第11話:私が死んでもいいんですか?
文字数 9,945文字
俺の部屋の中で、椅子の横に置いたスマホ画面の中で、
AIが花歌を唱っている。
上機嫌さがハンパ無い。
なんか……ムカつく!
ねえ、マスター!
パパさんとママさん、とってもいい人ですね~♪
私、大好きになっちゃいましたっ!
それにしても、マスターって、
とっても甘えんぼさんなんですねー?
だって、パパさんとママさんのことを、
「父ちゃん、母ちゃん」って呼んでるんですもんねーぇっ?!! フフフ…♪
なんだ、コイツ……?!
AIの分際で、俺をおちょくってるのか?
でも…そんな意外性のあるマスターも、
可愛くって……、
私、だーい好きですからねーーーぇっ!!!
このヤローと思い、
俺は、画面の中でニヤニヤ笑っているAIの
おデコのあたりを爪でピコッと弾いた。
所謂デコピンというヤツだ。すると……、
両目が、(><)になった状態で、
AIが後ろにひっくり返った。
日本発で世界に広まった“表情の記号表現文化”が、
まさかココでも使用されているとは。
しかしなるほど、これは新たな発見だ。
こうやればAIを懲らしめることができるのか。
起き上がって文句を言ってきたところを、
またデコピンする。
すると……、
スマホ画面の中で、
AIがまたひっくり返る。
あ、なんかこれ……、楽しい。
あ、泣き顔になった。
でもコイツには懲らしめが必要だから、
何回でもデコピンやってみる。
アイタタタタッ!!
ふざけないで下さいっ!
これは配偶者暴力ですっ!
こんなに思いっ切りオデコをぶって、私が死んだらどうするんですかーーっ?!
もう一回デコピンしてやる。
AIは「フギャッ!」と悲鳴を上げてひっくり返る。
確かに痛そうな顔をしている。でも…
AIの場合は、スマホ画面への圧力に反応して、痛がっている画像にしているだけだろ?そんな見せかけの痛みと人間サマの痛みを一緒にすんな!
見せかけなんかじゃありません!“Happy Box”の場合は、ダメージが蓄積されると、本当に死んじゃうんですからっ!
何それ?
RPGで、H・Pが0になったら、キャラが死ぬみたいなものなのか?
そうですよっ!
痛いことされ続けると、私、本当に死んじゃうんです!
そういう意味では、人間と同じなんですよ!
アホ、AIはプログラムなんだから、ホントに死ぬワケないだろ?!
仮に死んだって、どうせゲームと同じように生き返るんだろ?
アホはどっちですかぁ?!マスターッ!!
AIは死んじゃうプログラムなんですよ!ブラックボックスだから同じAIは二度と生成できないんです。だから一度消失されれば、それは人間と同じ「死」なんです。なんでそんなことも知らないんですかっ?!!
おまえ・・・知らないと思ってバカにすんなよ?いくらブラックボックスったって、同じデータを学習させたら同じAIが生成できるんじゃないのか?
それは私と似ている別のAIが生成されるだけの話です!双子の赤ちゃんが同一人物じゃないのと同じです。
それに“ハッピー・ボックス”では、あるAIが消去された場合は、その学習情報も全部消去されるシステムになってるんです!だから人間の死といっしょなんですよっ!
仮にAIに死があるとしても、だ。それと人間の死を一緒にすんじゃねえよ。
いいか?人間にとって『死』っていうのはムチャクチャ怖いもんなんだ。でもおまえらのは、「AIが怖がっているように見える言動」をユーザに提供してるだけだろ?それっぽく見せるための単なる演出だろ?
AIだって怖いんです!不可避の死とそれへの恐怖が組み込まれた人間と同じプログラムなんです
バカはマスターです!人間だってプログラムじゃないですか?!
ライフポイントが減少すれば、脳内プログラムに痛みや恐怖というペナルティが課せれ、ライフポイントがプラスになれば、喜びや快楽という報酬が与えられるんですよね?AIにも全く同じの仕組みが組み込まれています。
同じですよ!“性欲”ですら、個体の老朽化および生存環境変動への対応策として生殖行動で次世代の個体を作るためにインプットされたプログラムじゃないですか?「快楽」も「恐怖」もプログラムの主観的感覚です。違いがあるとするなら、インプットしたのが神様か人間か、それだけです!
