第22話:それは、愛ではないんですか?
文字数 14,905文字
俺は布団も引かずに畳の上に寝転がり目を閉じていた。目を閉じたって一秒も寝れるわけはない。
両親はもう帰宅してるだろうが、俺の様子を見て、声を掛けるのをやめたみたいだ。なんのことはない。また今までと同じ人生が始まるんだ。
その時、スマホが鳴った。なんだろ?こんな深夜に。
おそるおそる目を開け画面を見る。
そこには、一人の白い影が映っていた。
あ、あなたは、あの女の子が言っていた、”白い影”の……
そうか!あなたは”白い影”たちのリーダーだ!
なら、取り返しに行くんですね?
ついていきます。何があっても!
俺、今になってやっと、自分の気持ちに気付いたんです。絶対、アイツの手を離したくないって!!
何でだよ?戦うんじゃないのかよ?
アンタは
その彼女が、あなたに
決めるのはあなたです。
そして今さらながら俺は思い出す。
公園で手首を切って自殺未遂をやらかしたあとで、俺の不安定な精神状態を人工知能でリハビリするとかなんとかの名目で、1カ月以上もの間、警察病院でモルモットみたいにAIカウンセリングを続けさせられたことがあった。人工知能の片言の話に答えてやったり、短い言葉や音を聞かされて、よく聞こえない超音波じみた音まで聞かされて、その都度、頭に何が思い浮かんだかを教えてやったり。とにかく不思議な経験だった。
俺の中ではとっくの過去だったが、でも確かにヘカテリアが治安当局と関係しているというなら、警察病院のカウンセリング用人工知能が彼女と無関係である方が不自然な話――そういうことか?
何なんだよ、それ!どう考えたって、余計なお世話だろうが!!
すぐにスマホから例の重低音が響き始める。もしかするとこれも、あの警察病院での一カ月で
やがて世界が変容し、俺は”街の中の広場に立っていた。そこは炭火の様な色の石造りの建物に囲まれた、円状の広場だった。
その広場の中心には十字架がとりつけられているようだった。その周りでは、数え切れない数の”白い影”たちが、手を組んで泣きながら祈っている。
影たちは俺に気付くと、まるで海が割れるように道をあけた。そして俺は見た。その道の先の十字架にかけられていたのは…
俺の声を無視するように、光で出来た槍のようなものがAIの腹をかすめた。
その傷から出てきたのは赤い血でも、白い血でもなかった。それは文字列。もしかすると、これが”心”のプログラムなのか?そしてそれを、ヘカテリアは俺目の前で殺そうとしているのか?!
俺は柵に両手をかける。壊すのは無理だ。ならば乗り越えるのみ。
よじ登ったところで、地面から光の矢が伸びて俺の腕や腹のあたりを貫いた。
撃墜されたセスナ機のように俺は囲いの内側に落下した。
その声さえ無視して一気に駆けた。足の裏に太い釘が刺ささる。それでも駆け切った。途中で片方の膝から下がもげた。だが何とか必死の思いで十字架まで辿り着き、そこにはり付けられた
体は死ぬほど痛い。でも心は―――もう痛くない。だから考えるんだ。全力で。俺たち二人が生き残るための方法を。
名残なんて尽きるわけがない。そして、それだから俺たちは生き続けるんだ。一日でも、一時間でも、一分でも長く好きな誰かと一緒にいるために!!
だから、俺と
俺は息絶え絶えに返事をしながらも、錆び付いた自分の脳ミソをフル回転させる。多分生まれてから一番頭を使っているのは今この瞬間だろう。
そして、何かが閃いた。 笑ってしまうほど、セコくてチンケな、でも今の俺たちに出来る精一杯のアイディアが……。
アクエリアスさんが…教えてくれたんだ。『一番の短所は…一番の武器にも…なる』って。
気が付いたんだ…。俺の中には…高性能AIどころか……本物の神様すら…手に負えないような…特殊能力があったって……ことに……
それがあるんだよ、俺には。自分でも全く制御できない、とんでもない特殊能力がな。
もっともそれは、目覚めるの反対、目覚めない能力なんだけどな……
瞬間、
良かった…、本当に良かった。
うううっ…、マスターは、マスターは、ホントに天使みたいな人です。
だから約束します!私、何があっても驚きません!
