第11話 山の向こう側

文字数 4,010文字

 サクヤとニニギは、ケンタの運転する軽ワゴン車の後席に乗っていた。急遽、3人でここから朝房山のちょうど西側にあたる笠間市大橋方面へ行ってみようということになった。そちらへ車で回るコースはいくつかあったが、那珂川へ流れ込む藤井川を上流へとたどり、そこから笠間市大橋へと入るコースを選んだ。その理由は、那珂川方面と大橋方面を結ぶコースとしては、古くから使われていたコースであった。
 朝房山がある方角は、高く険しい山並にさえぎられ、その下を藤井川が蛇行して美しい峡谷を作っている。やがて、下古内(しもふるうち)宿(しゅく)という所で橋を渡り、そこから左手にある朝房山の西側を通る中山峠の坂を上った。急な峠を越えると次第に緩やかになり、かなり下る。歩きだと、結構な難所だったろう。
 やがて、麓の集落にある交差点の信号が見えてきた。ここが、目的地の大橋だ。赤信号に止められ右手を見ると立派な鳥居が目に入った。
 サクヤは慌てて声を発した。
「おじさん、空き地があったら止めて下さい。この神社に寄ってみたいです」
「オッケー」
 空き地に車を止め、3人は鳥居の前に立った。
 サクヤは言った。
「吉田神社?」
「ああ、水戸に本社がある神社だ。笠間にもあったなんて知らなかったなー」
 そのケンタの言葉にニニギが反応した。
「そうすると、地元の国津神ですね?」
「いや、ヤマトタケルを祀っているよ。本社は延喜式内社で常陸三ノ宮になっているんだ」
 ニニギは、質問を続けた。
「延喜式内社って何ですか?」
「延喜式内社は、平安時代に編纂された延喜式神名帳に記された神社で、常陸国では、一ノ宮が鹿島神宮、二ノ宮が静神社、三ノ宮が吉田神社という具合にね、神社の格式などを記したもので、常陸国では28社が掲載されているそうだ。その時代より前から確実に存在していたことが分かる神社でもあるね」
 ニニギは言った。
「そういえば、これまで見てきた神社にも延喜式内社って書いてあった所あったよね?」
 サクヤは、答えた。
「そうね。阿波山上神社や大洗磯前神社、酒列磯前神社、それから藤内神社や大井神社もそうだったかな」
 サクヤは、ちゃんとチェックしていたのだった。
 長い階段を上ると神社に出た。立派な社殿が鎮座していた。
 ニニギは言った。
「もしかして真東が朝房山、さらに東が飯富の大井神社じゃありませんか?」
 朝房山は、周りの樹木で見えないが、サクヤは地図を確認して驚いた。
「その通りだよ。ニニギ君すごいよ。一直線に東西につながっている。これって、偶然?」
「このこともインプットしておこう」
 そう、ニニギは平然と言った。
 3人はお参りを済ませ、今度は交差点から左にある集落へ入ってみた。昔、宿場でもあったのだろうか立派な古い家が軒を連ねている。その集落を通り過ぎると、廃校になった校舎の裏手に小さな神社があった。八田八幡神社という。せっかくなのでお参りしてみた。
 ニニギが反応した。
「これって製鉄と関係していない?」
 サクヤは言った。
「何とも確証は無いけど、その可能性はあるかもね」
 ケンタは言った。
「ここは、涸沼川の源流にもなっていてね、下流にある石井遺跡や下市毛の鍛冶倉遺跡では鉄滓が発見され製鉄が行われていたらしいと、以前読んだ笠間市史にあったかな」
 ニニギは言った。
「例の鉄クソね」
 そして、この前のサクヤと父親とのやり取りを思い出し、ついクスと吹き出してしまった。
 ケンタは、続けた。
「以前、この下流の大渕で、須恵器を焼いた複数の穴窯跡(あながまあと)が発見され、そこが笠間焼のルーツじゃないかと話題になったんだ。それが、奈良時代8世紀後半から平安時代初頭にかけてのもので、発掘された器のヘラ書きに木葉下で見つかったものと同じ十字マークのものもあったんだ。だから、木葉下窯跡との関連性も指摘されていたね。
それから、発掘調査報告書には、窯跡について、近場にたたら跡などの生産関係遺跡が多いことも書いていたかな。タタラ製鉄では、粘土で溶鉱炉を築いていたからね。
そういうこともあって、自分もこの辺りの事を調べてみたら、この隣の福田では、江戸時代頃に金が掘られたりと、これも木葉下と同じなんだ。朝房山の山麓だから地質も同じなのだろうね」
 ニニギは、言った。
「なるほどね。質の悪い花崗岩から粘土と砂鉄が分解されていく…あれだ!」
 サクヤは、言った。
「そうなると、オオ氏が鉄や粘土を求めてこの地に進出してきてもおかしくはないね」
 二人は、顔を見合わせニンマリとした。
 そのあと、桜川に沿って南下した。田園風景が広がり福田・飯田などの地名がまさにふさわしい。そして間もなく、さっきケンタが言っていた大渕に着いた。田園に浮かぶこんもりした丘の上に、もう一つの大井神社があった。
 ケンタは、この鳥居付近にもあったという穴窯を思い浮かべた。
 3人は鳥居をくぐり、杉の巨木の間にある長く続く参道を歩いた。やがて、厳かな社殿が現れた。柏手を打ってお参りした。賽銭箱のそばに、縁起を書いたプリントが置かれておりそれを頂いた。
