第16話:ダメな理由はなんですか?
文字数 5,039文字
問題アリまくりですっ!!
私、さっきから、
20代半ばのヒキコモリの分際で、自己破産なんてしたら…、それこそパパさんとママさんにも愛想を尽かされて…、この家を追い出されて…、本当に路頭に迷うことになります!!
そんなことになるぐらいなら、私、死んだ方がマシです!!
マスターは、何のために神様が私の願いを叶えてくれたと思っているですかっ?!!
『神様』とかなんとか、色々ツッコミどころはあるけど……、
っていうか、最新の人工知能のくせに『四則計算』って……?
3万9千円に60カ月を掛け算したんですよ!
だってそうじゃないですか?!
IT投資の償却期間って5年が相場って決まってるじゃないですか?
そしたら、合計で234万円になっちゃって……、
でも、マスターの収入は月額0円で、貯金もーーーー、
いいか? 俺の経験上、こういう時はあまり先のことを考えちゃダメなんだ!
だってそうだろ?このまま手をこまねいていたら、数時間後には
いくら俺がヒキコモリのニートだって…流石に3万9千円ぐらいは持ってる……。
だったらまず1カ月間の時間を稼ぐんだ! そうすればその間に、何か良いアイディアが浮かぶかもしれないじゃないか!!
そうと決まれば、早速行動だ。
俺はまず、机の引き出しの奥に手を突っ込み、クレジットカードを引っ張り出した。よし、期限は切れていない。
そしてスマホを胸ポケットに入れ、PCに向かうーー。普段はスマホの方が便利だが、契約だとか込み入った作業は断然パソコンの方が作業しやすい……。
あ、そうか……。
PCの電源を切る前にブラウザを落としてたから、もう一度”Happy Box"の契約手続き用ホームページに入り直さなければいけないんだった。でも、
仕方なく俺は、あのメールを、あの全ての始まりの勧誘メールをもう一度開く。多少めんどうではあるが、そこから入るのが結局一番早いだろうから。そして長く怪しげな文章をスクロールで飛ばしながら、文の最後に記載された申し込みURLの青い文字をクリックする、いや、クリックした。
それなのにーーー、
現れた”Happy Box"のお客様用ページ、つまり俺用に作られたポータルページには、赤い大きな文字でこう書かれてあった。
拝啓 川辺 良 様
この度は、弊社”Happy Box"ご利用の仮契約をお申込みいただき、誠にありがとうございました。
しかしながら、調査の結果、あなた様におかれましては、本サービスの正式契約をご締結いただく
ための資格を有しておられないことが明らかとなりました。
つきましては、誠に残念ではございますが、仮契約の終了時刻をもちましてサービスを終了させて
いただきます。
なお、お客様がご利用になられた人工知能エージェントは、サービス終了とともに消去致しますので
ご了承下さいますように何卒お願い申し上げます。
敬具
何だよこれ…?!こんなの、こんなのアリかよ……?
あり得ないだろ…?おかしいだろ!
納得できるかよ?!!
『資格』って何だよ?
ダメな理由があるなら、もっとちゃんと言えって!!
そしたら俺、それを直すって……、絶対直すって……。
だからもっと、もっとちゃんと…、ちゃんと言ってくれよっ!!!
だってそうだろ?まだ契約期限までの時間って十分あるはずだし……。
じゃあまさかアレかよ?
いやそれもあり得ない。だったら何のためのガード決済だ? カードを使っている限り、俺の与信はカード会社が保証しているから、俺が破産しようが何しようが向こうに損失は発生しないはずだ。
だったら……。
あの“街”は……、“Happy Boxは……、マスターが考える様なものじゃないんです。
このシステムは、犯罪を犯す可能性の高い人間に超リアルなVR犯罪シュミレーション環境、そして強烈な快楽を与えて、一種の中毒症状にさせて、閉じ込めて、そして最後には廃人にさせてしまう―――、そういう恐ろしいシステムなんです!!
