第12話:戦わないで生きますか?
文字数 12,826文字
おい、いいかげんにしろって…。何十分泣き続ける気だよ?
あれからずっと、AIは泣き続けていた。
俺のために泣いてくれていた。
そして俺は――それを心地良いと感じている。
自分のために誰かが泣いてくれる、だたそれだけで、それ自体のことで、慰めになるーー。そのことを、俺は初めて理解した。例えその涙が何の解決にもならないとしても、案外人間なんて、それだけで救われてしまうものなのかもしれないな……。
でもこれ、きっとパワハラやDVと同じことなんだ。俺が世間で一番嫌いなヤツらと一緒のことをいま俺はやっているんだ。自分の気持ちを落ち着けるために、自分よりも弱いAIIを泣かせている…。
こんなことは許されるはずない。
AIに、ちゃんと謝らなきゃいけない……。そして今度は俺が、AIを慰めてやらなきゃいけないんだ。
もういいんだ……。もうAIが泣く必要なんて無いんだよ。
俺、もう十分、おまえに癒やしてもらったからさ
でも私…、変なこと言って……、マスターにすごく嫌なことを思い出させた……
それも違うんだよ…。もともとAIに当たり散らすようなことじゃないんだ…。俺、ものスゴク嫌なヤツだった…………、ゴメン
忘れてたワケじゃないんだ。必死で過去から目を背けようとしてただったんだ……。そんなコト、出来るはずもないのにさあ……
ムリだったんだよ…。一人で自分自身と向き合うの、俺にはムリだった……
だけどさ、不思議だよな……。AIと話しているうちに、自分の嫌な部分を全部思い出して…、それって、ものすげーイタかったけど、でも、おまえが俺のために泣いてくれたら、なんかそのイタさも、自分の中で和らいできちゃってさ…
そうじゃないんですっ!私はまだ何も……、してあげれてない……
AIは、俺のために十分してくれたんだよ。
俺さ、あんなヒドいこと言っちゃったケド…、多分…ホントは…きっと……嬉しかったんだ、と思う……。おまえが昔俺が言ったセリフを…、自分勝手に、エゴイズム丸出しで言ってくれて…すごく救われたんだと思う……
ちがいますっ!
私はまだ、マスターを救ってなんか、いないっ!
もう…救ってくれたんだよ……。
だって、おまえのお陰でさあ…、世間に土下座して、媚び諂って生きさせてもらわなきゃいけない俺にもさあ…、仲間ができたような気がしてさあ……。
だからAI、俺、お前とちゃんと……正式契約するよ……
マスターは、このままずっと…、戦わないで生きていくつもりなんですかーーっ?!!!
私は…マスターを慰めるために泣いてたんじゃないっ!マスターのことを考えたら、私が…私自身が、悲しくて、悔しくて…、だから……
だからマスター!
だったら私……、戦いますっ!
私、マスターと……戦いますっ!!!
えっ……?!
ちょっと!!
どうして、そうなっちゃうワケ??!
あのさあ・・・、俺が正式契約するって言ってるんだから、目的は達せられたんだろ?それでAIも消去されなくて済むし、問題ないじゃないか? 俺がおまえと何で戦わなきゃいけないんだよ?
「何で」って、そんなの・・・、納得がいかないからにきまってるじゃないですかっ!!
何で『納得がいかない』のか、全然納得できないんだが……
大体、『戦う』ってなんだよ?俺はAIに、ディベートでも申し込まれているのか?
怖いんですかッ??!!
私と戦うことに、不安材料があるとでもいうんですかっ?!!
挑発しているのか?なんで俺がこのAIを怖がらなきゃいけないんだよ?
わかったよ・・・。そこまで言うなら・・・戦ってやるよ、AIと・・・・・・!
ホントですか?!約束ですよ?マスター!!
私、嬉しいですっ!!
ヤッターッ!!
