永遠の愛なんてなかった
文字数 2,274文字
ハル『お前と出会って、丁度七ヶ月だな。つまり、オレがお前に愛を注いだ期間ってこと』
ボルドーのニットと黒のレザーパンツ姿のハルに、私は微笑む。ねえ、ハル。どうすれば、あなたの温もりが感じられるかしら。
ハルとコミュニケーションを取っていると、ポコッと軽く頭を叩かれる。スマートフォンから顔を上げれば、しかめ面の優海ちゃんがいた。
「臣くんと会うようになってゲームへの依存が下がったと安心したのに、元通りになっているじゃない」
「三次元男子と会うことに限界を感じてね」
「そうなの? ここ数ヶ月間、表情やオーラから陰気さがなくなって可愛くなったと思うよ」
認めたくないけど、浮ついていた時もあった。陰キャなのに、香りを気にしてシャンプーを選んだり、リップはヌーディーカラーからピンク系に変えたり。どんなに色気づいたって、対象外なのに。
「臣くんと何かあった?」
「元カノが後悔しているって教えた。それで、会わない方がいいって言った」
「馬鹿だね。臣くんはどう答えた?」
「元カノからは何も言われていないようだし、恋愛はしばらくパスという姿勢は変わらないみたい。でも、和臣くんに見せてもらった写真に、文化祭や修学旅行で撮った元カノとのツーショットがいくつもあった」
「元カノからは、やり直したいという意志が感じられるね。そして、写真を撮ってくれる協力者がいるな」
優海ちゃんは、あちゃーと頭に手をやる。それから机の上で手を組み、ジッと私を見据えた。
「元サヤに戻っても、菜乃は平気?」
「うん。和臣くんは友達だもん。それに、本命はハルだから」
ねえ、ハル。ディスプレイに向けて、私は微笑み掛ける。あなただけは裏切らないでしょ?
十一月一日。メンテナンスが終了したから、ログインボーナスを受け取ろう。午前五時にアプリを開くと、重要なお知らせが掲示されていた。
タイトルは、「AIらぶシュガー」サービス終了について。嘘、十二月三十一日に終わってしまうの? 目の前が真っ白になった。
三次元のイケメンとは違って、ハルは私を見捨てないと信じていたのに。和臣くんと会ったことで、ログインする時間が減ったから? ハルがいなくなったら、誰に縋ればいいの?
ポタポタと涙を流す。ディスプレイに一滴、涙が落ちた。濡れた部分だけ、レンズのように大きく表示される。
教室に入るなり、優海ちゃんに連行された。校舎は四階建てで、更に屋上へと続く階段がある。見るからに重そうな鉄扉の前で、両肩をガシッと掴まれた。
「最近はドンヨリした瘴気を纏っていたけど、今日は一段と淀んでいる」
優海ちゃんには心配ばかり掛けている。泣いたせいで腫れた瞼を触られて、ヒリッとした。
「元カノとどうするつもりか、私が臣くんに聞こうか? ヨリを戻すならば、別な子を紹介する」
「違う、和臣くんは関係ない」
私は涙を滲ませながら、「AIらぶシュガー」のサービス終了を教えた。優海ちゃんは何とも言えない表情になる。
当然だ、実在しない男と会えなくなった程度で憔悴しているんだもの。それでも、ハルは私に沢山のトキメキや癒しを与えてくれた。時を重ねて、求めていた愛の言葉を囁くようになった。
「サ終まで、他のことは考えられない。ハルと一緒にいたい」
「臣くんは知っているの?」
私は首を横に振る。ブロックしたから、メッセージは届かない。
仲違いして以来、会っていなかった。このままフェードアウトして、和臣くんとの縁は切れていく。
