第8話 カオスのような現実

文字数 2,392文字

 二人は、牛伏方面へと戻り、先ほどの古墳公園のあった丘の続きにある黒磯町(くろいそちょう)加茂神社(かもじんじゃ)を訪ねた。祭神は、別雷(ワケイカヅチ)で、その父が須佐之男(スサノオ)の子の大山咋(オオヤマクイ)であることから出雲系の神様であることが分かる。そこをお参りし、去り際に、この社を改築した時に協力した氏子名の入った記念碑があるのに目が留まった。
 ニニギが、それを見て驚きの声を上げた。
「何これ。大図・大圖(おおず)・大津・大石…。ほとんどオオ氏じゃん」
「憶測だけで物言わないで…。たまたま苗字の頭に大が付いているだけじゃない。でも、本当に多いわね…。出雲系の神社をオオ氏が祀るなんてあり得ないでしょう?」
 するとニニギが言葉を返した。
「憶測だけで物言わないで。さっきの十二所神社の祭神についてはどう説明するの」
 サクヤは、同じ言葉を返され、むっとした。しかし、確かに説明が付かない。昨日歩いた那珂川沿いの神社は、大和系か出雲系か、つまり天照(アマテラス)と関係する天津神(あまつかみ)か出雲神のような地上の国津神(くにつかみ)かがはっきり区別できた。この地域では、そうでは無いのだ。
「あー。また謎が増えたね」
 二人して溜息をついた。

<資料3 サクヤ作成> 「朝廷の系譜天津神と出雲神の系譜について」(スマホ横向)
関連が考えられる神や人物の関係についての略系譜<『古事記』などより>
イザナギ・イザナミ→天照→孫にニニギ(高千穂峰へ降臨)→ひ孫に神武→二男にカムヤイミミ                                                
                                  →子孫にタケカシマ
      *天照の弟スサノオは高天原から葦原の中つ国の内の出雲へ追放され国津神になる                       
          スサノオ→六世の孫に大国主(オオクニヌシ)→子に事代主(コトシロヌシ)建御名方(タケミナカタ)                                                                    ◆天照は孫のニニギに命じオオクニヌシに国譲りを持ち掛けるが上手くいかず、最終的には武甕槌(タケミカズチ)(鹿島の神)とフツヌシ(香取の神)に命じ国譲りを迫らせ、タケミカズチがオオクニヌシの子、タケミナカタ(諏訪大社の神)と力比べの末に信濃の諏訪の地に追い詰め勝利し、ついに国譲りを成功させたという。破れたタケミナカタは、この諏訪の地から出ないことを誓約した。ところが、諏訪神社や諏訪の付く地名が各地に存在する。

 続いて、黒磯町から南に田んぼを隔てた有賀町(ありがちょう)の有賀神社を訪ねた。
「ここは虫切りで有名な神社なの。私が幼い頃、おなかの中で(かん)の虫が暴れたとかで、ここでお祓いして頂いたって、おじいちゃんから聞いたことがあるわ」
「疳の虫って、どんな虫?」
「よくわからないけど、かんしゃくを起こす虫だって聞いたことがあるよ」
 ニニギには、その虫が想像できなかった。
 サクヤは、言葉を続けた。
「祭神は、タケミカズチとフツヌシ、それからオオクニヌシもお祀りしているそうよ」
「あー。ここでも大和系と出雲系が一緒か。やっぱり何かあるね」
 そして年中行事を見て、さらに二人は驚いた。
 十一月十一日、大洗磯前神社へ磯下りとある。
「あー。これは何のこっちゃー」と、二人顔を見合わせた。しかし、このカオスのような現実を、今の段階では受け入れざるえないのだった。
 その後、やはり南に田んぼを隔てた中原町の八幡神社へ向かい周囲にある古墳を見て歩いた。
 サクヤが、鳥居の前に立ち眼前にあるショッピングモールを見下ろしながら言った。
「八幡様についても調べたのだけど、その信仰は縄文時代にまでさかのぼるという研究者もいるの。夜の月や火は闇夜に潜むケダモノたちから人を守護してくれると考えられていたのではないか。そうした原初の信仰があり、そこに大陸から南九州地方へ八幡信仰が伝わり、火を使う製鉄・採鉱・収穫の守護神となったというのね。
祭神が、応神天皇とその母、神功皇后(じんぐうこうごう)となっているのは、大陸から八幡信仰を伝えたのは、母と子を乗せた船だったという母子信仰が関係しているのではという研究者もいるわ。
それから、八幡神社の近場に製鉄遺跡が多いことを指摘する研究者もいる」
「難しい話でよく分からないけど、十五夜に供え物をするような日本人の行事とも関係していそうだね。それから、八幡神社と製鉄ね。これも頭のナビに入れておこう」
 ニニギは、鳥居から周囲を一周見渡すと、ぼそっと呟いた。
「牛伏古墳のあった方角って、もしかしてこの神社から北東方向?」
 サクヤは、携帯を取り出し、ウエブサイトの地図情報で確認を始めた。
「すごい、なぜ分かったの」
「俺の頭のマップの中で、コンパスが常に丑寅(うしとら)の方角を指しているんだ」
 サクヤは、すぐに反応した。
「つまり、鬼門ということね」
「そう、鬼門は外部から悪い邪鬼が入ってくる方角。それを防いでいるのがあの牛伏じゃないのかな。一世紀の頃から中原に住んでいた人々にとって、鬼門に眠る祖先が自分たちを守ってくれている。そういった信仰を持っていた可能性はあるよね」
「確かに、ウシの方角に伏すだね」
 ここに至って初めて、二人は笑顔でガッツポーズをして見せた。これで、午後の探検の弾みがつく。そう二人は思った。この後、一旦家に戻って昼食である。何となく自転車のペダルも軽く感じた。当たり前だね。神社や古墳のある丘へ上っては下るを繰り返してきたのだから。帰りは、田んぼ道を涼しい風を受け一直線であった。
 家に着くと、二度寝して起きたばかりの父親がパジャマのままで出迎えてくれた。
「収穫あったかい?」
 ニニギは、答えた。
「まだまだですが、一歩ずつがんばります。ゴールへの突破口は必ずあるはずです」
 それを聞いたサクヤは、ニニギが頼もしく見え一緒で本当に良かったと思うのだった。
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