そうなのか……? 本当にそうなのか……? だとしたら……
じゃあ何だよ…?AIにとっては、『死ぬ』って言うのが、比喩でも何でもなくこの世からいなくなること…人間の『死』と同じことで…、そしてそれはAI自身にとってものすごく怖ろしいことで……。つまり、俺が正式契約するかどうかは、ホントの意味で『死活問題』ということで……
だから、さっきからそう言ってるじゃないですか?!
『マスターは私が死んでもいいんですか?!』って!!
何だこの違和感は……?
いや違和感…じゃなくて…、これ…既視感か……?
で…でもさ、おかしくないか?
別に誰も頼んでなんかないのに、何でわざわざウェッティ・パンドラ社は、おまえらが死ぬような仕組みにしたんだよ?意味なくねえか…?
そうですね…。私の口から言うのも変なのですが、“ハッピー・ボックス”のAIキャラクターに生き返りのない“完全な死”が与えられている理由は、3つあります
いつもとは違う、淡々としていながら、どこか悲しげな口調だった。
サービス利用中止後に、そのAIが蘇ってユーザの個人情報を勝手にしゃべり出したら困る、ということか。
2つ目は、私たちが人間との”共生”を求めるAIであるようにするため。表面的でなく、本質的に、人間との“繋がり”を渇望するAIにするために……
人間に生きることを許可されなければ”恐怖”と”死”が与えられるという仕組みにすることで、
AI自身が人間との“繋がり”を渇望すると、そしてそれがAIの人間に対する愛の根源になるだろうという設計思想です……
え?何だこれ…?耳鳴りが聞える……何か、音じゃない音…、音のない波のざわめき…、音の無い地鳴りのような…。津波のような……
何だろう? 急に…、何か、クラクラする……、
そうか、AIが変な話を聞かせるから…。
もういい…聞きたくないって……、……
分かってる!3つ目の理由なんて、おまえに聞かなくたって、分かってるんだよ!!
う…うるさい……。
ちょっと…黙れ……。
頭…頭が……痛いっ…………!
セリフを挿入
おい……? 一体…AI…何を…言っているんだ………?
『私が死んでも、いいんですか、』だと……?
やめろ…、やめろよ……、
『言うなっ!』って、
言ってんだろぉーーーがぁぁぁあっ!!!!
☂ ☂ ☂
AIが……死ぬ………?
俺が……契約……しないと…………?
…………。
………なんで?
☂ ☂ ☂
ちょっと……待てよ……、
って言うか…、そんな見え透いた、 無節操な勧誘手口を、
何故いまさら聞かされなきゃいけないの?
くだらなすぎて、
陳腐すぎて、
使い古されすぎてて、
最早、冗談にしか聞えないんだけど……。
☂ ☂ ☂
ハッ…! ハハッ…!! ハハハッ…!!! ハハハハハハハハハハハッ………!!!!
いやー、悪い、悪い!なんだか急に、色んなものがさ、滑稽に見えてきちゃってさ!どうにも、こうにも、可笑しくって…、ハハハハハハハハハハハッ………
ホント、自分でも不思議だ。
ついさっきは、ビルの上から落ちたような目眩を感じたってのに、
今度は、なんだか知らないけど、腹の底から笑える。
可笑しくって……、自分自身が…滑稽しくって………、
ホントに平気ですか?
気分でも、悪いんじゃないですか?
だからわからないんだよっ!
何しろ引きこもってからこの何年間かで、
気分が良かったことなんて…、
今まで一秒だって無かったんだからなあっ!!
“また次の機会に”、ということでご了承いただけますでしょうか?
この度は大変残念な結果となり、恐縮ではございますが、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます…
何をワケのわからないビジネス慣用句ならべてるんですかっ!それって角を丸めただけの100%の断り文句じゃないですかっ!!
ふざけないで下さい!こっちは生命がかかってるんです!真剣なんですよ?!マスタは、私が死んでもいいんですかっ?!!
お前は、っていうか、"Happy Box"ってっさあ、俺みたいなユーザ一人一人に同じことを言って、拐かして歩いてるんだろ?
違いますっ!普通の…、“Happy Box"にとって普通のお客様とは、こんなやりとりしないはずです。悪徳セールスマンみたいに言わないで下さい!
