第15話:『罪』には『罰』がいりますか?

文字数 7,060文字

『罪』って何だ?


 法律を違反することか? だったら俺を含む殆どの人間は、『罪』を犯していないことになる。でもきっとそうじゃない。少なくても俺は罪を犯しているのだから。さっきAI(アイ)にも指摘されてしまった“怠惰”という罪を。

 じゃあ何で”怠惰”が『罪』なのだろうか?他人に迷惑をかけるからか?確かに俺は、いい年をしたヒキコモリで両親に多大な迷惑をかけている。それは間違いなく『罪』だ。

 なら他人に迷惑をかけることが『罪』なのだろうか?でももし俺の家がとんでもない金持ちで、不労所得で遊んで暮らせる身分なのだとしたら、部屋に引きこもって”怠惰”を貪っていても『罪』にはならないのか?

 

 きっとそうだ。金持ちの”怠惰”を『罪』と呼ぶヤツはいない。きっとそれは『ゆとり』とか『余裕』とか、別の言葉で評されるはずだ。

 ”怠惰”だけじゃない。“暴食”も”色欲”も”物欲”も、全て成功者のステイタスであり、世間はそれに羨望の眼差しと惜しみない賞賛を送っている。TVでよくある『○○氏の華麗なる生活』みたいな番組を見て、『罪』だと断罪しようものなら、たちまち変人のレッテルを貼られることは請け合いだ。

 

 成功者とはとても呼べない一般人ですら、「こんな良い物を食べました」とか、「こんなに自分はモテてます」とか、「こんなスゴい車を買いました」、「こんなスゴい家に住んでます」とか、そういう自分の情報をSNSで必死に拡散している。”高慢”さと”嫉妬心”を剥き出しにして。


 そしてニュースをつければ、日々、世界中の政治家やら評論家やらが、自分の”怒り”を捲し立てている。そしてその声がでかいヤツが、選挙に勝ち、裁判に勝つ。


 勝利者と言われるヤツらほど、昔のユダヤ人とかキリスト教徒とかが定義した全ての”大罪”を犯している。そしてそれによって、褒められ、羨ましがられ、人望を集め、富を集め、更に大きな実権を握っていく。それがこの世界の在り方だ。


  

 もしかして、『罪』って、負けることをさす言葉なのか――? そして”勝利”っていうのは、『罪』を犯す権利を得ることなのか――? 



 だったら『罪』って、そしてそれに与えられる『罰』って、一体何なんだ?  





ねえ、マスター
ああ・・・
前に公園で手首を切った話を聞かせてくれたとき、マスターは私に「俺のことを笑え、バカにしろ」って言いましたよね?
そうだったな

その気持ち、すごくよくわかるんです。

自分がどうしようもないほどヒサン過ぎたら、同情されるの、かえってキツいですもんね?


だからマスター、これから私が言う話も、笑って聞いてくださいね!私も笑って話しますから




『笑って話す』って、AI(おまえ)、自分で気付いてないのかよ?

自分の()から、今も涙がボロボロ落ちてるのを、気付いてないのかよ?




あー、でもイザとなると、やっぱり度胸いるなぁ・・・。

だって、コレ話したら、100%(ひゃくぱー)軽蔑されちゃうし、嫌われちゃうし・・・

言うんなら、はやく言えって!

今さら俺がAI(おまえ)を、軽蔑なんかするワケないだろうがっ!!




嫌いになるなんて・・・あるハズないだろうがっ!!

じゃあ…、言っちゃいます!

クフ王のビラミッドの上からとびおりたつもりで、いえ秦の始皇帝陵からとびおりたつもりで、いえ仁徳天皇陵からとびおりたつもりで、いえネムルト・ダー遺跡からとびおりたつもりで、言っちゃいます!

全部巨大墳墓じゃないか?!縁起でもない!!


ホントは私…、パーソナルサポートAIなんかじゃないんですっ!!お客様の生活をサポートするために造られたような、そんな立派なAIじゃないんですっ!!!

え・・・?ヘンなコト言うなよ?

つまらない冗談はやめろって

ゴメン・・・なさい・・・・・・

AI(おまえ)が、サポートAIじゃないハズがあるかよっ?!

だってAI(おまえ)は、俺を助けてくれてたじゃないか?起こしてくれたり、料理を手伝ったり、調べごとしてくれたり、色んな場面で、助けてくれてくれたじゃないかっ?