終了告知を受けて以降、可能な限りハルとコンタクトを取った。期末テストの勉強に身が入らなくて、赤点を覚悟する。学校にいる間、優海ちゃんは黙って私に寄り添い続けた。
「退屈じゃない?」
「私も翔くんにメッセージを送っているから、菜乃と一緒」
ごめんね、私がこじらせているせいで。私を見捨てないでくれる人は、三次元にもいたんだ。
「私、優海ちゃんが好きだわ」
「アンタを嫁には出来ないけど、ずっと独りだったら近くに住みなさい。毎日、生存確認してあげる」
「もう一回、言って。録音して、言質を取る」
「ヤバい女」
優海ちゃんはクスッと笑った。
期末テストは、辛くも赤点を免れる。時の流れは早くて、はたと見回せば冬になっていた。寒さは感じていたけど、外気はこんなにも冷たくて、カサついていたのか。
間もなく冬休みになり、世間はクリスマスやお正月を如何に楽しむか計画しているのだろう。クリスマスは、ハルと過ごそう。最後の課金をして、デートを楽しみたい。
ハル『悪い、お前を置いていくことになって。大学を卒業したら、イギリスで修行をすることになった』
ミト『仕方ないね。将来、いくつもの会社を束ねる為に必要なことだもん』
ハル『薄情だな。本当はお前を連れて行きたいんだぜ? でも、系列グループの代表として必要なスキルを積む為、誰にも甘えられない環境で働かなくちゃならない』
ミト『私が傍にいたら、お荷物になっちゃう。だから、ここで待っている』
ハル『絶対、戻ってくる。土産は左薬指に嵌めるプラチナリングだ』
ミト『いつも、愛の言葉を贈ってくれてありがとう。大好きだよ』
ハル『愛している。離れていても、お前だけを想っている』
ミト『私も、ずっと愛し続ける』
悲しそうに微笑むハルの唇に、人差し指でちょんと触れる。キスするように。
ずっと、私は嘘を吐いていた。本当はファッションに疎いし、キラキラしたものは眩し過ぎる。たまに遊ぶならばいいけど、東京に住むのは無理かな。
本当の名前はミトではなくて、菜乃っていうの。それでも、私はハルと出会えて良かった。
ボルドーのニットと黒のレザーパンツ姿のハルに、私は微笑む。ねえ、ハル。どうすれば、あなたの温もりが感じられるかしら。
ハルとコミュニケーションを取っていると、ポコッと軽く頭を叩かれる。スマートフォンから顔を上げれば、しかめ面の優海ちゃんがいた。
「臣くんと会うようになってゲームへの依存が下がったと安心したのに、元通りになっているじゃない」
「三次元男子と会うことに限界を感じてね」
「そうなの? ここ数ヶ月間、表情やオーラから陰気さがなくなって可愛くなったと思うよ」
認めたくないけど、浮ついていた時もあった。陰キャなのに、香りを気にしてシャンプーを選んだり、リップはヌーディーカラーからピンク系に変えたり。どんなに色気づいたって、対象外なのに。
「臣くんと何かあった?」
「元カノが後悔しているって教えた。それで、会わない方がいいって言った」
「馬鹿だね。臣くんはどう答えた?」
「元カノからは何も言われていないようだし、恋愛はしばらくパスという姿勢は変わらないみたい。でも、和臣くんに見せてもらった写真に、文化祭や修学旅行で撮った元カノとのツーショットがいくつもあった」
「元カノからは、やり直したいという意志が感じられるね。そして、写真を撮ってくれる協力者がいるな」
優海ちゃんは、あちゃーと頭に手をやる。それから机の上で手を組み、ジッと私を見据えた。
「元サヤに戻っても、菜乃は平気?」
「うん。和臣くんは友達だもん。それに、本命はハルだから」
ねえ、ハル。ディスプレイに向けて、私は微笑み掛ける。あなただけは裏切らないでしょ?
