第8話:“特別”って何ですか?
文字数 4,374文字
理解できないなんて、そんなのおかしいです!
だって、“ハッピー・ボックス”の利用者390万人の中で、
マスターという人はたった一人なんですよ?
だったら、
「特別な人」じゃないですか?!
それだったら、
”奇跡の出会い”そのものではないですかっ?!
そもそもさあ…、"特別な人”ってどういうヒトだよ?
その安っぽい『チートフラグ』、マジでやめてほしいワケよ。
「見ていて安心」な冒険を視聴者に提供していて、
その類いの物語冒頭部分には、
決まって『チートフラグ』が登場するけどさあ……
ラノベの主人公ってさあ…、大抵がさあ…、
最初は負け組を代表するような人物なんだけどさあ…、
その彼に、なにがしかのわざとらしい転機が訪れてさあ…、
『実はあなたは、魔王の息子の7代目の子孫でした』
とか、
『あなたが偶然手に入れたアイテムこそは伝説の武器でした』
とか誰かに言われてさあ…、
いきなり"特別な人”になっちゃうワケだよ?
その後はもう、かなり安直に勝利街道をばく進し始めてさあ…、
最終的に味方の主要キャラが一人も死なずにさあ…、
”異世界統一”とか、しちゃってさあ……
いいんだよ?エンタメ作品としては。
きっとそれが正解なんだと思うよ?
「
だってさあ…、
読者層が密かに抱く「世界中で俺だけは"特別”」っていう
根拠の無い幼稚な自己愛をさあ…、
物語の中で主人公に体現させればさあ…、
安易な満足感を与えられるだろうしさあ・・・。
それなら部数も、そこそこ伸びるだろうしさあ…!
でもさあ、現実世界はさあ…、
そんなご都合主義ではできていないんだよ!
負け組に確定してしまったヤツがさあ、勝ち組に勝てるような社会構造になってないじゃん!
「勝ち組」が努力研鑽を続けているならまだいいよ?
でもさあ、実際にはさあ…、
「勝ち組」の人達って、ポジションにあぐらをかいて贅沢三昧に人生を謳歌してるだけじゃん?
「勝ち組」の人達が全能力を注いでいるのは、仕事っていうより、
「勝ち組」同士のネットワーク作りじゃん?!
それって、世の中を良くすることと全く関係ない、その人達自身の地位を守るための努力だよね?
「負け組」に自分達への挑戦権すら与えないようにするための、単なる防護壁作りだよね?
それって、どう思うよ?
だからさあ……、
一度「負け組」に落ちた人間にはさあ……、
挑戦の機会というものは永遠に得られない社会なんだよ!
「負け組」になった"特別”じゃない人間はさあ…
そこそこの、余り物の、言ってみれば、「特別な勝ち組」の「喰いカス」みたいな幸せを
享受することにしか希望を見いだせないのが現実社会なんだよ!
しかもさあ、ムカつくことにさあ…、
その"特別”じゃない人達の生き様を「慎ましい」と美徳化して褒めはやしているのはさあ、
"特別な”「勝ち組」のヤツらなんだよ!
ヤツらはさあ、
虚偽と欺瞞をこねくり回して、
"特別じゃない”フツーの人達の生活を「美徳」だと偽ったユルい物語を、
ホームドラマを、テレビや映画で流し続けてさあ…、
社会を洗脳してるワケよ!
コレって、どう思うよ?
そしてさあ…、
「資本主義」から「競争」という要素を引き算したさあ…、
訳の分からない社会システムをさあ…、
"特別な”「勝ち組」のヤツらはさあ…、
更に強固なものにしている最中なワケだよ?
そのシステムはさあ、今後ますます巨大化していくんだよ。それこそ"化け物”みたいに。
単なる被害妄想とか、陰謀説とかじゃないぜ?数字が示してるワケよ…。
いいか?
資本主義社会では利潤の分け前は、投資と労働の対価として配分されるんだけどさあ…、
日本では1949年度に69%だった株保有に占める個人比率がさあ…今や10%台なんだよ。
上場株を持ってても全然儲からないからそうなっちゃったんだけどさあ。
じゃあ金持ちは何処で儲けてるかっていうとさあ、
ファンドを通して有望な未上場企業に巨額投資したり、
高度なIT設備で上場株の超高速売買したり、
単なる「株保有」とは全く別の仕組みで金融市場から利益を吸い上げてるんだよ!
じゃあ労働者として利益を得れるかっていうと全然そうじゃなくて、
世界経済が生む付加価値のうちの、労働分配率は、過去60年間で超右肩下がりなんだよ?
どう思うよ?
チッ!だから、そういう気になれない世の中だって、言ってんだよ!!
"特別な”ヤツらが作った社会システムが、全人類が幸せになる可能性を阻害しているならさあ…、っていうことはさあ…、"特別な”ヤツらこそが世の中の敵ってことになるじゃん?!
どう思うよ?
「負け犬の遠吠え」と言われちゃえば、それまでだろうけどさあ…、競争にすら参加していない「負け組」以下の俺に語る資格がないことぐらい百も承知してるけどさあ…、
けどさあ……
これ以上の話し合いは、無意味みたいです……。
と・に・か・く!
私たちにとって、今、イチバン大事なのは、最重要課題は、正式契約です!!
核ミサイルが落ちて来でもしない限り、
マスターは、私との契約のことだけを、
誠心誠意、一生懸命、全力で考えるべきなんですっ!!!
はあ…、ダメだ、コイツ。理屈が通じないAIって、一体どこまでポンコツなんだ……。
まあ仕方ないから、とっとと事務手続きを済ませてやるか…。
具体的には、
①製品・サービスの認知、
②購買意欲の喚起、
③ご購入、
④顧客満足創出、
と続くんですが、
その中で最大の難関が②から③に至る道のりなのです。
では、その難関をどうすれば突破できるのでしょうか?
どう思います? マスター!!
答えは
③の直前、つまり契約前のプレ段階で、ユーザーニーズに顧客にちょっとばかり貢献するんです。
そして、
「このサービス良いなー」、「役に立つなー」、とか、
「このサービス、私を"特別扱い”してくれるんだなー」
とか、思わせてしまえば勝ちなんです。
その瞬間、
お客の熱が冷めないうちに、
と言うかドサクサに紛れて、
正式契約に持ち込んじゃえばいいんですっ!
契約前に客を気持ち良くさせる方便だったってことも、よ~く理解できたぜ………?
あのなあ…、いま俺の熱を冷ましかけているのが誰か、
ちゃんと理解した方がいいぞ?
他ならぬ、お前自身の言動だからな!
"早くして”を、"破約して”と言っているようにしか聞こえないレベルだぞ!!最早…!
はあーー・・・と溜息をついたその時だった。
鍵をかけた部屋のドアの向こうから声が聞えた。
俺の母親の、とても遠慮がちな、はれものを触るような声だった。