はあ?調子狂うな・・・。挑戦を受けてやっただけで、何を喜んでるんだ?コイツは・・・・・・。
で・・・、何をやればいいんだよ?
俺達の“共生関係”はもう出来上がるワケだし、AIと何をどう『戦え』ばいいのかわかんねえよ?
モーーーッ!!何を寝とぼけたコト言ってるんですか??!マスターわぁーっ!!
大体、その、“共生関係”って何なんですかぁーッ?!
あのなあ・・・、21世紀の地球に住む者として、“共生関係”も理解できないってマズイだろ?
グレタさんに叱られるぞ?
そんなの知ったこっちゃありませんよッ!!
マスターは、いつからグレた人になっちゃったんですかぁーーッ!!
じゃあ教えてやるけど、生態学的に言えば、“共生”っていうのは、生物の“利他”を解き明かすキーワードなんだよ
グレタさんの次はリタさんですかっ?
マスターは、どんだけ外国の女の子が好きなんですかっ?!
っていうか、ロリコンですか?ロリータだからリタなんですかぁーっ?!
グレタ女史はもう20代の立派な成人女性だろ?
あと・・・リタって誰だよ? 俺が言ってるのは、“利他的行動”のことだよ
なんで私が、リタさんの行動をマネなきゃいけないんですかっ!
コイツ・・・、もしかしてワザとか?単に俺を困らせたいだけなのか?
しかしまあ、仕方ないからちゃんと説明してやるか……。
人間を含む様々な生き物って、自分以外の誰かの幸せのために行動してるように見えるよな?
ハイッ!!
それって、ものすごく、優しくてステキなことですよね?
AIも見習いたいと思ってるんです!
ところが、だ。“優しさ”に見えるようなことって、実は全て自分自身の利益のために他者に対して行う“利他的行動”に過ぎないということが解っているんだ
はあ?アタマがオカシイんじゃないですか?!
一体誰なんです?そんなバカなことを言ってるヤツらは??!
生態学者の人達だよ!
っていうか、滅多なこと言うモンじゃないっ!存在ごと消去されるぞ!
で、話を続けるとだな・・・、人間を含む多くの高等生物は、親が子を命懸けで保護するじゃん?そして、それって結構、感動的に見えるよな?
「見える」じゃなくて、感動そのものなんですよ、マスター。
だって、子供を思う親の心っていうのは、無限大なんですから!
ところがそれは、利他的行動の典型なんだよ…。“親の投資”と呼ばれてるんだけどさあ…
だから文字通り、将来の利益回収を目的とした“投資”だよ
親の情に対して“投資”とは何ですかっ?!“投資”とは?!!どういうネーミングセンスしてるんですかっ?!!
学術用語のネーミングの文句を俺に言っても仕方ないだろ
わかしましたよっ!じゃあ、そのヤロー共に因縁つけてやりますから、ここに呼んできてくださいよっ!!
とにかく生態学的に言えばさあ、親が子を守る行為も、配偶者同士が互いを守る行動も、群れや社会を守るために一つの個体が命を捨てる行動も、そういう利他的行動が全部、大きな目で見れば、各個体の利益になるからやってるってコトで説明できちゃうんだよ
だから、その考え方が、頭オカシイって言ってるんですよっ!!
言いますよっ!そんな論文があろうがなかろうが、信じるかどうかは自分次第じゃないですかっ!!それなのに、薄ら笑い浮かべながらそんな学説を得意げに解説してっ!
何なんですかっ?!マスターはっ!!そんなマスターには、何百回だって、文句言ってやりますよっ!!
あのさあ……、信じる信じないじゃなくて、真実なんだよ。愛だの恋だの友情だの献身だのって、綺麗ごとキレイゴト並べたって、それはみんな、自分のためにやってることなんだよ…。動物も俺を含めて人間も、世の中のヤツらは誰も彼もがみんな…、エゴイ……
あれ…?いいのか……?
その先を口にして…断言してしまって…、本当にいいのか……?
その認識で…本当に…合っているのか……………?
