第2話 気づき

文字数 3,764文字

 サクヤは家に帰ってニニギとの共同研究のことを父親に話すと、実家の離れにでも泊めてあげればとまで言ってくれた。これは、意外?
 父親は、子供が娘二人なので、どうやら男の子が欲しかったようなのだ。男の子が欲しいと妻にねだったが、×印が出されたらしい。また、ニニギや両親同士が顔見知りであったことが、どうやら幸いしたようだ。双方の家族が電話で了解しあうことで話が付いた。
 サクヤも、研究が自分任せにされてしまうかと心配していたが、分担をしっかりすれば、もしかして上手くいくかもと、ちょっぴり安心した。
 それから一週間後、二人は再び学校のラウンジで自分たちが調べた情報を交換し合った。
 先ずはニニギが、まとめた学習ノートと地図をさし示しながら語り始めた。
「朝房山は、阿武隈山地にある栃木と茨城の県境にもなっている八溝山系(やみぞさんけい)から更に東へ突き出た鶏足山塊(けいそくさんかい)の東端近くに位置する山であり、那珂川(なかがわ)への分水嶺(ぶんすいれい)にも当たるんだ。基盤をなす粘板岩は、約2億年前の中生代ジュラ紀のものでアンモナイトや恐竜・始祖鳥が出現した時代のものだそうだ」
「へーぇ、それじゃあ恐竜の骨が見つかるかもしれないよね?」
「まあね。見つかった話はないけど、その可能性は無いとは言えないね。
この山は、201メートルの山で、中生代の岩盤はそこから徐々に東へ下り水戸の市街地の地下深くに潜り込む。とくに麓の木葉下町(あぼっけちょう)はこの岩盤が地表に露出しているのを目で確認でき直接手に触れることも出来る場所だそうだ。また、朝房山周辺はマグマ付近で生まれた石英や金なども地表近くに露出し、江戸時代の中期頃まで開発がなされた木葉下金山が有名だそうだ」
「その金山の話、お父さんから聞いたことがある。もしかすると、まだ金が出るかもね」
「なんでも、江戸時代の古文書に(おびただ)しい金が出たってあるそうだからその可能性もあるだろうけど、それ以降は掘られていないからほとんど掘りつくしたか、出るにしても採算がとれるほどの量は取れないんじゃないかな」
 サクヤは、「コストパフォーマンスの問題ね」と言ってうなずいてみせた。
「それから、鉄分を多く含む質の悪い赤茶けた花崗岩(かこうがん)が多く露出し、それが風化して粘土の主成分となる長石や砂鉄などに分解され真砂土(まさど)となり、さらに雨水などに押し流され、粘土や砂鉄がそれぞれ帯状の地層を作っているらしい。朝房山は、降った雨水を四方へ広げ麓の土地を潤す分水嶺となっている。それもその水は、北は藤井川、西は涸沼川(ひぬまがわ)、南は桜川、東は前沢川となり、最終的には那珂川へ流れ込む。山の形は、奈良の三輪山のように神が宿るにふさわしい神奈備形(かんなびがた)の山で、この麓の地域では昔から信仰の対象とされてきたそうだ。写真で見たけど、見る場所によっては、それは巨大な前方後円墳のようにも見えなくもない」

〈資料1 ニニギ分〉朝房山周辺の河川および地質等について
       <河 川>           <地質および鉱物等>
 藤井町・・・→藤井川→那珂川     河川による沖積平野 北部・西部 洪積台地
 成沢町・・・→田野川→那珂川     西部 花崗岩・粘板岩 東部 洪積台地
 飯富町・渡里町・・・田野川→那珂川  西部 洪積台地 東部 河川による沖積平野
 全隈町・・・→田野川→那珂川     西部 花崗岩  南部 粘板岩(化石層)
 木葉下町・・→前沢川・藤井川→那珂川  南部 花崗岩(鉄・粘土) 東部 石英(金)
                       北部に砥石山・紫石山あり(粘板岩)
 谷津町・・・→桜川→那珂川      北部 花崗岩  南部 山砂鉄
 有賀町・黒磯町→桜川→那珂川   西北部 山砂鉄・金 東部 川砂鉄
 大足町・金谷町・飯島町・・→桜川→那珂川 川砂鉄
 笠間市大橋・福田・飯田・大渕・・・→涸沼川→涸沼→那珂川  (砂鉄・粘土・金)