 サクヤは、声を上げた。
「えっ、祭神がタケカシマじゃ無い。カムヤイミミだって」
 ニニギは言った。
「カムヤイミミは、タケカシマの祖神だったよね?」
 サクヤは頷いた。その表情に、戸惑いは隠せなかった。
 ケンタは言った。
「この辺りは、古代に新治国そのあと新治郡になったと考えられている。延喜式神名帳には那賀郡の大井神社とあるからね。那賀国から那賀郡となった飯富にあるタケカシマを祀る大井神社の方が古いと自分は考えているのだけれど、どうだろう。こちらに移り住んだオオ氏が、故郷から大井神社を分祀してもらったと考えられはしまいか?」
 サクヤは言った。
「そうだよね。新治国の初代国造に任じられたのは、出雲氏の比奈良珠(ヒナラス)だから、やはり那賀国の初代国造がタケカシマであったことを考えると、それを祀った飯富の大井神社の方が本だった可能性高いかな…。でも、カムヤイミミの方がタケカシマより古い神様だよね?」
 ケンタは答えた。
「確かにね。証拠はないけど飯富の祭神も元々はオオ氏の祖神カムヤイミミであったとは考えられないかな。オオ氏を率いた武人タケカシマが、後に那賀国造となったことで神格化し、タケカシマに改められたとは考えられないかな?」
 ニニギは、なるほどと頷くと言った。
「そうすると、オオ氏は那珂川方面からこの道をたどり大橋へと入り、大渕方面へと勢力を伸ばしたと考えられるね」
 サクヤは言った。
「そうね。ここから西の方角に稲田神社があるの。スサノオが、ヤマタノオロチの生贄(いけにえ)にされそうになっていたクシナダヒメを救い妻にしたのね。その妻を祀っている社なの。つまり出雲系の神社なのね。さらに西の桜川市にはオオクニヌシを祀る大国魂神社もあるのよ。そうなると、この方面にも、やはり出雲氏がいた可能性あるよね。」
 3人は鳥居に立った。正面の笠間の市街地方向を眺めた。ケンタはその山を指さし言った。
「あの山は、佐白山(さしろさん)と言ってね、鎌倉時代から明治の初めまで笠間城があった場所で、頂上の天守閣があった場所は佐志能(さしのう)神社となっている。祭神は、崇神天皇(すじんてんのう)の皇子、豊城入彦(トヨキイリヒコ)で、タケカシマと同様に東国に遠征してきた人物なんだ。それとタケミカズチとオオクニヌシも祀られているよ」
 ニニギは言った。
「それって、内原の十二所神社などと同じで大和の神と出雲の神が一緒じゃん」
 ケンタは続けた。
「そうだね。それから、大橋については前々から気になっていたんだけど、笠間盆地にありながら中世には常陸太田の佐竹氏の支配、その後に水戸の江戸氏や水戸徳川家の支配といったように、もともと近くに笠間の城がありながら、その方面からの支配が及ばなかった場所なんだ。そう考えると古代のオオ氏にとっても当時から意外と進出しやすい場所だったのかなと思う。
いずれにしても、これらのことは、かなり昔のことで確証は無いから慎重に、あくまで仮説として扱うべきだね」
 二人も頷いた。
 ニニギは言った。
「そうなると、仮説としてオオ氏は、水戸市飯富町方面から城里町下古内を抜けて笠間市大橋に入り、福田・飯田・大渕・下市毛方面へと勢力を伸ばしたが、その一部がある日突然、朝房山の南麓を抜け中原・大足方面へと進出したと考えることができるね」
 3人は、神妙に頷いた。こうして、ダイダラボウの伝説とオオ氏の進出がつながった。
<資料>朝房山の周辺地図から「山の動き」を検討する。(スマホは、横向き)
                            〇稲田
                    〇飯田 〇福田    〇市毛                                        
              藤井の藤内⛩   那珂川の流れ→
           下古内 藤井川の流れ→             
 西-   大橋の吉田⛩-朝房⛰-―――飯富(大部)の大井⛩     -東
             八幡⛩  木葉下香取⛩
        ●飯田 ●福田 
   大渕の大井⛩   
 ●稲田               中原八幡⛩ 大足   大塚池⛰?(元の朝房山)
       ●下市毛                  金谷 


 ケンタの家に帰り着いたのは、かなり遅い時間になっていた。
 玄関からケンタの奥さんが顔を出した。
「遅い時間だから夕飯たべていったら」
 ケンタは言った。
「金谷には、俺が電話するから、よかったら今夜は泊っていったら?
暗くなると自転車で帰るのも危ないから」
 サクヤは言った。
「…そうさせてもらっていいんですか?」
「もちろん。従弟の可愛い娘さんと、その大事な彼氏さんだからね」
 その晩は、サクヤは奥さんと、ニニギはケンタと一緒の部屋に寝た。

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