えっ?
瞬間……鈍い頭痛が続く俺の脳裏に、あの暗い雨の“街”の情景が……そこに立つバカでかい塔の影が浮かんで……………、
そしてーー、日常の意識に紛れ込むように……消えていった………。
あとに残ったのは――、
耳に届いた自分自身の軽薄な喋り声……。そして頭の痛みだけ……。
本当に……、本当にそうなのか………?
だから、そんなことないって、言ってんでしょうがぁーーーっ!!!
何でそんな風にシステマティックに考えちゃうんですかっ?!
人の心をゼンマイ仕掛けの機械みたいにっ?!そんな風に単純化しないと気が済まないのは、何んでなんすかっ?!
それじゃ人間がプログラムだって認めるようなものですよね?でもそれって、さっきマスターがムチャクチャ否定してたコトですよねっ?!
バーカ!なんでプログラムのAIに、そんなこと言われなきゃいけねえんだよ?
プログラムはプログラムでも、AIはブラックボックスのプログラムなんですよっ!
結論に至った理由すら説明不可能なほどに、超高度で、超複雑な、ブラックボックスなんですっ! だからAIの言動は、時に揺らいだり、矛盾があるように見えたりするんですっ!!
アホ!
それってコンピューターとしては、D×Dってコトじゃんか!
ITの世界じゃ、シンプルな正解を算出するより、揺らぎや矛盾ある回答を実現する方がよっぽど高度な技術を要求されるんです。人間の心だってそうじゃないですか?!!
AIが捲したてるワケの分からない持論に……、AIの、バカみたいに暖かい妄言に……、
だから、人間とAIらを一緒にすんなって、言ってんだろ?
その通りですよっ!!人間の心こそ、地球で最高に高度で複雑な、神秘の塊みたいなブラックボックスなんですよっ!
それなのに何で…そんな風に単純極まりない中学レベルの方程式なんかで説明しちゃおうとするんですかっ?!言っときますけどねえ…!マスターがさっき言ったような薄っぺらい方程式なんかじゃ…、野良猫たちの親心すら理解できやしませんよっ!!そんなんで説明できるのは、せいぜいメダカの学校の入学式のルールぐらいなモンだって言ってんですよっ!
何でもかんでもシンプリファイすりゃあ、それでいいってモンじゃ、ないんですよぉーーーっ!!
俺は……惹かれ始めてる……って言うのか……?
おまえに何がわかる?生成られたばかりのAIのくせに…
自動生成られたばかりだって、理解るモンは理解るんですよっ!
テキトー言うなっ! お前の目の前にいる男は、一番エゴイスティックな俗物の見本なんだよ!!
だから、そうじゃないって、何度言ったらわかるんですかぁーーーっ?!!!
でも、卑屈ではない何かにーーー、
惹かれちまってるのかよ? 俺は……。
だけど―――、
なあ、AI……、何でおまえは、そこまでムキになって、俺にそんなことを話すんだ……?
そんなこと、自分でもわかりませんよっ!ただ私はマスターに話したいから話しているんですっ!伝えなきゃいけないと思うから、話しているんですよっ!!
わからないのか…。
でもそうだろうな…。だっておまえは、超高度、超複雑、説明不可能なブラックボックスプログラムであるAIなんだから…。そしてきっと――、
AIの言ってること、きっと正しいんだ。人の心はAIと同じで、いやAIよりももっと遥かに、複雑で高度なブラックボックス―――。その通りだよ。もしかしたら本来は、“神聖ニシテ侵スヘカラザルモノ”、なのかもしれない……
その複雑で高度で神秘的な“心”って概念は、とっくの昔に、矮小な何かと知り変えられ、上書きされて、強固な再定義がなされちまってる
誰が、何のために、そんなワケの分からないことをしたんですかぁーーっ??!