「すごいじゃない」
 サクヤは、驚いた。まさか、ニニギがこんなにしっかり下調べして来るとは思わなかった。そして、試しに質問してみた。
「地学で勉強したけど、花崗岩って石英・長石・雲母からできているんじゃなかった?」
 すると、ニニギは自慢げに答えた。
「花崗岩にもいろいろあってね。墓石などによく使われる美しい御影石(みかげいし)とよばれるものは雲母を含むよね。しかし、ここのものは雲母が入っていない。代わりに鉄が入っている。だから、風や雨で酸化して砕けやすい」
「なるほどね。しかし、そこから粘土や砂鉄が生まれるなんてすごいね。質の悪い花崗岩は、ある意味、宝の石だね」
 そう、サクヤは感心した。
「でも、そうした地盤は崩れやすいという弱点もあるよね。最近の大雨で土砂崩れを起こし大きな災害をもたらしている所の多くは、この真砂土による軟弱地盤なんだ」
 サクヤは、サッカーばかりに打ち込んできたニニギしか見てこなかったので、この知識の深さには正直驚いた。こいつ、マジ凄いと思った。
 ニニギは、さらに言葉を続けた。
「それから、地図を追っている内に早速気付いたことがあるんだ。この山の周辺は鉱物が豊富だけあって鉱泉が沢山あるんだ。のんびりとお湯に入るのもいいよね」
「それって、遊ぶことに頭いってない?」
「いやいや、湯治で怪我が治る話よく聞くよね。俺の場合、そちらも気になるんだ。サクヤも美肌効果もあるかもよ」
「大きなお世話」
「俺なりにポイントを整理すると、朝房山からの豊かな水と山麓周辺に産する鉱物、中でも砂鉄・粘土、そして豊富な森林に恵まれていることが、この地域の特長だと思うよ。それから鉱泉もね」
 今度は、サクヤが調べたことを、学習ノートを開いて説明をはじめた。
「朝房山の東南にあたる水戸市側に暮らしていた人々についてしかまだ調べられてないのだけれど、旧石器時代や縄文・弥生・古墳時代の遺跡の発見もあって、かなり古い時代から多くの人々がこの辺りに暮らしていたことが分かってきているの。そうした先住民の住むところに弥生時代の頃に、栃木県の那須方面から那珂川を下って出雲系の人たちが入ってきたらしいということ。その後に、大和朝廷に命じられ遠征してきた物部氏やオオ氏といった人たちが入ってきたということを語る研究者が多いことも分かってきたわ」

〈資料2 サクヤ分〉朝房山の東に住んだ人々
①先史時代から定住していた人々の痕跡。
  金洗沢(かねあらいざわ)遺跡(全隈町(またぐまちょう)木葉下町(あぼっけちょう)との境界付近)…縄文時代中期以降
  赤塚遺跡(市営河和田(しえいかわわだ)住宅内)…旧石器・縄文・弥生・古墳時代
  向井原遺跡(開江町)・大塚新地遺跡(大塚町)…弥生時代
  八幡神社周辺集落跡(中原町(なかはらちょう))…弥生時代・古墳時代   
②いち早くこの地方へ進出した有力氏族(出雲氏)
  大陸や朝鮮半島から伝わった高度な稲作技術やタタラ製鉄をこの地に伝えた可能性
③一足遅れて大和朝廷の命を受け遠征してきたオオ氏が物部氏などの協力を得て、この地に進出か。オオ氏のオオは、大・大生・多・太・意富・飫富・於保などと記され、崇神天皇の時代に九州北部から大和へ進出し、朝廷から東国開発(遠征)を命じられた一隊であった。

「情報、少なすぎ」
 不満げな物言いのニニギに、サクヤは言葉を返した。
「これでも、精一杯調べたんだからね…。まあ、続きを聞いて。
金洗沢遺跡は、この辺では珍しい山岳の縄文遺跡で土偶が約80個も出土したことで知られているの。普通、一つの集落跡から出土するのはせいぜい1つか2つだそうよ。そこで、ここはシャーマンたちが住んだ遺跡じゃないかと言う研究者もいるよ」
「へーぇ。シャーマンたちの遺跡とは、神秘的でロマンがあるね」
「でも、ニニギ君の話で、この辺は粘土が沢山採れた所でもあったようだから、もしかして土偶や土器づくりを得意とした集落であった可能性もあるよね。また、加工しやすい粘板岩で作られた石器類が多く出土したり、周辺の山林に砕かれた石が集積した小山が幾つか見つかっていることから石器の製作跡とも考えられているそうよ。
粘土や粘板岩で、お互いの調べたことが何かつながった感じ」
 ニニギは言った。
「なるほどね。この遺跡に住んでいた縄文人たちは、山の産物や土器・土偶・石器などを山を下り那珂川べりや海辺の集落に持ち込んで魚や貝、海藻などと交換して持ち帰っていた可能性も見えてくるね」
 サクヤは話を続けた。
「中原町の八幡神社周辺集落跡は、内原町の大型ショッピングモールを南に見下ろす小高い丘の上にある一世紀頃の弥生時代の集落跡なのだけれど、付近の古墳からは武具や鉄製品の材料らしい鉄棒も出土したそうよ」
「これも、砂鉄と関係してくるね」
 お互い顔を見合わせガッツポーズしながら、にんまりとほほ笑んだ。
 校舎の二階にあるラウンジからは、グラウンドが一望できる。赤と白のストライブのユニホームのサッカー部の選手たちが、順番に号令を掛け合いながら周回しているのが見えた。
 ニニギは、すっと立ち上がり窓辺に向かった。サクヤは、立ちすくむニニギの後ろ姿に言い知れぬもの悲しさを感じていた。サクヤもニニギの横に立って、外の光景を一緒に眺め言葉を発した。
「本当にいいの。サッカー続けなくて?」
 ニニギは我に返って「うん、大丈夫。俺、水戸に行くよ」とはっきり答えた。
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