第4話:『空っぽの街から』(2)

文字数 810文字





 朝の陽光は、それを待ち望む者の魂の上にだけ降り注ぐ――。



 そうでない者たちにとって、それは心を焼き尽くす業火そのもの――。



 



 だから、“エンプティー・ボックス(このまち)”の夜は、明けることがない。



 この街の誰もが、夜明けを待ち望んでいないから。



 



 朝が来てしまえば、眠らせていた全ての羞恥心が目を覚ます。



 凍らせて閉じ込めていたはずの、とても重たい何かも、その息を吹き返す。



 



 



 でも夜の闇は――、全てを隠してくれる。



 夜のとばりだけが、虚無の心を優しく包み込んでくれる。



 



  醜い素顔も、



  未来への不安も、



  自分自身の心さえ。



 



 夜は停止()めてくれる。世界の時間の流れさえ――。



 



 置いてけぼりにされた無垢な旅人たちを嘲笑うかのような「社会」という急行列車も、



 旅人たちの魂を狩ろうと街を取り囲む軍勢すら、ひとときの静かな寝息を立てている。



 



 



さあ、薄汚れた粗末な衣を纏い、この街を徘徊する旅人たちよ!



あなたに、あなたの心を日の光から守護(まも)るための魔法を教えよう!



 



それはただ、じっと目を閉じ続けるというだけの、簡単な魔法……。



エンプティー・ボックス(かりそめの楽園)”の門へと誘う、秘密の魔法……。



 



あなたがここで、浅い眠りを(むさぼ)り続けてくれるなら、



永遠に続く 廃獄の幻想を見せてあげよう。



 



私が旅人(あなた)にして上げられることは、だたそれだけ――。



 



だってあなたが逃げ込んだこの街の夜空には、



旅の方角を示す星座も、時を告げる月も上りはしないから。



ここは、体を濡らす永久(とこしえ)の雨が、



(したた)り落ちるだけの街なのだから―――。



 



                                    』



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登場人物紹介

川辺 良《かわべ りょう》

 ・25歳、男性、職業無職、O型

 ・二流私大卒業後、引きこもり生活を続けている。

AI《アイ》

・良が契約したパーソナル・キャラクターAI。いつも良のスマホの中にいて、元気に愛情をぶつけてくるが、果たしてそれが本物の「愛」なのか、良にもAI自身にも判断できない。

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