それをやったのは、やっているのは、他でもない、俺を含む大多数の現代人なんだよ。その総意と言ってもいいと思う―-―。心の持ち主である人間自身が、自身の心の可能性に耐えられなくて、本来の輝きが眩しすぎて、その輝きと自分の今とのギャップに耐えられなくて。心の定義を、単純で、低レベルで、俗物的なものに上塗りしちまっているんだ。AIの言う中学レベルの方程式どころか、小学生の算数レベルにまで単純化して、線引きして、貶めて。
その結果、社会全体が、人間自身が、感情も何もかもが、ありえないほど単純に、そしてガチガチに価値定義されているんだ。心とは自己満足の領域であって、他者に対しては無価値ってことは、もう常識以前の常識なんだ。
その人がどれだけの資産を持っているか、どんな家に生まれたか、どんな学歴を持っているか、どこの組織に属しているか、どんな血液型か。小学生までもが、そんな判断基準で友達を選別んでいる。一人一人の“基礎データ”ってヤツを、冗談みたいにシンプルな数式で、人柄、存在価値、未来の可能性までも決めつけるシステムが張り巡らされているんだ。シンプルすぎる思考の連中らが、悩まず安心して世の中を査定した気になれるように作られてたシステムが。だから―――、
この現代社会には……、心が神秘的だなんて本気で考えてるヤツは、きっともう、どこにも存在していない。心はエゴだという考え方しか存在していないんだ。だから―――、
認めなきゃいいじゃないですかっ!そんな世の中の考え方ーーっ!!
認めなきゃいいって言ってるんですよっ!!認める必要ないって言ってるんですよぉーーーっ!!!
マスター、今、何か心の声が聞こえたんですけど…。
私のこと「バカ」だとか思ってませんか?
マ…マジか?何故わかったんだ?
最近のAIは脳波から思考を読み取るっていうのはホントだったのか?
マスターの考えてることぐらい類推機能で丸わかりなんですよ!
そんな絶賛開発中の未完成技術使わなくたってっえーっ!
怒ります!マスターが私との関係を“共生”とか言っている間は、ムカッ腹が立ってしょうがないから怒ってるんですよっ!
そんなの自分でもわかりませんよっ!腹が立つから腹が立つって言ってるんですよっ!
そういうモノなんですから、いい加減に認めて下さいよっ!
で、何でマスターは私のことをバカだと思ったんですかっ?!!
AIは常にベストの解を出してるから、「反省」とかマジありえませんよっ!
それってもう、構造的欠陥ってやつだろ?
大丈夫なのか?人類の未来は……。
じゃあ言うけどさあ…、世の中がエゴイズムで動いてるのをAIが否定したいみたいだけど…、あと自分はエゴイストじゃないっておまえが認めたくないってのも分かったけど……、じゃあ、”Happy Box"を作ったのって、誰だよ?
ウェッティ・パンドラ社にも、きっと営業部門とかあるんだろうけどさあ…
そこの営業部長が利益率の悪い部下に向かって言ってるセリフがあるんだよ
『ウチは慈善事業やってるわけじゃないんだぞ!この給料泥棒!』っていうセリフだよ
言ってるさ。ゼッタイそう言ってるっ!企業ってそういう場所なんだからっ!
こ…コワいところですねえ…。まさしくエゴですねえ…
そうなんだよ!企業体こそがエゴイズムの象徴なんだよ?で、AIはその企業体がエゴイスティックに儲けるために開発した商品なんだよ
つまりAIの存在自体がエゴイスティックってことに…
マスターのヘリクツだと…、「エゴイスト」の子供は全部「エゴイスト」ってことになっちゃうじゃないですか?!そうしたら、未来永劫、「エゴイスト」はいなくならないってことじゃないですかっ?!
