第3話 不思議な夢

文字数 1,481文字

 サクヤは、父親と一緒に一足先に水戸に着いていた。父の実家は、金谷町(かなやちょう)といって水戸インターを降りた広大な田んぼの広がる所であった。そして、祖父や祖母と会うのは三年ぶりであった。
祖父がサクヤと顔を合わせるなり、満面の笑みを浮かべて言った。
「サクヤ、大きくなったね。それも、こんなにベッピンさんになって。うちのバーさんの若い頃にそっくりだ」
 そう言われて、サクヤは祖母の顔をしげしげと眺めた。そうか、これが五十年後の自分の姿なのかと思うと、いとおしさが込み上げてきた。この祖母の年齢まで、自分は元気に生きられるのだろうか。ふと、そう思った。
 すると、父親が言った。
「あさって、日高君が来るんだろう。離れの掃除手伝うから、これから一緒にはじめようか?」
 サクヤは小さくうなずくと、さっそくワンピースから半袖・短パンに着替え部屋の片づけを始めた。
 しばらくすると父親が客用の布団を運び込んでくれた。そして、北側の窓を開け放った。水田の稲穂の上を渡ってきた爽やかな風が、部屋中に入ってきた。先ほどまでのかび臭く淀んだ空気は、窓の外へと追い払われたかのようだった。
 父親は、北の方角を指さして言った。
「あれが朝房山だよ」
 サクヤも指さす方向を見た。低い山だが、ここから眺める山は際立っていた。夏の日暮れ時の桃色がかった霞んだ風景の中に、山が神々(こうごう)しく浮かんで見えた。
 サクヤは、夕飯を終えるとテーブルの向かいに座る祖父に尋ねた。
「ここは金谷というけど、金でも採れたの?」
「いやいや、金が採れた話はきかないなぁ…。でもね、鉄は採れたよ。この先の桜川には黒い砂鉄が多く見られるからね」
「谷はあるの?」
「いやいや、ご覧のとおりまっ平らな田んぼばかりの場所だからね」
「金谷は、もとは金屋じゃなかったのかなー」
 そう、サクヤは呟いた。金屋は鉄を扱う職人の作業場だと、前に何かの本で読んだのを思い出していた。その中には金屋子神が祀られていたという。
「そういえば、爺様から昔この先に砂鉄を掘って出来た大きな池があったと聞いているよ。今は、埋め立てられて田んぼになっているけどね」
 祖父のその言葉に、サクヤは「やっぱりそうか」とうなずいた。ここで昔、製鉄が行われていてもおかしくないと思ったのだった。スーツケースの中から学習ノートを取出し、そこに挟んでおいたニニギからもらった資料のコピーを開きのぞきこんだ。このそばを流れる桜川は、やはり朝房山の方角から流れてきていたのだ。製鉄の跡地には、鉄滓(てつさい)あるいは鉄クソと呼ばれるものが発見されるというが、それが発見されていれば、私のこの仮説も確証に近付くのだがと思った。
 サクヤは寝床に着いた。今頃、ニニギは何をしているのだろうかと、ふと思った。最初、ニニギが来るのは煩わしいと感じていたサクヤだったが、何故かあさって会うのが楽しみになってきた。
 夢を見た。ガリバーのような大男が目の前の大きな山を抱え込み、無理やりどこかへ持ち去ろうとしている。それを止めようと多くの人々が集まり、それぞれに両手を広げて大男を見上げ睨みつけている。自分も気が付くと両手を広げ、やはり横で手を広げるニニギの手のひらを掴んだ。多くの男女や子供、老人までもが手をつなぎはじめ、ついには大男を取り囲んだ。それでも、みんなの目の前で大きな山が地上から根こそぎ持ち上げられた。その瞬間、大風が吹き荒れ、天上の黒雲が稲妻で大きく裂かれ、大粒の雨が一斉に地面と人々をたたき付けた。
 サクヤは、割れるような音に目を覚ました。窓辺に目を向けると、雨戸の隙間から雷光が白く注いで見えた。
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