第12話 須恵器の村あぼっけ

文字数 2,378文字

 朝食をご馳走になった後にサクヤは研究ノートを取出した。
「これまでの調査で登場した天皇や人物などについてまとめてみたの」

<資料5 サクヤが整理>オオ氏が東国へ進出してきた時代の天皇
今回の話は、下記の天皇の時代が中心となる。研究者の多くが実在した可能性を指摘するのが十代、崇神(すじん)天皇で、この時期から東国への進出が活発化している。
十代  崇神天皇…子の豊城入彦(トヨキイリヒコ)やタケカシマを東国へ遠征させる。
十一代 垂仁(すいにん)天皇
十二代 景行(けいこう)天皇…子のヤマトタケルを九州や出雲、そして東国へ遠征させる。
十三代 成務(せいむ)天皇…国造や県主(あがたぬし)の任命。
         タケカシマを那賀国の国造に任じている。
十四代 仲哀(ちゅうあい)天皇…ヤマトタケルの子で、妻は神功(じんぐう)皇后。皇后は神託にて新羅へ遠征。
十五代 応神(おうじん)天皇(倭王讃?)が421年に宋へ遺使。これより、倭の五王時代。

「へぇー凄い。これで随分、分かりやすくなるよね。歴史のナビゲーターとして使えるね。
考えてみると、座標の横線の地理を俺が、縦線の歴史をサクヤが担当しているよね。お互いの得意分野を」
 そう言うとニニギは、歌をうたい出した。
「横の糸は私、縦の糸はあなた、だっけ?」
「なにその下手な歌」
「この交わりがピタッと合った時、これまで何かいい発想が生まれているよね?」
「歌の意味、分かって言ってるの?それも、歌詞が逆じゃない。バーカ」
 ニニギはきょとんとした。
 そこへ、ケンタが現れた。
「午前中、朝房山を案内するつもりだったんだけど、急な用が入ってしまって行けないんだ。近所の山好きの女子が作ってくれたルート図があるので、二人で行ってきて。入り口近くまでは車で乗せて行ってあげるから」
 そう言うと出かける準備を促した。
 ケンタは、車を運転しながら言った。
「そこにある水戸西流通センター、整地中に40もの須恵器の穴窯が出たんだ。器や瓦を焼いて渡里の郡衙や寺に供給していたそうだ」
 ニニギが言った。
「昨日お話に出てきた木葉下窯跡(あぼっけかまあと)ですね。渡里町の寺跡にも3日前に行ってきました。器や布目瓦の欠片(かけら)が落ちていました」
「そう、この木葉下は、あちこちからそうした器や瓦が出土するんだ。また、山奥に行くと金洗沢縄文遺跡があってね。そこでも立派な土器が出土していたね。そうそう、学生の時サクヤのお父さんと一緒にそこで発掘のアルバイトをしていたこともあるんだよ」
 サクヤは反応した。
「えっ?そんな話、お父さんから一つも聞いていない」
 お父さんが、意外と歴史好きなのは、そのせいかと納得した。
「俺はその時から歴史マニアになって、今に至ってるのかなー」
 そうケンタは呟いた。 
 間もなく、木葉下町の鎮守である香取神社の下にある「さわやかふれあいセンター」という看板が掲げられた地域の公民館の駐車場に車は止まった。
 別れる前に一緒に登山の無事をお祈りしようということで神社に向かった。
 鳥居をくぐると歩幅の合わない岩と根っこだけの天然の階段をよじ登った。すると社殿が見えてきた。まるで、山城のような場所だ。
 ケンタは言った。
「ここは、前方後円墳に似た形をしている。古墳であるなら東に向いたこの社殿が円墳部だね。そして、三方に周濠が回っているんだ。それも、朝房山から流れてきた水をそのまま回し川となっている。北だけが切通となっていてね、だから、この神社への侵入は容易ではないんだ。たぶん、外敵の侵入があった時は村人たちがここに集まり抵抗できるようにしていたとも考えられるね。神社は、昔から村人たちにとって心の拠り所でもあったからね。そして、社殿の背の方向に朝房山が鎮座しているんだ。
 また、この神社も伝説があってね。創建時に、榊の葉の裏にフツヌシが宿ったと言われているんだ。それが、ここ木葉下の地名の由来だとする説もあるよ」
 そう、ケンタは説明して、社殿の前で柏手を打った。二人もそれに(なら)った。
「それから、木葉下と言う不思議な地名の由来についても、他にアイヌ語説とか色々あるんだけど、金洗沢や木葉下窯跡の発掘を行った考古学の先生が、朝鮮語の古語字典に、木はアと発音し陶器を意味し、葉はボルと発音し村を意味するということを見つけられて、木葉下が陶器の村の下にある集落であると語ってらした。確かに窯跡より低いところに人家はあるんだ。それから、神社下の田んぼは沼田と言う地名なんだけど、地元では昔から釜田と呼んでいて、とても泥が深く、どうやら粘土を採取した場所だった様だね」
 二人は、その話に夢中で聞き入っていた。そして、さらにケンタは続けた。
「これから君たちが向かう朝房山へのコースの入り口にある坂、鎌倉坂って言うのだけれど、朝房山を研究されていた民俗学の先生が、それは神座(かみくら)坂が転訛(てんか)したものではないかとおっしゃっていたね。それならば、この神社はその坂を下り切った場所にあるから朝房山のフツヌシを遥拝する場所でもあったと思うんだ。そして、この集落で焼かれた須恵器は、御神酒(おみき)などを捧げる神聖な器でもあったわけだ」
 二人は頷きながらその話を聞いていた。
「それじゃあ、気を付けて行ってくるんだよ。帰りには電話かメールを頂戴。下のセンターの駐車場まで迎えに来るから」
 ケンタはそう言うと、妻が作ってくれた二人分の握り飯と茶のペットボトルを入れた袋、そして山へのルート図を手渡し、語るだけ語ったと思ったら参道をサッサと下って行ってしまった。
 二人はケンタに置き去りにされ、ぽかんとしていた。
 肝心のどのルートを行くべきかを聞かなかったのである。出来るだけ、楽に短時間で登れるコースを選択したかったのだが…。
 ニニギは言った。
「最短は、この下を田に沿って頂上方向へと攻めるコースだが、途中難所があるかも知れない。どうする?」
 サクヤは答えた。
「一か八かでしょう。行ってみよう」
 さて、山へ出発である。
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