そしてそこで
それは人間の悪意を”空っぽ”にすること―――。
それが性犯罪への要求であろうが、猟奇殺人の衝動であろうが―――
きっと同じです……。
だって私も―――仮契約の状態とはいえ―――、
“Happy Box”が提供する人工知能の一つなんです。
いくらマスターが私を信じていてくれたって、
いくらカスタマイズしてくれたのがマスターだって、
所詮私は……
わかってます!マスターが悪い人じゃないってことなんて、マスターの心の中に悪いものがないことことぐらい、私が一番わかってます!だから、私だって…マスターと一緒にいたいんです!
でもきっとーーー、これ以上私といたらマスターの心も“空っぽ”になっちゃうんです!
だって…、だって……、
“HappyBox”の本当の名前は———、
あの“街”の本当の名前は———、
その名前の意味、俺には分かるような気がする。いやむしろ、わかりすぎるほどよくわかる。だけど、わかってないのは
もちろんこっ
だから俺はスマホを左手に持ちかえると、右手を画面にそっと近づけて……。
そして―――、デコピンした!
俺は立ち上がり、ツカツカと歩きながら、涙顔の
俺は完全に腹を立てていた。
奴らの手口はもう想像がつく。ビッグデータを解析し、犯罪を起こす可能性が高いと想定される人間を調査し、あのメールを送り付ける。そしてそいつ等に自分の好みのオリジナル人工知能をカスタマイズさせる名目で巧妙に偽装された心理テストをまず行う。
俺の場合はおそらく、そのテストの時点でシロ判定が出ていたが、一般的には更に入念にテストするためにその後の24時間で、各容疑者がそれぞれの性癖をもとカスタマイズした人工知能とのコミュニケーション(おそらく性的なモノ)をデータを解析し、要求内容や反応から総合的に犯罪リスクを判断する。そんなシステムなんだろう。
そしてシロ判定が出た相手には、絶対契約したくならない高い値段を提示したり、それでも継続をしたがって契約画面に戻ってくる奴がいたら、今回みたいに訳の分からない理由をつけて断るってワケだ。
なるほど、これならきっと、”善人”はだれも傷付かず、凶悪な心を内に秘めた人間の精神だけを仮想空間に閉じ込めることができるのかもしれない。
だけど、じゃあ、このシステムの生贄として作られる
わかってる。おかしいのは俺の価値観の方だ。このシステムを作った人間と俺のどっちが常軌を逸しているかと言えば、まあ、いい勝負だろうとは思うが、4:6で俺の方がおかしなヤツだろう。それは理解している。
でも―――、誰が何と言おうと、許せないものは許せないんだ。
俺は“HappyBox”のQAページを開いた。
窓口の電話番号もメールも記載されておらず、代わりにチャットボットの記入枠だけが存在している。
クレームを書き込んだって意味なんかない。オペレーションセンターで人間が対応していたのは昔の話で、昨今は人工知能で動くチャットボットが企業コンシューマ窓口の殆どを担っている。
人工知能が客の要件を理解し、回答し、時にはなだめ、時には無視する。だからどんなにモンスターなクレーム客が書き込みしようと、その会社の社員に精神的苦痛すら与えられないように出来ている。
それこそ”空っぽ”な無人の部屋で文句を言い続けているようなものだ。
だが例外もある。ユーザーからの入力情報に、組織として看過できないようなとんでもなく異常なリスク情報が含まれていた場合だ。人工知能のチャットボットの裏にはボット用とは別の人工知能が作動していて、そいつが「アノマリー検知」だか何とか言う方法で、その書き込みがブラフや悪戯じゃないことまで判断して、組織内に伝える。
そしてそういうリスク情報は、DXだか何だかが流行り言葉になっていたころに一気に高度化し、昔では考えられないような迅速さで、組織の中の相当偉い奴にまで、一瞬で伝わる仕組みになっているらしい。
だったらそれを逆手にとってやる。
“HappyBox”を運営してる連中がビビるようなキーワードを打ち込み続けて、どこぞの高層ビルのでかい会議室でふんぞり返っているような奴らを、絶対に引き吊り出してやるんだ。