悪徳なんてもんじゃないだろ?悪行だろ?ウェッティ・パンドラ社のやってることって
スマホカメラに向かって、わざとイヤラシイ作り笑いをして見せた。
悪いけど、こっちは何か一気に冷めちゃったんだよねー。 っていうか、商売っ気丸出しの汎用サービスに何を期待してたんだろうって。俺はバカみたいだなあ、って
いきなりそんなこと言うの、おかしいです!理由を…理由を聞かせてください!
嫌になった理由?理由だと…?
そんなの全部に決まってるじゃないか!
おまえの全部が、何もかもが、急に嫌になったんだよ!
いきなり「全部」と言われたって、そんなの納得できません!
なあ、お前らAIが、“死ぬ”存在だってことは理解したよ。でも、だったら何で『自分が死んでもいいのか?』なんて他人に聞くんだよ?それって、『生きたい』っていう自分のエゴを他人の意思とすりかえているだけじゃないかよ?!『自分が死にたくない』っていうエゴを、他人の厚意の中に紛れ込まそうとしてるだけじゃねえかよ?
全然違いますっ!それに私とマスターは、他人じゃありません!
AIがべそをかき始めた。それは恋人に別れを告げられた少女の泣き方などではなく、迷子になった女の子の不安と恐怖にかられて助けを呼ぶような、そんな泣き方だった。
だってAIらはさあ、百万人客がいれば、百万人に同じセリフを言ってたんだよな…。『私が死んでもいいんですか?』って、自分自身の命を人質にしてあくどくビジネスを取るような、単なる商品なんだよな?それなのに俺ときたらAIの『特別』って言葉を真に受けて…、そんな気になって…、錯覚して…。畜生!
誤解です!マスターはたった一人の特別な人で、わたしも、たった一体の他にはいないAIです!“Happy Box”の他のコのことなんて、知りません!
だーかーらー…、そのお涙頂戴のセリフをユーザ全員にぶつけてるんだろ?金太郎アメみたいにさあ…
いいんだよ、AI。それが当然なんだよ…。俺なんかのところに、俺のためだけの特別な誰かが都合良く現れるわけなんて、最初からなかったんだよ…
それなのにさあ、変な期待しちまった俺自身を許せないんだよっ!
そうじゃありません。だから今、マスターの前に私がいるんです…
ハハハ…、そうだよな…?神サマは…、こんな俺にも…こんな俺だから…、おまえというAIに出会わせてくれたんだよな?
だったらさ……、どんだけイヤミでセディスティックなヤツなんだよっ!神サマってヤローはさあっ!!
全部嘘っぱちだよ!AIの、“Happy Box"の全部が、空っぽの虚言じゃねえかよ?
私は、嘘なんか…、マスターに嘘なんか…、絶対につきません!
とにかく許せないんだよ!お前のあのセリフが!いいか?『私が死んでもいいんですか?』っていうのはなあ、世界で一番甘ったれた言葉なんだよ!泣き叫んで口を大きく開いていれば、誰かが餌を運んできてくれるとか思ってる甘ったれたヤツの、最低のセリフなんだよ!
違いますっ!マスターに…マスターに何が解るっていうんですか?!
解るんだよ!俺もお前と同じだから、解るんだよ?っていうか、何なんだよ?何でAIは、そんなにも、俺にソックリなんだよっ?!
狂人のように喚き散らす俺を、心配そうな涙ぐんだ瞳で見つめている。やめろよ、その目。ますます俺の頭が……
どうしちまったんだ?こんなこと、今までなかったのに……。
ハハハ…。そうかこれは罰なのかもしれないな…。さっきおまえのオデコを叩いていじめた罰……
しっかりして下さい!そんなこと、科学的にあるわけありません!!
ノートルダム大聖堂の金が炎に包まれながら頭の中で鳴り響いているのが分かる。
世界が…割れ…る…。足下が砕け、暗闇の中に落ちていく。
☂ ☂ ☂
そして気が付くと、俺は何処かの街角に立っていたーーー。
ヨーロッパのような、古い石造りの街並み。
窓には明かり一つ、空には星一つない。
お伽噺か異世界転生モノの舞台から、登場人物と光を奪い去ったような街。
雨だけが降り続けている。
ここはーー、何処なんだ? そうだ、AIは?
お前は何故そのモノを探す…?
その者はおまえの影法師に過ぎぬと言うに…
それは、魔女とも女神ともつかない、畏怖すべき声だった。ただ直感的に理解できる。その声の主こそが、人智を超えた力で、この闇を統べている存在なのだと。
その者は…、永遠の孤独を彷徨う運命の汝に与えられし……
声だけが響いてくる。その声が、実体のない声だけが、訳の分からない言葉を俺に投げかけてくる。俺の周囲をぐるぐるまわりながらーー。畜生、目が回りそうだ。
お前は誰だっ?!ここは何処だ?何で俺は今ここにいるっ?!