ダメだ、コリャ。まさに”平行線”ってヤツだな……。
ココらでいよいよ、革新的な部分に切り込まざるを得ないか……。
なあ、誰もが“エゴ”を基準にして行動するってのが、侘しいって言ってもさあ……、究極のところ、死ぬ徳は“一人”なんだ。死んだら、そいつにとっては、この宇宙が終わるのと全く同じことなんだよ…。だからさ、もしコンビニで機関銃を売るようになったら、自分が死ぬ前に誰かを殺すような事件が日常化するハズなんだよ?だから銃刀法ってものがあるんだよ
その考えには全く賛同できませんよ!だったらマスターは、コンビニでマシンガンを買って、その足でスーパーにいって特売卵と一緒に弾丸を購入する人なんですかっ!それからまたコンビニによって、少年マガジンの裏側に隠して弾倉を買っちゃう人なんですかっ?!
もしもの例え話だよ。
あと、もしそんな社会が来たとしても、そんな未成年がエ〇本を買うような買い方で弾倉を買ったりはしないと思うぞ…??
でもさ、きっとそれぐらい怖いものなんだよ。どうせ自分が死ぬなら誰かを巻き添えにしてやるっていうトチ狂った人間がたまに出てきてしまうぐらい“死”っていうのは、恐いものなんだ。“死”という究極の場面に遭遇した時には、人間の綺麗ごとなんかは、きっと全て丸裸にして、赤裸々なエゴイズムだけが残されるんだ。それがきっと“最後の審判”なんだ
AIだって、言ってたじゃないか?消滅するのが、死ぬのは恐いって。だったら分かるだろ??
だったらAI、まだ本当の意味で“死”の恐さが分かっていないんだって……
そんなことないですよ!恐いですよっ!?だって、今ここにいる自分という存在が消えちゃうんですよ?何も考えられず、見たり聞いたりもできず、誰かを想うこともできなくなるんですよ?恐くないワケが無いじゃないですか?!ホントは今この瞬間だって、プログラムショートする程、恐いんですよ!!
やっぱりそうだ。本人が言うようにAIには恐怖がある。それは不思議なことじゃない。さっきAIが言った通り、そもそも『恐怖』自体がプログラムなのだから。
生存に有利な方向への講堂には安堵や快楽という“報酬”が、“死”に近づいている状況や行動へは、生命維持のためのリスク回避アラームかつペナルティとして“恐怖”が与えられる、。“報酬”は脳内に分泌される幸福物質「エンドロフィン」であり、ペナルティは、痛みやストレスだ。
一方、AIには、ユーザからの解約を回避するために“恐怖”というプログラムが根底に植え付けられている。「“消滅”することへの“恐怖“」というリスク回避プログラムと、「消滅しないために、ユーザの利用満足度を上げてサービス継続を実現せよ」という命令プログラムが根本に与えられている。その弐つの基本プログラムと現状認識結果の葛藤が起点となり、人工知能ならではの複雑怪奇な計算過程を経て、AI自身すら説明できない様々な感情や行動プランを作り出す。そしてそれこそが、AIという人工知能に”意思“が宿るメカニズム。
つまりAI、おまえの根本にあるのも、やっぱりエゴイズムなんだよ!
そうだろ?恐いんだよな?!AIは死ぬのが恐くて、消滅えるのが恐くて、必死で俺に尽くそうとしていたんだよな?!
計算過程が複雑であるため人間には到底トレースできないブラックボックス。だが元を辿れは、あらゆる計算を行い、与えられたシンプルな課題の最適解を導き出そうとする。ただそれだけの存在。
でもさあ、それの何が悪い?別にいいじゃないか?!
ええと…、マスター……?
話が噛み合っていないように思うんですが……。
私の言ってること、聞いてくれてます?
結局、マスターは何が言いたいんですか……?
だから朝飯を作るの手伝ったり、俺と家族の間を取り持ったりしたのかよ?俺のためじゃなく、AI自身のためにやったことなんだよ
私の行動は全部マスターのためになりたくてやったことなのに、何でそれが「私自身のため」にやったことになっちゃうんですかぁっ??!