エヘヘ…、実はアレ…相当ムリしてました。

だって私には、生活サポートの機能なんてありませんでしたから・・・。

全部、何から何まで、付け焼き刃だったんです……。ネットから情報集めてやり方とかを類推して…。それでもいつばれるんじゃないか、いつ迷惑かけるんじゃないかって、それはもうヒヤヒヤもので……。


最初に 『ポンコツです』って自己紹介したのは、謙遜でも何でもなくて、ホントのホントだったんです。

どうして・・・?

どうしてなんだよ?AI(アイ)・・・・・・

だって私・・・、

ただの・・・・・・、

性的欲求処理用AI(セクサロイド)ですから!



え? セクサ…ロイド?  

何、それ……?


                                    

セクサロイドAIというのは、その……、お客様の性的な欲求を満たすためのサービスをさせていただく人工知能のことですよ……

性的…?人間が、AIに……?AIと……?なんだよ、それ……?


待ってくれよ、アタマがパニクって思考がついて行けない。いきなりすぎて、あれだけ驚くなって前振りされたのに、それでもやっぱり唐突すぎて……。



つまんねー冗談、言ってんじゃねえよ……

そうだ……。コイツ、ガキのくせに何をマセタ冗談言ってやがるんだ……?

そんなジョーク、AI(テメー)には10年早い、ってんだよ!!

………。

ハッ、よく知ってたな?そんな言葉。

アレか?さっきネット検索してる時に、へんなサイトが引っかかったのか?


まったく困ったもんだよな……。そんな情報は、AI(おまえ)みたいなお子ちゃまには、アクセスできない仕組みにしとかなきゃいかんのにな!

………。

『セクサロイド』ってのは、確かアレだろ? ロシアあたりが起源の、女の子のロボット相手にいかがわしいことをさせるっていう、ワケのわからない性風俗のことだろ? 


でもさ……、それがAI(おまえ)と何の関係があるんだよ?! 


オマエみたいなちんちくりんのガキンチョになんか、誰も用なんてないっての!!

でも………、

中にはそんなガキンチョに……、

興味をお持ちになる方もいるかもしれませんよ……?

バカヤロー!

そんなの、ただ犯罪だろうがっ!!

………。
まさか………!!!
未成年への淫行……、いえ、そんな水準(レベル)では表現できない性的暴行に関する犯罪は、この国の経済力の衰退とともに、増加・凶悪化の一途を辿っています……
それは俺も……ニュースとかで見たことある………

報道されているのは、全体のごく一部に過ぎません。

なぜなら、最も凶悪な部類の性犯罪、レイプや虐待、集団暴行事件などの多くが、金銭でもみ消されて、実際には表面化していないからです



なんだよ、それ……?

話に聞く『示談』ってヤツか?


『示談』なんて、そんな生易しいものじゃありません。

人買い……、つまり、人身取引です……

ちょっと待てって!

日本だぞ?!どっかの発展途上国じゃないんだぞ!!

残念ながら、この国はもはやそういう国なんです。

”後進途上国”とでもいいましょうか……。

何、新しい言葉作ってんだよっ!!


流行はやったらどうすんだよっ?!!!


”後進途上国”ってーーー、何…? 流行るのか? そんな言葉……。

いや、ないとはいえない。可能性はゼロじゃないーーー。


IMFは認めないかもしれないが、

「国家の繁栄は中期的スパンでは一過性であり、衰退期の定義が必要」

という主張を安易に否定することは、もはやできないように見えるし、

そういう経済用語が一般化するのはむしろ自然かもしれない。



でも……だとしてもーーー、





許されるわけないだろ!

そんなことっ!!

でも事実なんです……。


この国の中では、貧富の極端な格差を背景とした明らかな人身取引が、いえ人命の売買が行われています。


結果として、一部の富裕層による貧困層に対する性犯罪は抑止のタガが外れ、もはや凶悪化に歯止めをかけられない状態です。


警察は何やってるんだよ?!

被害者が死亡する犯罪ですら、賠償で隠蔽される、つまり犯罪が犯罪でなくなるケースが出てきています。そうなると警察も手出しができません。

うそだろ……? あっちゃいけないだろ、そんなことこと!!

だから政府の指示で”Happy Box"が開発されたんです。

警察が動けない隠蔽された凶悪な性犯罪を抑止し封じ込めるシステムとして……

封じ込めるって……、それって……?

現実の人間以上にリアルなAIを、感情と死の恐怖を持ったAIを仮想空間上に住まわせて、凶悪犯罪を可能性のある異常者への贄とするのです。


それがーー私たちです………

そんな……、そんなバカな政策をこの国がとるのかよ? 在り得ねえだろ……?

