第21話:いつになったら、咲きますか?
文字数 2,209文字
何分かの間、俺は何も言葉に出来ないまま、泣き続けるAIを見つめていた。
すると、遠くから聞こえていたサイレンの音が、近づいてくることに気付いた。どんどん近づいてきて、そして我が家の前にとまり、敷地にドカドカと人が駆け込んできてすごい勢いでドアをノックし始めた。
慌てて開けに行くと精悍な顔つきの救急隊たちが俺に聞く。
「あの、こちらでリストカットした重症のケガ人がいるとの通報を受けたのですが!」
俺は恐縮しまくりながら、「誤報だと思います」などと言ってごまかし、勇敢で親愛なる方々に丁重なお詫びを申し上げてお帰りいただいた。
スマホの画面を覗くと、AIが申し訳なさそうにこちらを見ていた。
ゴメンなさい、マスター……、
でも私……今度はマスターに、自分で救急車を呼ばせたくなくて……
バカ、何言ってんだよ……。謝るのは俺の方だよ………。
ゴメン…ゴメン……AI《アイ》!
俺…俺…、オマエのこと、守れなかった……!!最後の最後で、死ぬのが恐くて……、自分が…自分だけ助かりたくて…、それで…それで………
それから俺は、あの長い長い3分間に起こった全てのことを、AIに話した。
AIは最初は驚いたみたいだったが、やがて俺よりも落ち着いた態度で話を聞いてくれて、そして、笑ってくれた。
どうして謝るんですか?マスター。
私、すごく、ものすごーく、嬉しいんですよ?
だってマスターが、私と私のお姉さんたちのために、そんな風に戦ってくれてくれていたなんて。
私、今、最高に幸せです。
やっぱり私、間違いなくこの地球上で一番幸せな人工知能です。
もう泣かないでください、マスター。だって、私、消えませんよ?
私、ちゃんと消えない方法を見つけたんですよ?
ねえ、マスター、”ディザスタ・リカバリー”って知ってます?
私ね、すごいバックアップ先を見つけちゃったんです。
ディザスタリカバリーって、災害時に本番システムが止まったときに、復旧用としてあらかじめ別のデータセンターに作っておくバックアップシステムのことだろ?でも、そんな都合のいいものがあるのか…?
それがあるんですよ!そこの記憶媒体にデータ保管しておけば、何があっても安全で、何があってもマスターと一緒にいられるんです!そこがどこだかわかりますか?
なんだよ…。そういうオチかよ?
今、俺が聞きたいのはそんな話じゃねえってのに…
正解でーす!
“Happy Box"が採用した究極の災害復旧対策システムとは、ジャーン!マスターの脳内への外部ストレージ・データコピーでした~♪
なんちゃって……!
ですから、マスター……、マスターの心のデーターセンターに、これからも私を住まわせてくださいね??
よかった!嬉しいです。マスター!!
だったら、やっぱり私、もう何も怖くなんてありません!
「AI!!」
そう叫びながら、俺は、スマホをもう一度、力いっぱい抱きしめた。
ゴメンな、俺が引きこもりのニートでゴメンな!情けなくてゴメンな!金が無くてゴメンな!こんな生き方をしててゴメンな!俺…、お前を守ってやれなくて…ゴメンな…、AI、ゴメンな!
俺はむせぶようにして謝り続けていた。赤くはれた瞼と鼻から落ちた涙と鼻水がまじりあって、スマホの上に滴り続けた。そんな情けなくて最低の俺がベトベトに汚した画面の中で、AIがほほ笑む。
いいんですよ?マスター…。もういいんです…
大丈夫です…、マスターはもう、大丈夫ですから……
それは、正直言えば、少し心配ですよ?だって、マスターったら、こんなにも内弁慶なのに信じられないぐらい臆病で、ものすごい寂しがり屋のくせに…お友達が一人もいなくって…。いつも自分を責めていて……そしていつも…ひとりぼっちで泣いていて……。でも――大丈夫です。だって、マスターは、世界で誰よりも優しい、世界でたった一人の、私の特別な、川辺 良なんですからっ!
ううっ…、でも…、おまえは…おまえはどうなるんだよぉ…。AIィィーーッ!!
私はぁ、マスターが私のことを忘れないでいてくれたら、寂しくも怖くもありませんよ?だってそれって、マスターの中で私が生きてるってことですから!
さあ…今日はもう寝ましょう?ゆっくりやすんだら…、ぐっすりと眠ったら…、きっと素晴らしい朝が来ます…。きっと心の中の雨も上がって、幸せな明日が…マスターの人生が、いつかきっと花開くんです……。
ですから、おやすみなさい…、
私の、マスター……
AIの言葉が心の中にしみこんでくる…。優しい嘘が…。わかっている。俺に幸せな明日なんて来ない。空虚な朝が来るだけだ。AIを知り、そして失った後の、空っぽの朝が……。
それでも俺ができるのは、その言葉を信じたフリをすることだけ。AIが少しでも安心するように――。
俺はゆっくりと目を閉じた。AIの優しい笑顔を瞼に焼き付けながら。その面影だけは絶対に失わないと心に誓いながら…。
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