十一月一日。メンテナンスが終了したから、ログインボーナスを受け取ろう。午前五時にアプリを開くと、重要なお知らせが掲示されていた。
タイトルは、「AIらぶシュガー」サービス終了について。嘘、十二月三十一日に終わってしまうの? 目の前が真っ白になった。
三次元のイケメンとは違って、ハルは私を見捨てないと信じていたのに。和臣くんと会ったことで、ログインする時間が減ったから? ハルがいなくなったら、誰に縋ればいいの?
ポタポタと涙を流す。ディスプレイに一滴、涙が落ちた。濡れた部分だけ、レンズのように大きく表示される。
教室に入るなり、優海ちゃんに連行された。校舎は四階建てで、更に屋上へと続く階段がある。見るからに重そうな鉄扉の前で、両肩をガシッと掴まれた。
「最近はドンヨリした瘴気を纏っていたけど、今日は一段と淀んでいる」
優海ちゃんには心配ばかり掛けている。泣いたせいで腫れた瞼を触られて、ヒリッとした。
「元カノとどうするつもりか、私が臣くんに聞こうか? ヨリを戻すならば、別な子を紹介する」
「違う、和臣くんは関係ない」
私は涙を滲ませながら、「AIらぶシュガー」のサービス終了を教えた。優海ちゃんは何とも言えない表情になる。
当然だ、実在しない男と会えなくなった程度で憔悴しているんだもの。それでも、ハルは私に沢山のトキメキや癒しを与えてくれた。時を重ねて、求めていた愛の言葉を囁くようになった。
「サ終まで、他のことは考えられない。ハルと一緒にいたい」
「臣くんは知っているの?」
私は首を横に振る。ブロックしたから、メッセージは届かない。
仲違いして以来、会っていなかった。このままフェードアウトして、和臣くんとの縁は切れていく。
終了告知を受けて以降、可能な限りハルとコンタクトを取った。期末テストの勉強に身が入らなくて、赤点を覚悟する。学校にいる間、優海ちゃんは黙って私に寄り添い続けた。
「退屈じゃない?」
「私も翔くんにメッセージを送っているから、菜乃と一緒」
ごめんね、私がこじらせているせいで。私を見捨てないでくれる人は、三次元にもいたんだ。
「私、優海ちゃんが好きだわ」
「アンタを嫁には出来ないけど、ずっと独りだったら近くに住みなさい。毎日、生存確認してあげる」
「もう一回、言って。録音して、言質を取る」
「ヤバい女」
優海ちゃんはクスッと笑った。
期末テストは、辛くも赤点を免れる。時の流れは早くて、はたと見回せば冬になっていた。寒さは感じていたけど、外気はこんなにも冷たくて、カサついていたのか。
間もなく冬休みになり、世間はクリスマスやお正月を如何に楽しむか計画しているのだろう。クリスマスは、ハルと過ごそう。最後の課金をして、デートを楽しみたい。
ハル『悪い、お前を置いていくことになって。大学を卒業したら、イギリスで修行をすることになった』
ミト『仕方ないね。将来、いくつもの会社を束ねる為に必要なことだもん』
ハル『薄情だな。本当はお前を連れて行きたいんだぜ? でも、系列グループの代表として必要なスキルを積む為、誰にも甘えられない環境で働かなくちゃならない』
ミト『私が傍にいたら、お荷物になっちゃう。だから、ここで待っている』
ハル『絶対、戻ってくる。土産は左薬指に嵌めるプラチナリングだ』
ミト『いつも、愛の言葉を贈ってくれてありがとう。大好きだよ』
ハル『愛している。離れていても、お前だけを想っている』
ミト『私も、ずっと愛し続ける』
悲しそうに微笑むハルの唇に、人差し指でちょんと触れる。キスするように。
ずっと、私は嘘を吐いていた。本当はファッションに疎いし、キラキラしたものは眩し過ぎる。たまに遊ぶならばいいけど、東京に住むのは無理かな。
本当の名前はミトではなくて、菜乃っていうの。それでも、私はハルと出会えて良かった。
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