立て論拠を示し立証していくという地道な作業が求められるね。自分が立てた仮説が、誰かの新たな発見によって覆されるということは間々あることだから、謙虚に研究に向き合うことが必要だと思うよ。
邪馬台国がどこにあったかについても、多くの優秀な研究者がその謎解きに挑んできたわけだけど、いまだに結論は出ていない。俺は、こう思うのだけれど、皆さんはどう思いますかという謙虚な態度が必要かなと思う。そう、情報を共有しあうということも大事かな」
 二人には、ケンタの熱い語り口が、ヤスロウ先生の話しと、どこかでリンクしているように聞こえた。
 サクヤは、ダイダラボウが山を動かした話について、自分が考えた仮説を話した。
 ケンタは、言った。
「山の移動が、実は人の移動を意味しているってことね?」
 サクヤは、自分の説明が上手く伝わったようで安心した。
 ケンタは続けた。
「その仮説、とてもいいね。視点を変えたわけだ。面白いよ」
 二人は褒められ、嬉しそうな表情を浮かべた。
「でもね、同じ仮説をすでに出している研究者もいること知ってた?」
「いや、知りません」
「その人が言うには、オオ氏が大足方面へ進出してきたのではと言っているんだ」
「私たちも、そう思いました」
 サクヤは、そう言うとがっかりした表情を浮かべた。自分たちより先に、気づいた人がいたのだと。
 ケンタは言った。
「同じ仮説を立てた人がいたとしても、それはがっかりする事では無いんだ。むしろ、同じ見方をする人がいたということは、研究を進める上では安心材料だと思う。そして、その後の研究の方が大事なんだ。つまり、その仮説を論証する事」
 二人は、その言葉に大きくうなずいた。
 ケンタは質問した。
「ダイダラボウは、山をどこからどこへ動かしたの?」
 ニニギは答えた。
「大足の東南から西北へ動かしました」
「そう。それでは、オオ氏の拠点ってどこだと言われている?」
 サクヤは地図を指さしながら答えた。
「北東の飯富から東へ向けた渡里方面と言われています」
「そこは、山陰になり得る?」
「いいえ」
 ケンタは言葉を続けた。
「そうなると山陰になるのはどこ?」
 ニニギは答えた。
「この地図で見ると、笠間市の大橋方面です…。
そうか、この方面がどういう場所で、どのような人たちが住んだか知る必要がありますね」
「そうだね。そこまでの話だと移ってきた人が、例えば出雲氏だっておかしくないよね。
 俺、ビニールハウスで野菜に水やりしている途中だったんだ。すまないけど三十分くらい待っててくれるかな。その間に、気づいたことをまとめておいて」
 ケンタは、そう言うとハウスの中へ戻っていった。
 二人は、目の前の地図帳を眺めた。
 ニニギが声を上げた。
「あれ、大橋の隣の福田・飯田ってどこかで見たな…
そうそう、おととい藤内神社から那珂川を隔てた東側の地名を確認した時、この地名あったな」
 二人は、地図からその地名を見つけ出し印を付けた。
 サクヤが言った。
「見て見て、下市毛とひたちなかの市毛、稲田とひたちなかの稲田」
 二人は、興奮した。
 さらに、大の付く地名が大橋方面に多いことにも気が付いた。大網・大渕、そして、この大渕に何と大井神社まで見つけてしまった。
 二人は、顔を見合わせガッツポーズをした。
 やがて、ケンタが水やりを終え、戻ってきた。
 二人は、夢中でそのことをケンタに伝えた。
「なるほど、良く気付いたね。ここに住んでいると、笠間市と那珂川方面の中間地点だから、どちらにも親戚や知り合い多いのね。同じ地名でどちらなのか混乱することもあったんだ。例えば、飯田でお葬式があるなんて時ね。笠間市の、それとも那珂市のって一々確認しなければならないこともね…。
と、いうことはどういう事?」
 ニニギは答えた。
「つまり、笠間市大橋付近と那珂川河岸の飯富や飯田・福田方面は関係があるって事でしょうか。ただ、移動したとして、どちらからどちらへは分からないですが」
 サクヤが言った。
「キーポイントは、大井神社じゃない?」
そう、タケカシマとコノハナサクヤビメを祀ったあの神社であった。


 





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