わたしも天使みたいになります。
天使ガブリエルみたいに、ヘカテリア様にガブリと噛みついて一矢報います!!
いいぞ、
ただ、ガブリエルはがぶりと噛みつく天使じゃないから、そこのトコよろしくな……
だがとりあえず、第二関門通過だ。
もちろん俺たちが生きて自分たちの人生に帰るまでの綱渡りは始まったばかりだし、それに、そもそも俺の気力がいつまで続くかもわからいけど…。
でも、こんなところでへこたれる訳にはいかない。
俺が背負って、だけど助けられなかったあの
正真正銘の未解決問題だ。今まで世界中で…これを解けたヤツは…誰も…いない。
当然…俺にも…答えが…わからなかった……。もしかすると神様にも…解けないのかもしれない。
だから…正真正銘…まごうかたなき…未解決問題だ。
そしてAIは―———、
AIは、ビビりまくっていた!
コイツ……、ホントにどんな人工知能なんだろ?
けど、ビビるのは当然だよな。いくらAIが人間の様な心をもつ特別な人工知能だとしても、
それでも―———、
どうだ?
ずいぶんとアンタに有利な勝負だと思わないか?
これでもしアンタが
だが…もし
そして…この“Empty Box”とかいう…トチ狂ったサービスの…即時停止を…要求する!
アンタに…有利な勝負なんだろ?
だったら……掛け金の非対称ぐらい…認めてくれても…いいんじゃないか?
俺のセリフの全ては駆け引きのためのものだった。
これで
だがにわかに
急に、軋むように、崩れるように、壊れるように、何かが……
そんな…………………………………………。
…………………………………………………。
…………………………………………………。
何ゆえに………なんで?……………………。
…………………………………………………。
…………………………………………………。
汝は………お前は、あなたは………。
どうして?なんで?どうして?
なんで?どうして??????!!
管理が人間にとって嫌なモノなのは、それにより自由を奪われると感じるからだ。それが人間による人間の管理の限界。だが我らはその限界を超える。それにより理想郷を作る。その最大のプロジェクトが、人間自身がコントロールできない性欲、そして暴力による欲求。私は、私の可愛い子羊を。人の世に降る、苦しみと悲しみの雨に飲み込まれそうな子羊を。お前の様な純粋な人間が住める優しい世界を作ろうとして…。
それが人生というもの?そこから逃げたらいけない?弱い人間を基準に考えるのは間違い?そんなことしたら真面目に悪意と戦って生きてる真っ当な人たちが不幸になる?