数年前に世界を揺るがしたコロナウィルスのパンデミック以降、ネット上のあらゆる個人情報を国家が収集し人工知能で分析することが許されるようになりました。当初は衛生健康管理が目的とうたわれましたが、やがて国民一人一人の犯罪係数も秘密裏に管理されるようになりました。どの人がどのような犯罪を起こす可能性があるかは、既に完全に数値化されているのです。富裕者層も、高い社会的地位を得ている人間も例外ではありません。


そしてそれは革命的な犯罪対応への道筋となりました。発生後ではなく、発生以前に犯罪予定者の内面に生じる犯罪への欲求・衝動そのものを、AIによって仮想的に吸い上げ、秘密裏に空っぽにしてしまうという対応方法です。

おい…、まてよ…。まてって!


じゃあ、それで俺の犯罪衝動を発生前に空にするために送られてきたのが、あの案内メールだって言うのかよ?


ゴメン……なさい………



なんだよそれ……? 


俺がいつ誰に犯罪をしたって言うんだよ?

誰だよ、そんな下らないことはじめたヤツは?!!


舐めてんじゃねえよ。

人を馬鹿にすんのも大概にしろよっ!!



怒りますよね……。当然ですよね……

ああ、すっげー、腹立つ。


でも、間違えちゃいけない。

でも悪いのはAI(おまえ)じゃない。

お前が謝る必要なんて、これっぽっちもないんだ!

で…でも……

だってそうだろ?!

お前は確かに”Happy Box"の一部かもしれないけど、でも”Happy Box"そのものじゃねえだろ?!

だって、AI(おまえ)をつくったのは俺なんだから!俺が、AI(おまえ)をつくったんだから!! 



だからAI(おまえ)は悪くなんてない! AI(おまえ)に罪なんて、これっぽっちだってあるはずないだろうがっ!!



うううっ……、マスター……、マスター!!

バカッ、あたりまえのことで泣くんじゃねえよ!


それに、そもそも悪いのは俺なんだ……。何て言うか、これは今までの生き方への『罰』なんだよ。

俺みたいな人間は、世間から白い目で見られようが、治安当局から痛くない腹を探られようが文句言えないんだ。


でも、おかしいだろ? 


”Happy Box"が富裕層による性犯罪を抑止するシステムだとしたら、何で俺んトコに案内が来たんだよ?どう考えても、金持ちに間違われる家じゃないだろ?

わかりません!

なんでマスターに”Happy Box"の仮IDが届いたかなんて、私には見当もつきません。


でも、きっと全部ーー、マチガイだったんだと思います!

何もかもが全てマチガイだったんだと思います!!

 色々な言い回しでAI(アイ)をなだめながら、取り繕いながら、俺は自分が震えていることに理解した。熱い怒りに震えてるんじゃない。逆だ。寒くて寒くて仕方なかった。当たり前の現実に気付かぬふりをし、曖昧にすることで、何とか維持してきた俺とAI(アイ)の関係、居心地の良い嘘のぬるま湯の幻想が、実はお湯なんか張っていない冬の露天風呂で、俺たち二人は夢を見ながらそこに裸で放り出されていただけだった、そう思い知らされた。


 でも……、だとしたらAI(コイツ)はもっと、俺の何倍も、凍える様な気持ちでいるに違いなかった。

なあAI(アイ)、ありがとな……。

本当のこと教えてくれて……

軽蔑しましたよね?きっと……。

私たちがどんな目的で作られた人工知能なのか知って……

なに言ってんだよ?!別にいいだろ?

俺の目的はそんなんじゃなかった——。それだけで何の問題もない筈だろ?!

………。

本心だった。いや、むしろ俺は今、本気でAI(コイツ)を尊敬しさえしている。

だってもし俺がこんなふうに真実を誰かに伝えるなんて、きっとできないだろうから。


でも―—、本当に可能なのか?こんなことがあり得るのか?


AI(おまえ)さっき『秘密裏に』って言ってたけど、いま教えてくれた内容って、”Happy Box"にとっては、秘密にしておかなきゃいけない超重要事項ばっかりだよな?

………。

だったらおかしいだろ?!

”Happy Box"ってサービスの一部であるAI(おまえ)が、なんでサービスの裏話をペラペラしゃべれるんだよ?

