第9話 山は動くの

文字数 2,398文字

 さて、昼食を済ませると午後は金谷町から南の方角へと再び自転車を進めた。
 常磐線の踏切を渡り常磐自動車道の高架をくぐると桜川を渡る橋に出た。そこで、一旦降りて二人で川の流れを覗いてみた。朝房山からの豊富な水が下流へと流れていく。この水が、周囲の広大な水田を潤しているのであった。しかし、川底の砂鉄までは見えなかった。
 さらに、自転車を進めると、間もなく筑地町という集落に出た。この筑地には「諏訪原」の地名がある。そしてこの道が西へと続く先の内原町にも「諏訪」の地名があるのである。二人は気になっていた。昨日行った磯浜古墳群のあった「諏訪脇」もそうだった。諏訪のタケミナカタは、タケミカズチに力比べに負け諏訪の地からは出ないと誓約したのに、こうしてあちこちウロウロしていたのであろうか。そう思ったのである。
 筑地とは、湿地を埋立てた場所という説もあるが、本来は御所などを囲む土塀を言う。つまり防御線なのである。ここからの朝房山の眺めは北に広大な田園をはさみ一層美しく見えた。この防御線よりさら南に位置する鯉淵町へ向かった。
 すると、岩間街道という主要道との交差点左に、何とタケミナカタを祀る諏訪神社があった。
さらに、南へ石岡・城里線という県道を石岡市方面へと向かうと、左脇にスサノオを祀る須賀神社(すがじんじゃ)まであった。
 サクヤが、興奮気味に言った。
「なによこれ、筑地から南は諏訪の神様や出雲の祖神スサノオまで控えているじゃない」
 途中には、鹿島神社や息栖(いきす)神社もあったが、天津神と国津神の区別が明確であった。そして、これより南は出雲氏が初代の国造となった茨城国があったのである。
 ニニギが言った。
「何か見えてこない」
「うん、見えてくるよね」
 それは、北に対する硬い守りだ。
 この後、内原町にある図書館へ足を運んだ。そこで、水戸市へ合併される前に編纂された『内原町史』や古墳の発掘資料などを二人で読み漁った。
 その後、ラウンジで、事前の調べ学習とこの二日間の現地踏査で得られた情報や疑問点を互いに出し合い整理をはじめた。

<得られたことのまとめ>
1 この朝房山の東南は、地理的・地学的にどういう場所なのか?
 朝房山からの豊かな水と山麓周辺に産する鉱物、中でも砂鉄・粘土、そして豊富な森林に恵まれた場所である。
2 この山の麓には、どういう人たちが暮らしてきたのか?
 旧石器時代や縄文・弥生・古墳時代からの人々がこの辺りに暮らし、山がもたらす様々な資源の恩恵を受けてきたことが分かってきた。
3 そこへ弥生時代の頃に、栃木県の那須方面から那珂川を下って出雲系の人たちが入り、農業やタタラ製鉄を伝えた。これは、複数の研究者が論じられたことを現地踏査で確認できた。
4 その後に、大和朝廷に命じられ遠征してきたオオ氏が物部氏の協力を得てやってきた。
5 3つの伝説が、それぞれ意味するところは何なのか?
 一つ目のフツヌシの降臨伝説では、共に大和朝廷の命で東国へ進出してきた物部氏とオオ氏との協力関係が何となく見えてきた。
6 疑問点として、有賀・牛伏の神社に大和系と出雲系の神様が一緒に合祀されている。

 ニニギは言った。
「それでは、いよいよ朝房山のダイダラボウの伝説について見て行こうか」

<資料4 ニニギが整理>水戸市大足町のダイダラボウ伝説
 昔、大足にダイダラボウという大男が住んでいた。村の東南に高い山がそびえ、日がなかなか差さず、村人たちはいつまでも寝ているし作物も上手く育たず困っていた。
 村人の嘆きを聞いたダイダラボウは、村人たちのためにと山を西北側に動かした。すると日は当たり、村人たちも早起きするようになり作物もよく育つようになった。
 しかし、山を移動させた時に手をついてできた穴や足跡に水がたまり、雨が降るたび村が水浸しになるようになってしまった。そこで、ダイダラボウは水が流れるように指で小さな川を作り、下流に沼をつくった。それが桜川や千波湖で、手を着いてできた穴は大塚池であるという。

 サクヤは言った。
「ところで、山って動くの?」
 ニニギは答えた。
「地学的には、南半球の大陸の一部が、何千万年という長い年月をかけて、北半球へ移動し、ユーラシア大陸とぶつかりヒマラヤ山脈が生まれた話は知っているよね?」
「そういう話じゃないでしょ。とにかく巨人の仕業だから、そんなに時間をかけていない話よ」
「どこかの国で、鉱山を掘ったことで、そこの土砂が他に動き、山が出来た話は聞いたことがあるけど…。日本にもあるよね。炭鉱だった町のボタ山っていうの」
「そういう話じゃないってば…。もっと、もっと短い時間での話でしょう。一晩の内にとか。数日掛けてとか」
 どうにも、上手く話が進まない。謎を解く糸口をもつかめない、何とももどかしい二人であった。
 サクヤは、湯船に浸って湯気の向こうの自宅から持ってきた黄色いアヒルを眺めていた。今日は疲れたせいか、頭がボーッとしている。
「山って動くのかなー?」
 そう呟いた。
「動かざること山の如しかー」
 などと、誰かの言葉を口ずさんでみた。
「まてよ、山のたとえって他に無かったかな?」
 アヒルを指でつまみ上げ二度鳴かした。
 湯船からいきなり立ち上がると、脱衣場に出て、裸のままでズボンのポケットにあるケイタイに手を伸ばした。そして、「山が動く」を検索してみた。
「出たー…。山が動くとは、なかなか変わらなかったことが、変わる時に使われる言葉。そうか、山は動くんだ!
つまり、山の日陰に住んだ人たちが、日当たりのよい場所へ出て行ったと考えればどうなのよ。その人たちにとって山の方角が変わるよね」
 サクヤは、頭にタオルを巻いたまま上下のパジャマだけ引っかけて夢中で外へ飛び出した。そして、離れにいるニニギの部屋へ駆け込んだ。
「ニニギ君、山は動くんだよ」
 眠りに入っていたニニギは、驚いて布団から飛び起きた。
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