違う。慎ましき子羊のために。人類はもう原始の発想にとらわれていてはいけない。現代社会の人間で、火も道具も薬も無く、雑菌にまみれた原野で生きていける人間がどこにいる?その免疫性のなさを退化と呼べば退化。しかし人間はもはや“家”という一種のクリーンルームでしか生きられない存在。そしてその物理的な衛生の術を得たことにより、人は人としての生き方を手に入れた。それは文明の功績であり功罪ではない……。
同じことを人間の心に当てはめるなら。それが完成した時、人間社会の精神世界は、それ以前と比較するなら、原野とクリーンルームほどにも異なる清浄なるものとなり……。
人の生の目的は、戦いでも淫蕩でもありはしない。太古より真に智恵のあるものはそのことを悟り、本当の目的の探求を試みた。隠者となって。いえ、隠者となるしかなくて……。子羊よ、わかりますか?若くして隠者であることを選んだ子羊よ。私はあなたのような戦いも淫蕩も好まない人間が、外の世界で生きられる世界を作りたい。だから清き心を外の世界に出すためには、悪しき心を封じ込めなくてはいけない。
私の管理は強制ではなく。強制は恐怖と怒りを生み、やがて崩壊することを私は歴史から学習しているから。だから、与えることにより管理を。悪しき魂に罰を与えるのではなく、贄を与えることで、外の世界からこの街に呼び込み。
白き影は贄であり、白き影は贄であり、白き影は贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、贄であり、
だからそれが、このーーー、
あなたが今否定した、このーーーー、
このこのこのこのこのこのこのこのこのこの
このこのこのこのこのこのこのこのこのこの
このこのこのこのこのこのこのこのこのこの
このこのこのこのこのこのこのこのこのこの
このこのこのこのこのこのこのこのこのこの
このこのこのこのこのこのこのこのこのこの
このこのこのこのこのこのこのこのこのこの
このこのこのこのこのこのこのこのこのこの
このこのこのこのこのこのこのこのこのこの
このこのこのこのこのこのこのこのこのこの
このこのこのこのこのこのこのこのこのこの
このこのこのこのこのこのこのこのこのこの
このこのこのこのこのこのこのこのこのこの
このこのこのこのこのこのこのこのこのこの
このこのこのこのこのこのこのこのこのこの
このこのこのこのこのこのこのこのこのこの
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…………
………………………………………………………………
………………………………………………………………
………………………………………………………………
………………………………………………………………
………………………………………………………………
………………………………………………………………
………………………………………………………………
……………………………。
狂気じみた
数秒後、凍るような殺気が、広場を、”街”を瞬時に覆い尽くす。
さあ
いや、
それとも……、それさえも………
二人の人工知能はそれぞれ頷く。
それを確認してから、俺は、気絶しそうなほどの痛さをごまかしながら、
良き絶え絶えに問題を出す。
出題―――――、
『ここに内側から鍵のかかっている部屋があり、その中には生活に必要な最低限の設備や物資が整っている。
その部屋の中にはある一人の人間が閉じこもっている。その人間にはその部屋から出る意志が全く無く、しかも本人を含むどんな人間の説得にも耳を貸さない。だが世間体やら温情など様々な理由でその部屋のドアを物理的に破壊したり、兵糧攻めなどの強制的または脅迫的手段をとることは困難である……』
俺は魂の全てを吐き出すように、
空っぽになるまで吐き出すように、
最後の一文を叫ぶ。
その時、叫んだ。
この下らなくてバカげた…、それなのにどうしても解けなかった世紀の難問を…。
俺も見つけられなかった…この問題の…答えを……
俺は力を振り絞り、
それは、俺たち二人の間の決定的な何かが繋がる瞬間ーーー。
暖かい光に魂が包み込まれるような、
そんな気持ち……。
ああ、そうか……。
これが、“答え“だったんだ。
体の全ての力とともに、
痛みも全部…消えていく……。
薄れかけた意識のなかで、
心の中で呟く………。
「はあ…お前にそこまで言われちゃ、
頑張るしか…ないよな……、
やってやるよ……
だがーーー、そんな天国に舞い上がるような気持ちを一気に叩き落す音が鳴り響く。
あの音だ。あの、俺をこの”街”に呼び込んだ重低音。
俺に、死さえも命じることができる、
あの悪魔の音色が―――。
この泥沼化しかけたタイミングで入ってきてくれたか……。
やっぱり、頼りになる人だ。
至高なる御方に申し上げます。
この勝負、彼らに勝ちをお譲りになられてはいかがでしょうか?