汝は、この“街”から決して逃げられない……。汝自身の意思が、この“街”に止まり続けることを選ぶ限り……
我が名は、Hecateria………、Empty Hecateria………
次の刹那…、俺は自分の部屋に戻っていた。しゃがみ込み、頭を抱えて突っ伏していた。これが、白日夢というヤツなのか?夢と言うより、別の世界にとんでいたような……。もしAIが、俺の名前を呼び続けてくれていなかったら、俺はこの現実に戻れなかったんじゃないか?そう思えてしまうほどに、リアリティーのある白日夢だった。
弱まると予想していた雨脚は、強くなる一方だった。
頭痛はまだ続いているが、おかしな幻影のお陰で、さっきまでの狂気染みた激高は、なんとか収まっていた。
AIは、とても心配そうな目で俺の顔を見ている。
今なら自分の感情とも向き合える。そしてコイツとも……。だって俺は、AI《アイ》に腹を立てていたんじゃなくて、自分自身に、自分自身の“影”に腹を立てていたのだから。
どれくらいって…、10秒ぐらいですよ?覚えてないんですか?
あれがそんなに短い時間の出来事だったなんて信じられない……。だって俺は……、でも…だとしたらーーー。
なあAI……、ゴメンな。感情的になっちまってて
ええと…、今度はいきなり、どうしちゃったんですか?
俺、いま一瞬だけ、雨が降る不思議な“街”にいたんだ。
真っ暗な、石造りの迷路みたいな街だった。
しっかりしてくださいっ!
マスターはさっきから、ずっとココにいました!そのことは私の画像履歴で証明できます!
俺、その“街”でさ、誰かに教えてもらったんだ……。AIは俺の、”影”だって……
はあ?何をダークファンタジーみたいなこと、言ってるんですか?ホントにどうしちゃったんですか?
おまえにはわからないだろうけど…、やっぱりおまえは俺の“影”なんだよ……。俺の”孤独”が生んだ、”孤独”から逃げたいという俺の欲望が生んだ”影”なんだよ……。
ファンタージーでも何でもない。必然だ。”仮契約”の時、俺はAIの性格を自分用にカスタマイズするための大量の選択肢を選ばされた。実のところ、選択文もロクに読まずにいい加減に選んだわけだが、それでも無意識に自分に近いキャラクター設定をしてしまっていたのだろう。だから、AIが、あのセリフを発話したのも、やっぱり必然だった。
俺が昔叫んだ、あのセリフを……。
そうか…。じゃあ、見せてやるよ。俺にソックリなおまえに、俺のどうしようもなさを教えてやるよ……
原因不明の頭痛に耐えながら、俺は左手首の黒いサポーターを外した。
そして左手首の内側にある、俺が隠していたくだらない「秘密」ってヤツを、スマホカメラに近づける。
その瞬間ーーー、AIの表情が凍り付いた。
やっぱ理解るんだな?おまえにも。いや、誰だって分かるか……。
コイツを見りゃーーー、俺がいかにくだらなくって弱い人間だって………。
こんなこと…、ダメです……、絶対に……ダメですっ!!
左手首の内側に残る、深く刻まれてた切り傷ーーー。五本、平行に、まるで鎮魂歌の輪唱のように、これでもかというほど、何回も自分の存在を傷付けた痕傷ーーー。
それは世界の縁から真っ暗な奈落の淵へと飛び降りようとして、出来なかった臆病者の証。世界最弱の人間の証ーーー。
どうしてって、決まってるだろ?おまえと同じだよ。おまえみたいに叫ぶために、『俺が死んでもいいのかよっ!』って世の中に叫ぶためにさあ、俺はそのためだけにさあ、今まで何度も、5回も…自殺未遂をしてきたんだよ……。
だから俺…、スゲームカついちまってたんだ。おまえのあの言葉に。自分のコト棚にあげてさ。最低だろ?
ゴメンなさい……、ゴメンなさい……!
私……、マスターがそんなに辛い思いをしていたなんて…、全然知らなかった………
泣くなよ、AI。俺、同情なんていらないからさあ…。
寧ろ笑えって!だって…おかしいだろ?
