第14話 蛇神伝説

文字数 3,073文字

 二人は、鉱泉宿の老婆にお礼を言い、外に出た。宿の傍らには源泉の湧き出る泉があり、そこに八幡神社が祀られていた。その泉の水が流れる先には、小さな池があり、更に下に大きな池があった。そこは、今ではゴルフ場の敷地になっている。
 二人は、自転車でゴルフ場のクラブハウスの前を抜け、金谷方面へと走らせた。右手を見るとまた大きな池がある。なんと、鉱泉宿から下流に池が三段に連なっていたのだった。
 ニニギが、自転車に乗ったまま後ろを振り返りサクヤに叫んだ。
「ここって、砂鉄を掘った跡じゃない?」
「そうだよね、きっと」
 八幡様から大きな池、そして田んぼへと道は続いた。
 家に着いたのが午後の4時を過ぎていた。すると、庭先にサクヤの祖父母と父が立っているのが見えた。
 父親が言った。
「二人とも雨にあわなかったかい」
 ニニギは答えた。
「大丈夫でした。うまい具合に雨宿りさせてくれた家があって」
「それは、よかった。ところで、先ほど日高君のお父さんから電話があって。何時頃、東京へ帰ってこれそうか連絡して欲しいって」
 ニニギは、うっかりしていた。朝房山の事に夢中になって、浦島太郎のように乙姫様のことが気になり始めて、今日が帰る日であることをすっかり忘れていたのだ。そしてケイタイもチェックしないでいた。
 祖父母の後ろからサクヤの姉、八千代(ヤチヨ)がひょっこり顔を出した。一つ上の大学生である。
「どうしたのお姉ちゃん?」
「おととい来たのよ。サクヤも日高君と来てると聞いて一緒に4人で朝房山にでも登ろうかと思って来たのに、ケンタさんの所へ泊る話でがっかりしたわ。お父さんも一緒に行くはずだったのに置いてきぼりだって、怒っていたんだからね」
「ごめんなさい。色々と事情があって…」
「私、今日はすることないから一日お父さんとショッピングモールで過ごしたわ。どう、このワンピース素敵でしょう」
 父親は「一日、娘の買い物に付き合わされてクタクタだ」と言った。
 ニニギは、ヤチヨと挨拶を交わした。
「ニニギ君、小さい頃、幼稚園の運動会で会ったことあるよね?」
「…すみません、覚えてなくて」
「かわいい子だとは思ったけれど、今は背も高くてイケメンで素敵じゃない。サッカーやってるんですって?」
「はー。まー」
 ニニギは、まつ毛パッチリで金髪のヤチヨにチョット引き気味だった。
「今日帰るんだって。私も明日、渋谷に用事があるの。東京まで一緒に帰ろうか?」
「はー」
 サクヤは、その二人のやり取りを聞いて嫌な胸騒ぎがした。自分は嫉妬しているのだろうかと思うほど不思議な気分だった。
 すると、祖母が口を挟んだ。
「ヤチヨ、何言ってるんだい。明日は、木葉下へ皆でお墓参りに行く予定だったろう」
 ヤチヨは、ペロッと舌を出した。サクヤは、なぜか安心した。
 ニニギは、急いで帰る準備を済ますと父親の車で内原駅まで送ってもらった。サクヤも同乗していた。
 ニニギは、バッグの中から課題研究ノートを取出し、そこから一枚の資料を抜き取りサクヤに渡しながら言った。
「サクヤ、今回はお父さんやケンタさんのお陰であちこち行けて、そこから色んなことが見えてきたよね。これからは、見えてきたことを各自で整理してみて、そのあと互いが気付いたことや疑問点をすり合わせてみようよ。そして二人で仮説を立て、論証できるよう頑張ってみよう」
 サクヤは頷いた。そして、まめにメールを交換して情報共有することを約束した。
 駅の駐車場でニニギの後ろ姿を見送った。