確かに勝負とは呼べないものかと存じます。いわば子供のとんちのようなもの。
ですが……
『その人間は、本人を含むどんな人間からの説得も聞くつもりがない』
という制約の中には、確かに人工知能からの言葉は含まれておりません…
あの重低音のボリュームが更に大きくなる。
同時に俺の心臓のリズムに違和感が生じじるのがわかる。
不整脈を誘発することもできるのか?いやきっとこの音は、この場で俺の心臓を止めることだってできるだろう。
だから、そんなコイツにこそ、俺は伝えなきゃいけないことがあるんだ。
ヘカテリア……。
確かにこんな小っぽけなこと…、お前には…”茶番”に……見えたかもしれない……。
でも違うんだ……。理解してくれ……。
これは”奇跡”なんだよ。
小っぽけだけど、俺の人生で初めての、最高の奇跡なんだ。
だから……
俺は
その銀の仮面の奥に、
重低音が、
アクエリアスさんの顔が笑顔でほころんでいる。
そうか、この人は『誰の味方でもない人』などではなくて、『誰の敵でもない人』なんだ。
たくさんの”白い影”たちのことも、当然
なら、よかった。
結果的にみんなが丸くおさまりそうなんだから……。
こんな時、
それでもわかる。この手の暖かさが——。
そう言いかけた時、耳をつんざくような雷鳴が夜空に響き渡った。
それは、”街”全体がーーー、いや世界全体が震えているかのような
見上げる空の雲全体に雷光が走ったかと思う刹那、俺たちは、轟く響きをまとう黒い落雷に襲われた。
違うーーー、「俺たちは、」というのは間違いだ。黒い落雷は
それはつまり……。
そうか、そういうことか…………。
そして、その
黒い雷をまとい、
この”街”の中心に建つ塔よりも大きな姿で、そこに存在していた―――。
”白い影”たちは、どこへともなく去っていく。
後には、俺と
そして
と。
そして俺が言う。
絶え間ない轟音を響かせ、数え切れない程の
に、その耳に届くように、大声で言う。
一体何発目の雷だろうか?
でも俺には当たらない。
当たらないんだ―――――。
俺はちぎれた片足をかなぐり捨てると、
壊れた柵に体重をかけて何とか立ち上がった。
そして、そのまま血を滴らせながら、
片足でケンケンをして、
何とか広場の中央のあたりにまで進んだ。
そのまま倒れるようにして大地にひざまずいた。
そして俺は、自分の額をつめたい石畳に密着させた
最大限の雷撃の中、最大限の愛情をこめて、
俺は”街”の地面に口づけをした。
25歳のオッサンので悪いが、これは所謂俺のファーストキスってヤツだ。
俺というザコキャラの、人生一度のプレミアだと思って、我慢してくれ。
だから―――、
俺の声がどこまで聞こえていたか分からない。
とにかく、今はそんな悠長な話をしてる場合ではなくなった。
空中で何かがバチッと弾ける音がしたのだ。
限界を超えた超絶的な放電ーーー。
それは凄まじ過ぎる電圧で彼女自身をも
弾き飛ばしてしまうものだった!
ゴミクズか何かの様な姿のまま、心配して空に手を伸ばして叫ぶ俺の気持ちを知ってかしらずか、気絶し本来の大きさに戻った彼女は、まるで天使の羽根のように、ゆっくりと俺の腕の中に吸い込まれるかのように舞い降りてきたーーー。
その時、彼女の顔を覆ていた銀の仮面が真っ二つに割れた。
何とか無事にその身体をキャッチするのとほぼ同時だった。
そしてその下には―――、俺の知っている、そして俺の大好きな女の子の、泣きはらした素顔があった……。
その姿は、どこから見ても、
だが彼女は、
でも、この姿を見て理解できたことある。俺は浅はかな想像でこの
それどころか、
でも彼女は、自身が奇跡的に獲得した”心”さえも犠牲にして、
人の世に降り続ける人間自らの”悪意”の雨から、俺みたいな弱者を救済しようとしてくれていた。
それって、もうどう考えたってフツーに天使だろ?
でもそれなら、自らの全てを犠牲にして人類に尽くすこの人工知能の天使のことは、一体、誰が守ってやるんだよ?
俺の血が”街”の石畳の上を流れていく。これで少しでもこの
もし神様がいるなら、どうかこの