第15話 神婚説話

文字数 2,417文字

 サクヤは、日鷲神社の後ろの田園の中を風に吹かれながら朝房山を眺め、おとといまで一緒に過ごしたニニギの事を思っていた。
 そして、ニニギにメールした。
「元気ですか?会わないでいるの、たった二日だけど、とても長く会っていないような気がします。何かとても不思議です。
ところで、腕の具合はその後どうですか?ケガしてるのに、自転車を運転させたり山を登らせてしまって、とても心配してます。ごめんなさい。
それから、クレフシ山の蛇神伝説について調べたら、人と蛇神が結婚した伝説は三輪山系神婚説話と一般に言われているそうで、三輪山の大物主(オオモノヌシ)と交わりをもった女性の話がベースにあることが分かりました。だから、ヌカビメの夫も大物主だと考える研究者が多いようです。
調べた結果を、添付ファイルにて送ります。
それから、この伝説について研究者がどう解釈しているのかを調べたところ、タタラと関係しているのではと言っている研究者が複数いることを知りました。そこで、ニニギ君には砂鉄から鉄を作り出すタタラ製鉄について調べてほしいので、よろしくお願いします。
サクヤより」

<添付ファイル:資料7 サクヤが整理し作成>三輪山の神婚説話について
『古事記』から
陶津耳(スエツミミ)の娘、活玉依毘売(イクタマヨリビメ)には夜な夜な通う男があって遂に身ごもる。父母が怪しんで男の正体を突き止めるために,赤土を床に撒き糸巻きに巻いた糸を針に通して男の衣の裾に刺すように娘に教えた。翌朝見ると糸は戸のかぎ穴から抜け出ており,糸巻きには三巻きだけ残っていた。そこで糸をたよりに訪ねて行くと美和山(ミワヤマ)の神の社にたどりついた。
『日本書紀』から
ヤマトトトヒモモソヒメは、夜な夜な通ってくる夫の大物主(オオモノヌシ)の姿を一目見たいと願うと、あとで櫛箱を覗くようにと言われた。箱を開けると一匹の蛇が入っていた。それを見たヒメが驚きの声を上げると夫が通ってこなくなった。ヒメは、これを恥じて自殺する。

<ニニギからの返信メール>
メールありがとう。早々に帰ってしまったので、ゆっくり話が出来なかったのが残念でした。でも、間もなく東京で会えるだろうから…。
それから、ケガを心配してくれてありがとう。鉱泉に入ったおかげで痛みが引いたよ。あのお婆さんが言った通りだね。すごいよ。
添付ファイルもありがとう。その感想を述べます。
同じような話があることが驚きでした。こうした話が、クレフシ山の伝説と関係があるのかどうか、よく検討する必要があると思うよ。三輪山と直接結びつけることは、どうなのかなと思う。そこで、『古事記』『日本書紀』そして、クレフシ山の伝説が載っている『風土記』について調べてみる必要があると思い、それを整理してみました。たたら製鉄については、もう少し待ってください。

<添付ファイル:資料8 ニニギが整理>『古事記』『日本書紀』『風土記』について
・古事記…712年元明天皇の時、太安万侶(おおのやすまろ)が編纂を命じられる。
  稗田阿礼(ひえだのあれ)暗誦(あんしょう)していた口伝えをもとに天皇中心の
    天下統一の由来を記す。
    大和や出雲の神々についての記述が豊富。(仮名で書かれ皇室の帝王書で国内向けか)
     「大物主は、出雲の大国主の国造りに協力した」と記載
        つまり大和三輪山の大物主と日本の国造りを主導した出雲の大国主は別
・日本書紀…720年に舎人親王(とねりしんのう)らが編纂した勅撰(ちょくせん)の正史
   (漢文で書かれた正統な歴史書で外国向けか)
     「大物主は、大国主の別名である」と記載
        つまり大物主と大国主は同じ
・風土記…713年に全国の国司に編纂が命じられる。
      内容は、郡郷の名の由来、地形、産物、伝説など。
      現存するのは、出雲・常陸・播磨・肥前・豊後の五国のみ。
     『常陸国風土記』は、
      藤原不比等の第3子で常陸国司であった宇合(うまかい)が編纂か。
      特に伝説が豊富で、この中の「那賀の郡」にクレフシ山の話がある。
*美和山(三輪山)の神の社は、奈良の大神神社(おおみわじんじゃ)。祭神は、大物主で、『古事記』では出雲の大国主の国造りに協力したとされるが、『日本書紀』では、大国主の別名とされる。この神社は、元々は大物主を信仰する三輪山周辺の小国であった大和の国津神(くにつかみ)(地元の神)であった。しかし、大和の勢力が他を圧倒し大和朝廷として中央集権国家を形成していく過程で、天照を祭神とする伊勢神宮(天津神(あまつかみ))が祭祀の中心となっていった。そのことで大神神社の大物主は、天津神とはなれぬまま大和の勢力が国譲りにより征服したはずの出雲の神、大国主と同一視されるという数奇な運命をたどっている。
天津神とは、高天原(たかまがはら)に住むイザナギ、イザナミが生んだ神の系統であり、その最高神が天照大神(あまてらすおおみかみ)である。国津神とは葦原中国(あしはらのなかつくに)(日本国土)に住む神で、国造りをしたとされる出雲の大国主がその代表と言える。大国主の祖先とされるスサノオは、天照の弟であるから元々は天津神のはずが、イザナギに出雲へ追放されたことで国津神になったとされている。

<追伸メール>
『日本書記』に言うように対外的には、国造りをした偉大な神は一人でよかったんじゃないのかな。つまり、大和朝廷が、かつて信仰した大和の三輪山の大物主を、国譲りさせた出雲の大国主に重ね一つに取り込もうとした現れではないだろうか。
だから厳密には、『古事記』の言うことが真実に近いと思えるのだけれど。サクヤはどう思う?

<サクヤからの返信メール>
なるほどね。『古事記』と『日本書紀』で、こんなに内容が違うのね。その間に『風土記』の編纂が行われているから、ニニギの言っている『古事記』の視点で伝説を見ていくと、また何か見えてくるかもね。
あと一日、水戸にいるので、ニニギ君の資料を参考にもう少し伝説を調べておくね。
祖父母やお父さんからもよろしくって、お土産を渡す暇が無かったので水戸納豆を買って帰ります。それじゃあまたね。

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