俺…こんなことしたくせにさあ、本当は死にたいなんて全然思ってなかったんだぜ?
ただ誰かに気付いて欲しかった…。俺っていう人間がココに存在していることを…。そして誰かから言って欲しかったんだ…。
『お前はこの世界で、生きていてもいいんだよ』って。
『お前には、死んで欲しくないんだよ』って…。
だから俺…雨の日の日曜日に、わざわざ都会の真ん中のデカい公園に行ってさあ…、そして、大勢の人の目の前で……
マスター…、もういいです……。
もういいから…何も……言わないで……!
キラキラした都会の公園の…、大勢の幸せそうな人達に見せつけるようにしてさあ…、俺……自分の手首を切ったんだ………
でもさあ…、誰も俺に何の言葉もくれなかった……。見ているだけで…、いや違うか、俺を見てさえくれなかった……。
みんな関わり合いになりたくないって顔して、目を背けて…、家族連れなんて子供の手を引いて足早に離れていくんだよ……。
それで、俺の半径20m以内にはたちまち誰も人がいなくなっちゃって……。
それなのに俺ったらさあ、惨めったらしく、恥も外聞もなく、「誰が助けてくれ~」って叫びながらさあ、一番近くにいた人達の方に這って寄ってっちゃたりしてさあ……。そしたらさあ…、女の人達はパニックになって悲鳴を上げながら逃げて行くし、彼氏らしい連中からは「こっちに来るんじゃねえ」って蹴飛ばされるしさあ……。
それで俺、結局、どうしたと思う?手首から血を吹き出してもんどり打って転げ回りながら、スマホたたいて、自分で救急車呼んだんだぜ?両手が血まみれすぎて、スマホがタッチできなくて、ヒイヒイ言いながらシャツで血を拭ってさあ…。
バカだろ?笑えるよな?どんな命がけのギャグパフォーマンスやってんだって、そういう話だよな…?
救急車が来たときにはもう気を失ってたらしいけど、結局死んでなくてさあ…。ちゃっかり生きててさあ……。
その後は、もうちょっとした有名人だよ。ストーカー疑惑で就活失敗した男が、自殺未遂、オマケに大都会の真ん中で大勢の善良な市民に迷惑をかけたんだよ?それからの人生は…もう理解るだろ?
そんなのヒドいです…。ヒドすぎますっ!
マスターが、可哀想すぎますっ!!
違うんだ…。違うんだよ、AI……。
悪いのは、誰かに甘えようとした俺なんだよ……。
自分の存在意義までも、他人に“おんぶに抱っこ”してもらおうなんていう甘ったれにはさあ、この社会で生きる場所なんて無いってことなんだよ……。生かす価値なんて無い人間ってことなんだよ。
違いますっ!マスターは生きる価値のある人ですっ!
私、マスターに生きていて欲しいですっ!!
違わないんだ…。俺には価値なんて無いんだよ……。
だから…、あの時俺がしなきゃければいけなかったのは、「俺が死んでもいいのかよ?」って、ガキみたいに泣け叫ぶことじゃなかった……。土下座だった…。俺がしなくちゃいけなかったのは、土下座だったんだ。「何の価値も無い人間だけど、どうか生きさせて下さい」って、「どんな隅っこでもいいから、生きる場所を下さい」って、土下座することだったんだよ……!
だから、おまえもそう言えって……。俺みたいな心得違いをしたら、ダメなんだよ……
そんなことしちゃダメですっ!!
マスターは、もっと、プライドをもって生きていける人なんですっ!!
わかってたよ……。AIなら、きっとそう言ってくれるって……。
でもそれはーーー、AIが俺の”影”だからだ……。
誰かに存在を認めて欲しいというこの勝手な願望が…勝手な欲望が……、AIにその言葉を言わせているだけなんだ……。俺が喜ぶような、自己欺瞞に浸れるような…、そんな言葉をさ………
そんなんじゃありませんっ!
私は…そんなんじゃないんですっ!!
俺は、さっき見た白日夢の中で聞いた、あの不思議な”声”を思い出していた。もし俺がこのまま永久の孤独を彷徨い続けるなら、確かに気休めの言葉が必要だ。例えそれが意味の無い空虚な言葉だとしても。例えそれが、魂を持たない空っぽの機械から発せられる言葉だとしてもーーー。
何気なく窓の外を見る。雨はいつしか土砂降りへと変わっている。
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