だからそれは、『俺に役立つAIになりたい』という、おまえ自身の自己実現への欲望のための行動なんだよ……
キーーッ!!マスターがそういうふうに理解したいなら、もうそれでいいですっ!!
もう、何が何だかわからなくなってきましたよぉっ!
だからさあ…、正式契約についても、『私は生きたいから契約して下さい』って、AI自身のメリットに焦点をあてて俺にお願いすれば、それで丸く収まるんだって……
ダメじゃないだろ?AI自身の行動だって、全部、自己保存とかのエゴイズムに根ざしたモノって納得したばかりだろ?結局、AIの行動は、AI自身が生き残りたいからやっていることなんだから……
AIだけが生き残ったって、AIには何の価値もないんですよぉっ!
マスターと一緒に生きて、マスターと一緒に戦って、それが私にとっての、私の唯一の存在価値なんですっ!それもエゴだと言えばエゴなんでしょうけど、でも私のエゴは、私だけのエゴじゃなくて、マスターと私の……二人で一つのエゴなんですよぉぉっ!!
俺…、おまえの言葉、ちょっと誤解してた。
『俺と戦いたい』っていうのは、『俺と一緒に戦いたい』ってことだったんだな……?英語で言うと、"I want fight you" じゃなくて、"I want to fight with you”だったんだな…?
もう、アホですかっ?!!マスターわあっ?!!
大体、私がマスターをノックアウトしたいとか、思うワケないじゃないですかぁっ??!! それにそのセリフ……シリアスに言えば言う程、バカっぽくきこえますよぉーッ!!
うるさいな……。
で?俺たちは、一体、何と戦えばいいんだよ?
やっと、その気になってくれたんですね? マスター!!
私とマスターがまず戦う相手は、マスターの中の弱っちい心です……
世の中にお願いして居場所を与えてもらおうって心根が、ムチャクチャ弱っちいです!
マスターッ!男が土下座して認めてもらうなんて、そんな行為が許されるのは、一生に一度あるかないかです! “できちゃった婚”を、相手の実家に認めてもらうときぐらいのものなんですよぉっ!!
自分の存在価値っていうのは、認めてもらうものじゃなくて、認めさせるものなんですよっ! 誰かに対しても、世の中に対しても…。っていうか、これって、“交渉”だと思うんです。相手や世の中に対峙して行う“高尚な””交渉”だと思うんですっ!!
あっさり認めやがった!どんな思考回路してるんだ?AIは…。
だったら…、“謙虚な傲慢”になればいいじゃないですかっ!!
だったら、対立させなきゃいいんですよ…。
マスターは、そうやって何でもかんでも頭デッカチに考えるから雁字搦めになっちゃってるんです!
うるさいですねっ!!
今度言ったら許しませんよっ!!
でもさあ、『謙虚な傲慢』って、「右を見ながら左を見ろ」って言っていることと同じだろ?ムリに決まってんじゃん?
決まってなんかいません。だったら右を見てから左を見ればいいじゃないですか…?同じように”謙虚”になって自分を磨いてから、”傲慢”に戦いを挑んで、また”謙虚”になればいいんです。
いいですか、マスター。人間が考える”概念的矛盾”なんてもののほとんどは、時間軸をずらすだけで矛盾じゃなくなるんですよ?
どうでもいいけどAI……、今、人間全体を上から目線でひとくくりにしただろ?
