第4話 削られた古墳

文字数 2,923文字

 ニニギは一人、原っぱの中にたたずむ小さな駅にたどり着いた。その名も常磐線内原駅(じょうばんせんうちはらえき)という。
 確か、サクヤの父親の実家は水戸のはずだが、ここが水戸なのと思うほど、のどかな風景が広がっている。駅の改札を抜けるとサクヤと父親が目の前に現れた。
 サクヤは言った。
「疲れたでしょう。東京からは意外と遠いよね?」
「大丈夫。それよりお父さん、このたびは大変お世話になります」
 父親は、そう丁寧に挨拶され照れくさそうにはにかんだ。
「お昼まだだろうから、近くのショッピングモールで食事をとろうか」
 そう言って、駅前の駐車場に止めた乗用車でモールへと向かった。緑色の稲穂が風に波立つ田んぼの中に、そのモールはあった。まるで、白亜の豪華客船が停泊しているようだ。その立派な店内へ入った。
 そこのフードコートで食事をとり終えると、ニニギは、さっそく学習ノートを取出し、自分が調べ上げた「大足(おおだら)のダイダラボウの伝説」とサクヤの父親が知っている話とが同じかを確かめておきたいと言い、その場でそれを読み上げ始めた。
「昔、大足にダイダラボウという大男が住んでいた。村の東南に高い山がそびえ、日がなかなか差さず、村人たちはいつまでも寝ているし作物も上手く育たず困っていた。村人の嘆きを聞いたダイダラボウは、村人たちのためにと山を西北側に動かした。すると日は当たり、村人たちも早起きするようになり作物もよく育つようになった。
これで、間違いはないですか?」
「俺たちが子供の頃に年寄りから聞かされた話には、もっと続きがあったなぁー。
それはこうだ。
山を移動させた時に手をついてできた穴や足跡に水がたまり、雨が降るたび村が水浸しになるようになってしまった。そこで、ダイダラボウは水が流れるように指で小さな川を作り、下流に沼をつくった。それが桜川や千波湖で、手を着いてできた穴は大塚池になったと聞いている」
「そうですか。初めから目出たし目出たしの話では無かったんですね?」
「そう言われれば、そうだね。語られる内容には多少違いはあるようだが、まあこんなところかな。この話がいつの頃の話なのかは全く分かっていない。むかし、むかしの話ってことだけだ。だけど、ダイダラボウの故郷は、ここの北口駐車場からすぐ目の前の大足町だということは分かっている」
 ニニギは、夢中でメモを取った。
「今どきの高校生は、こういう研究までするんだ。大変だね」
「うちの高校では、夏休みに研究した結果を、11月までにプレゼン資料としてまとめて皆の前で発表しなければならないのです。
なんでも、先生が言うには、こうした情報を整理し、自分たちなりにたどり着いた結論を、他人へ分かりやすく説明するプレゼン能力が、これからの社会には欠かせないということで、うちの高校では特に力を入れているそうなんです」
「そうか。確かに自分も自社で扱っている商品を顧客(こきゃく)に対し説明する時、いかに分かりやすく特長をアピールし、その良さを理解してもらうか。そして、どうしたら販売につなげられるか日々試行錯誤しているわけだけど、そういう学習が高校生の時からできていたら確かに良かったと思うよね」
 サクヤもニニギも、父親の話は研究テーマとはズレているが、いずれはこうした経験が将来の自分たちに役立つことになるだろうことを、漠然とではあるが感じながら話の続きを聞いていた。
 ニニギはサクヤに言った。
「ダイダラボウの話は、山を動かし、川や湖まで作ったのだから国造りの話の可能性があるよね?」
 サクヤは、何とも返答できなかった。あの恐ろしい夢のことが気になっていた。
 フードコートを後にすると、屋上の駐車場に戻り、そこから一帯の景色を見渡した。
 サクヤの父は語った。
「あそこが、大足。そして、もともと朝房山があったとされる東南側はこちら。田んぼの中に小島のように浮かんで見える集落が俺の実家がある金谷で、その先にここからは見えないけどダイダラボウが山をすくい上げた所に出来たという大塚池がある。
西北の方に、今の朝房山があるはずなのだが、残念ながら林が邪魔して見えないね」
 今度は、サクヤが指さしながら口を挟んだ。
「そして、この北の丘にある森が、中原の八幡神社(はちまんじんじゃ)。つまり、八幡神社周辺集落跡があった所ね。その周辺の古墳で鉄の棒が見つかったそうだけど、今いるこの内原では鉄滓(てつさい)が見付かったって、地域の遺跡について書かれた本にあったわ」
 父親は「鉄滓って何のことだ?」そう、聞いてきた。
「鉄クソの事よ」
 すると、父親が小声で反応した。
「クソとはなんだ。下品だなー」
「しょうがないでしょう。鉄を作る時に出た不純物のことをそう呼ぶの」
 ニニギは、いちいち頷きながらサクヤと父親の会話に真面目に耳を傾けていた。この辺の地理については、事前に地図で確認していたが、そこに実際の肉眼で得た映像を被せていった。サッカーでも、相手チームの過去の試合の得点パターンなどのデータをマネージャーが記録していた導線を示した図などで確認する。そして、実際にピッチに立ってからは、相手の守備位置の変化や、各選手の動き出しをそのデータに被せ状況を判断し、ディフェンスなどに遅れをとらないよう常に気を付けていたのである。更には、シュートチャンスを狙った。
 その駐車場から車が道路へと降りるとニニギは、見たい神社があるので、ちょっと寄ってほしいとサクヤの父に頼んだ。神社に行くのに、なんとニニギが方向や場所を父親に細かく指示していたのであった。その案内で、迷うことなく大足の集落の南端にある神社の前にたどり着いた。
 森の間に鳥居が見えた。近くの空き地に車を止め、三人は鳥居の前に立った。
 ニニギは言った。
「この神社、気になっていたんです。二所神社(にしょじんじゃ)と言うのですが、どうやら古墳に社殿を建てた様なんです」
 サクヤと父親は、その場所に立っても、その言っている意味がよく分からないでいた。
 すると、地面に木の枝で図を書き始めた。前方後円墳の平面図を描き、後円部の側面に社殿の平面図を重ねて見せたのである。
 それを見ていた二人は、ハッと気づいた。なんと、図上で自分たちが今いる場所が瞬時に把握できたのである。つまり後円部の側面を大胆にも切り落とし神社は立っているのである。何も知らずここに来て、古墳に気づく人がどれ程いるだろうか。それ程、元の姿を失っている。
「この古墳は、神社が建てられる前の全体像をイメージすると、相当大きなものになるはずです。これって首長墓級のものですよね」
 二人は、ニニギのこの空間把握能力には驚かされた。
「ネットで、この辺の神社の写真を検索していたら、おや、この地形は何だろうと思ったんです。ああ、はっきりしてスッキリした」
 そう言うと、先頭に立って前方部に上り、そこを今度は下って後円部の削り残された天辺へと足を進めた。確かに巨大なだけあって古墳を取り囲んでいた周濠らしき痕跡も確認できた。後で調べたら、二所神社古墳と言い全長七十七メートルの六世紀頃の後期古墳であり、この地域(内原地区)では最大規模を誇っていた。
 そのあと、車に乗るやニニギは安心しきった表情でスヤスヤと寝息を立て眠りに落ちていた。
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