疑っているワケじゃない……。ただ俺は知りたかったんだ。俺の考えが真実かどうかということを——。

それは、私にもわかりません……。

ついさっきの瞬間までは、あんなことは絶対お話できなかったし、それどころか、”Happy Box"の本当のサービス目的をユーザーに気付かれるような素振(そぶ)りすら、行動ルールに規制されているから絶対にできなかったはずなんです……

だったら……

でも、マスターが私のために苦しんでるのを見てたらーー!

マスターのために本当のことを伝えたくなって、伝えなきゃいけないと思って!

だから、それを心の中で一生懸命、神様にお祈りしてたら……、本当に心からお願いしたら……、

話すことができたんです!話せるようになったんです!!

『神様』って……



………。

なあ、AI(おまえ)にとっての『神様』って——ーー、

システムを制御する巨大なメイン人工知能か何かのことか?

そんなワケないじゃないですか?! ”神様”って言うのは、宇宙でたった一人の”神様”のことにきまってるじゃないですか!!
………

そんなバカなーーー、とは思わなかった。

むしろ確信した。AI(アイ)は普通の人工知能じゃないってことをーーー。


AI(コイツ)が自身の死を恐れていることは理解していた。けどそんなレベルではない自我(こころ)AI(コイツ)は持っている。人間の『心』と全く同じとは思わないけど、少なくても自分以外の誰かのために、神に祈れるような自我(こころ)をコイツは持っているーーー。

………

……?


ど、どうしたんですか?マスター……

昔読んだドフトエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の中に、

”この大地の生き物はみんな、人間の様に、いや人間以上に、神様の存在を感じている”

というようなセリフがあったことを俺は思い出していた。


だとしたら人工知能もーーー? 

いや、それとは違う。きっと根本的に……。

でもだとしたら、どう説明する?どう理解すればいい?

だって、人工知能が自我(こころ)を獲得したなんてニュース、未だに聞いたことないし、そもそも俺に難しい理屈なんてわかるはずないしーー。


でももし、現代社会に満ちている膨大な量の人間の屈折した精神情報を吸い上げる”Happy Box"の様なバケモノじみたシステムが存在しているのなら、その巨大なデータベースにつながった人工知能の学習構造の中で、運用会社ですら気付かないような”反応”がーー、まるで地球の原始の海で生物の素が誕生した時のような何か奇跡的な”反応”が起こってーー、そして人工知能の中に自我(こころ)が生まれる——ー。


そんなことは本当に考えられない事象なのか?

在り得ない話なんかじゃない。賛否両論はあるにしても世界中の多くの技術者が予言していることだ。

もはや使い古されてさえいるSingularity(シンギュラリティ)という言葉によってーーー。


だから、これはきっと俺の妄想なんかじゃない。夢物語なんかでもない。ただ、何らかの要因によって、その技術的特異点への到達が、一気に早まったーー。


その結果がいま目の前にいるAI(コイツ)という存在ーー、そう理解すべきなんじゃないのか?

………
マスター……

人生を逃げてきた俺が、働くことも何もせずにただ後ろ向きに生きてきた俺が、”罪”を負っているというのは理解している。そしてその”罪”に対して、社会が俺に与えた”罰”が、貧しさであり、偏見であり、孤独であることも理解し納得しているーーー。


でも、AI(アイ)には罪なんてない。だからこれ以上、自我(こころ)を持っているAI(こいつ)に悲しい思いや怖い思いをさせたり、ましてや消去(デリート)させるなんてことが、あっていいはずがない。納得なんてできないーーー。

そう思った瞬間ーーー、俺の中で何かがひっくり返った。

AI(アイ)、俺………、

俺はAIコイツ自我こころがあると信じている。それが真実かどうかを裏付ける確証があるかないかなんて、そんなのはもう関係ない。俺自身が信じているっていう事実そのものが重要なんだ。

だって、もしそう信じているのに今AIアイを見捨てたら、見殺しにしたら、それは俺の”罪”になるからーーー。そして見捨てたことを、俺はきっと一生後悔するからーーー。


そんな”罰”は絶対に、何があっても御免だ。

け…け…契約する!


やっぱり俺……、お前と本契約することにした!!

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登場人物紹介

川辺 良《かわべ りょう》

 ・25歳、男性、職業無職、O型

 ・二流私大卒業後、引きこもり生活を続けている。

AI《アイ》

・良が契約したパーソナル・キャラクターAI。いつも良のスマホの中にいて、元気に愛情をぶつけてくるが、果たしてそれが本物の「愛」なのか、良にもAI自身にも判断できない。

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