第17話 二つの伝説の接点

文字数 2,439文字

 サクヤは東京へ戻った翌日、学校のラウンジでニニギと待ち合わせた。
 サクヤがそわそわしながら待つテーブルの席に向かってニニギは手を振った。
「ゴメン、遅くなって。監督に呼ばれて職員室へ行っていたんだ。ケガの具合を聞かれて、もう大丈夫の様なら練習に復帰しないかってさ」
「引退するんじゃなかった?」
「そのつもりでいたんだけど。勝つためにはお前が必要だなんて言われて…。自分でも、やり残したことがあるような、そんな気持ちもあってね。もう一度チャレンジしようかなと思って」
「そう、私も応援したいわ」
 ニニギはうなずいた。そして言った。
「この前、添付ファイルを送ったけれども、クレフシ山の蛇神伝説は、タタラ製鉄の話と確かに合致しているよね?」
「そうね。実は、ニニギ君からそのファイルが届いた直後に、テレビ番組で古来からのタタラ製鉄を唯一継承してきたという奥出雲の鉄生産の現場を放送していたの。それが、ニニギ君が送ってくれた資料の内容とピッタリ同じで感動したわ。私も蛇神伝説がタタラ製鉄の話で間違いないと思う」
「そうだったんだ。俺もその番組見たかったな」
「大丈夫、ちゃんとビデオに撮ってあるから。後で、一緒に見よう。
それから、この伝説が他の神婚説話とどう違うかを比較したものを作ってみたの」
そう言うと、資料をニニギに手渡した。

<資料12:サクヤが作成>クレフシ山の神話が他の神婚説話と異なる点
①子が人の形をとるのではなく蛇の姿で産まれた。
②子は、日が暮れれば母とだけ会話を交わす。つまり何かコソコソ交渉しているようだ。
③母が子に父の元へいくようにと促せば、一人の童を付けてくれと無理難題をぶつける。 
④終には母とも口をきかなくなり叔父を震り殺し天に上ろうとする。
⑤それを見た母は(ひらか)を取り、投げ当てれば、子は天に上ることができなくなり、この峰に留まったのだから、我が子を殺すことなくそこに留めたのである。

 ニニギは言った。
「確かに、こうしてみると特異点がはっきりするね。
最後には、母の投げた瓫の神力(じんりき)が蛇の神力を封じ、そこに留め置いた。そういう事だね?」
 サクヤは答えた。
「そういうことね。分かりやすく言い換えると、出雲氏の男が、オオ氏の娘に近づき、産まれた子がその叔父を殺した。あるいは殺そうとした。しかし、母は我が子を殺すことはせず神力を奪いそこに留めたとは言えないかな。その神力とは、玉鋼を作る出雲氏のタタラの技術のことで、オオ氏は出雲氏と製鉄を通じて共存をはかろうとしたとは考えられない?」
「なるほどね。オオ氏にとっては出雲氏の持つタタラの技術は、どうしても手に入れたい神業でもあっただろうからね」
 サクヤは言った。
「この根拠として、出雲氏の軍事を担ったタケミナカタと関係する諏訪の付く地名が筑地と内原にあり、更に南の鯉淵にはタケミナカタを祀る諏訪神社とスサノオを祀る須賀神社まで控えているよね」
 ニニギは言った。
「そっか。それ論拠になるかも。ある研究者は、スサノオは大和朝廷と出雲氏を結びつけるために登場させた神で、もしかするとオオクニヌシである可能性もあると指摘していたなぁ。
しかも、結果的にオオ氏は、この地の国造となるのだから、この地の良質で豊富な資源と人材、出雲氏の持つ高度な製鉄や農業技術まで手に入れたことになるよね」
 サクヤは頷いた。
 ニニギは続けた。
「これで、ヌカビメの夫も見えてきたね。せーので声を合わせて名前を言ってみようか。それでは、せーの」
「オオクニヌシ」
「生まれた蛇は、せーの」
「タケミナカタ」
 二人は、顔を見合わせガッツポーズをした。
 サクヤは、言った。
「そう考えると、今まで調べたことが一気につながって来るね」
 ニニギは言った。
「そうだよね。オオ氏が鉄を求めて那珂川沿いの飯富方面から笠間市の大橋方面へ、その後に中原・大足方面へと山を取り囲むように反時計周りで進出してきたのだけれど、そこにはタタラや農業で繁栄する諏訪系の出雲氏たちがいた。この状況は、先住していた人たちにとっては穏やかな話じゃ無かったよね。そのことで、朝房山の竜神は怒り、雨を降らせ洪水を起こし、それをオオ氏のタケカシマらが川や湖を作りながら鎮め治めていった。つまり、大足のダイダラボウの話は、単純な国造りの話では無く、こうした進出によって起きた混乱や抵抗、その後の国造りの話であったとも取れるよね」
 サクヤは言った。
「そうなると、先住していた出雲氏も、ここに住み続けるために蛇神がヌカビメと夜に密談したようにオオ氏と交渉する必要があったわけね。そして、要求が叶わなければ攻撃を加える…」
 ニニギは答えた。
「そう取れるよね。初めから目出度し目出度しの話じゃなかったのだから。
こうして、ダイダラボウの話と蛇神の話は朝房山でクロスすることになるね。そして、力に優ったオオ氏と出雲氏の共存が始まる」
 サクヤは言った。
「そうすると、有賀・牛伏の神社が大和系と出雲系の両方の神を祀っていることも腑に落ちるね。
そして、オオ氏の人たちが黒磯の加茂神社の氏子になったとしても不思議は無いね。
糸魚川のヌナカワヒメがヒスイ玉の祭祀者であったように、ヌカビメはこうして玉鋼の祭祀者になったのかも知れないね」
 ニニギは大きく頷き、そして言った。
「ある研究者は、朝房山の麓の多くの溜池はダイダラボウの足跡だと地元では伝えられているが、元は砂鉄の採掘跡であろうと言っているよ。また、ダイダラボウの名前や大足の地名もタタラと関係していると指摘しているんだ」
 サクヤは言った。
「まだまだ出発点だけど、朝房山周辺がどういう場所なのか、そしてどういう人たちが住んできたのかを調べた上で研究を始めたことは、ここまでは確かに正解だったね。
それじゃあ、ヤスロウ先生の所へ行って、これまでの研究の経緯を報告してこようよ」
「そうだね、研究と発表のタイトルは、『朝房山の謎に迫る』で、どうかな?」
 サクヤは、イイねと力強く頷いた。
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