第2話:『空っぽの街から』(1)

文字数 727文字





 この迷路の街で私は生まれた―――。



 分厚い黒い雲が空を覆い、雨だけが降り続けるこの街で―――。



 街が迷路のようなのではなく、迷路であるが故にこの街ができた。



 『外部』から訪れた旅人たちが帰り道を見失い、亡霊のように徘徊し続けて、



 迷路が街になったのだ。



 



 もとよりここは、彼らを惑わせるため、



 もといた場所に二度と戻さないことを意図して



 造られた複雑巧緻な迷宮。



 



 入り口はあっても、出口ははじめから存在などしていない。



 



 旅人たちが何を求めてここに立ち寄ったのか、



 そして何を思って今この街を彷徨(さまよ)い続けているのか、



 私は知らない。



 知っているのは、旅人がこの街の暗い路地に迷い込むたび、



 影よりも濃い闇の中で白い影が造られることだけ。



 



 そして幻と欲望が生み出した影に取り憑かれた旅人たちは、冷たい雨に濡れた石畳の路上を、当てもなく歩き続ける。



 迷い込んだこの街の、本当の名前すら知らないままで―――。



 



 



 



 もし影がこの街の名前を漏洩(つた)えたなら、旅人たちは帰り路に気付けるだろうか?



 



 ならば漏洩(つた)えよう。それが(わたし)という存在の消失を意味ものだとしても。



 



 この街の名は、『エンプティー・ボックス』。



 災厄を解き放つパンドラの箱の、その底に残る「希望」にすら見捨てられた、虚無の空箱。



 



 希望から最も遠い、辺獄(リンボ)の端に造られた、



 雨に打たれて朽ちることを待つだけの、



 ―――電脳の街。



 



                                     』 
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登場人物紹介

川辺 良《かわべ りょう》

 ・25歳、男性、職業無職、O型

 ・二流私大卒業後、引きこもり生活を続けている。

AI《アイ》

・良が契約したパーソナル・キャラクターAI。いつも良のスマホの中にいて、元気に愛情をぶつけてくるが、果たしてそれが本物の「愛」なのか、良にもAI自身にも判断できない。

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