<資料6 ニニギが整理>
 『常陸国風土記』にある晡時臥山(クレフシヤマ)比定(ひてい)されている朝房山の蛇神(へびがみ)伝説
茨城の里、ここより北に高い丘がありクレフシ山という。古老が言うには、そこに努賀毗古(ヌカビコ)努賀毗咩(ヌカビメ)の二人の兄妹が住んでいた。妹のヌカビメの元に誰とも分からない求婚者が夜毎(よごと)に現れ昼には立ち去って行った。
ヌカビメが求婚を受け入れると一夜で身ごもり、産み月に小さな蛇を産んだ。この蛇は、夜が明ければ何も語らないが、日が暮れれば母とだけ会話を交わす。母も叔父も驚き怪しみ神の子ではないかと思い、清めた(つき)に入れ祭壇を設け安置した。すると蛇は一晩の間に既に坏いっぱいにまで成長した。そこで(ひらか)に取り換えると、また瓫の中はいっぱいになった。こうして三度、四度繰り返すうちに器では間に合わなくなってしまった。
母のヌカビメは子に言った。「お前の器量から察するに神の子であろう。私たちでは養いきれないので父の元へ行きなさい。ここには居てはならない」と。すると子は悲しみ、泣いて涙をぬぐい答えた。「分かりました。しかし一人行くのを哀れと思い、せめて一人の童を付けて下さい」そう頼んだ。すると母は、「我が家には私と叔父のみ。これはお前もよく分かっているはず、だから誰も付けることはできない」と告げると、蛇はこれを恨んで物を言わなくなった。
別れの時、子は怒りにまかせて叔父のヌカビコを(ふり)殺して天に上ろうとした。その時、母のヌカビメは驚いて瓫を取り、それを投げ当てれば、子は天に上ることができなくなり、この峰に留まった。蛇を入れていた瓫と(みか)は今も片岡村にある。そして、子孫が社を建て代々御祭している。
  *震殺してとは、雷を当てるイメージか?しかし、それによって死亡に至ったかは不明。

 翌日、サクヤは五人で祖母の実家のお墓参りを済ませ、ケンタの家でも御仏壇に線香を上げさせてもらった。父親は、二人がすっかりお世話になってしまったことへの御礼をケンタと奥さんに述べた。
 ケンタは言った。
「二人は大したもんだよ。事前にいろいろな事を調べておいて、それからの現地調査だったから、俺自身も色々と学ぶことが多かったな。それから、日高君って本当にいい子だね。真面目で研究熱心で、サクヤのイイ彼氏さんだ」
 すると、ヤチヨと父親が反応した。
「えっ、彼氏なの?」そう言うと二人は顔を見合わせた。
 サクヤは、言葉を返した。
「そんなんじゃないよ。ただの研究仲間」
 それを聞いた祖母は、隣りでほほ笑んでいる。
 ケンタは言った。
「ところで、昨日二人に見せて上げられなかった須恵器を持ってくるね」
 そう言うと、奥の部屋からプラスチックケースを持ち出し、そこからビニールパックに収めた一つ一つの器物を丁寧に取出した。この家に代々伝わった物だという。
 そこには、大きな白い布目瓦もあった。
「この瓦は、あの釜田でひい爺さんが農作業中に見つけたそうだ」
 サクヤは、かつて仲寺の屋根を覆っていたであろう純白に輝く(いらか)を思い浮かべた。
そして、目を輝かせ言った。
「触ってもいいですか?」
「もちろん」
 手触りを確かめながら奈良・平安の頃に思いをはせた。
 ケンタは、説明を続けた。
「それから、これが(つき)でサカズキ、これが(ひらか)でサラ、そしてこれが(みか)でカメなんだ」
「もしかして、クレフシ山の伝説に出てくるアレ?」
「そうソレ。勿論そのものではないけど、ヌカビメが産んだ子蛇を養ったといわれる器、そして、最後に蛇神の神力(じんりき)を奪ったのも器だったよね」
 サクヤは、どれも、欠片(かけら)だが順番に手に取り感慨にふけった。物語を彷彿(ほうふつ)とさせる手触りと重量感があった。
 それを隣で見ているヤチヨは、こんな物で喜ぶサクヤの気持ちが少しも理解できなかった。サクヤがケイタイを持ち出し夢中になって写真を撮る姿に、父と祖父母は微笑んだ。それを早速メールに添付してニニギへ送った。
<ニニギからサクヤへの返信メール>
「俺も見たかったよ。触りたかったよ。クヤシイ…」

 サクヤは、こうしたことでもニニギと感動を共有できることが嬉しかった。
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