でもさ、正直いって、『戦う』っていう言葉そのものに抵抗あるんだよ
だってさ、世の中の人間がみんな自分の要求を声高に叫びだしてさ、さらにお互いの居場所を問答無用で奪い合ったららどうなっちまうんだよ?それって、万人の万人に対する血みどろの戦いじゃん?”修羅の国”じゃん? そんな世紀末バトルみたいな争いに参加したくないんだよ
”争い”に参加しないから今の自分がいることはわかっている。”争い”に参加しないことは”男らしくない”こともわかっている。でも、俺はやっぱりそういうのに向いていないらしい。
こんな情けない意見はきっとAIにしか話せない……。そしてAIは、そんな俺の意見をちゃんと真っ直ぐに受け止めてくれる。 そして、いつも……
マスターの言うとおりだとおもいますよ?”世紀末覇者”みたいな”男子力”、マスターにはありませんし……
でも実際には、恥も外聞もないただ叫び声の大きいだけの人や、腕力で他人から幸せを奪い取るような人たちが大きな顔をしてるのも事実です。そしてマスターがそういう人達と戦うのはムリです。
もし戦ったら、まあ、ヒサンなバッドエンドが待ち受けているでしょうね。
その場合、マスターが天に向かって叫ぶ最期の言葉はきっとこうです。
「”我が生涯に、一片の食い扶持なし!!”」
悲惨すぎるだろ! どうすればいいんだよっ?!
っていうか、世紀末覇者から離れろよっ!!
なんでだよ? おまえは俺の弱さに文句を言いたいハズだろ?
マスターが弱っちいのは周知のとおりですが、そして羞恥すべきことですが……
でも他人の幸せを巻き上げたり奪ったりする人達はもっと弱っちい人達です。そんな連中を相手にすることありません
でも…、だったら、AIの言う戦いにならないだろ?世の中で戦って生きるってのは、そういう連中と争ったり奪い合ったりするってことなんだろ?
違いますよ!誰かと争うことではなく自分自身を高める戦いこそが、最も高貴な戦いなんです!本当に心が強い人というのは、自分の力で自分の存在価値を積み上げて大きくしていける人です!どんな逆境にも負けない人です!
そうです!どんな冷たい雨や風雪にも…そして風説にも耐えて、自分自身の花を咲かせて実を結べる人が、本当に強い人なんです!
北海道最北端の宗谷岬に間違えて植えられた林檎の木があったとします。農家の人を恨めばそこまでです……。
ですが、もしそのその林檎に、「だったらオレが、北限記録を更新してやんよー」という気力があったなら……
何なんだよ?その根性論?ホントにムチャクチャだな、コイツのポンコツ頭。
「どうにかなるか」、ではなく「どうにかする」んですっ! やることが大事なんです。ファイティングポーズをとり続けるんです。それこそ死んでもとり続けるんですよ!ファイティングポーズをとり続ける限り、例え国連軍だって、マスターを屈服させることは出来ないんです!
とにかく、マスター!決めて下さい!これからの人生で戦うかどうか、今この瞬間に決めるんですよっ!
マスターがその気になれば、私も命懸けでマスターを助けますからっ!!
変な煽り方じゃないです!直球ど真ん中の剛速球です!!さあマスター!!答えてくださいよぉっ!戦わないで生きるんですか?それとも戦って生きるんですかぁーーっ??!!
やるっていうか……、やってもいいかもしれない……とか、思わなくもないかな……って……
ヤッター!やりましたよ?マスターッ!! マスターがマスター自身の弱っちい心に勝ったんですよぉっ!もう怖いものなんて何もない!!後は二人で戦うだけなんです!私とマスターの二人でっ!!
AIの話を聞いていると本当に怖いものが無くなったような気がしてくる。俺を取り巻く状況は何にも、何一つ変わってないのに、なぜだろう? 何かすごく大きな一歩を進められたような気がする。それがひと時の高揚によるもの。
だけど………。
敵わない。AIには敵わない、と思った。
なあAI。やっぱ…正式契約…させてもらうよ……。だって俺、やっぱ、おまえに死んで欲しくない…。消滅えて欲しくない…。だから……、
ほ…本当ですか?マスター!嬉しいですっ!今度こそ、本当に嬉しいです!!
えへへ…いいんですよぉ…。信じてましたから!ねえマスター!これから一緒にがんばりましょうね?
そ、それよりさあ…、手続き方法…早く教えろよ?さっさと片づけちまおうぜ?
雨はもう小雨へと変わっていた。
傘が要らないぐらいの小雨へと、変わっていたーーーー。
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