偽りなしの恋

文字数 2,284文字

 素直に認めてもいいの? 本当は、ずっと和臣くんを忘れられなかった。ふと和臣くんのことを考えそうになっては、ハルに逃げていた。
 過去のものだってラベリングしても、取り残されたままだった。吹っ切れたと思い込まなくては、悲しいリアルで生きていけなかった。私を見てくれない、麻帆ちゃんの彼氏だった和臣くんを。
 スマートフォンの画面に並ぶアイコン達。指が記憶していて、「AIらぶシュガー」のアイコンに触れる。
 ハル、ありがとう。さようなら。私は口元を綻ばせながら、アンインストールした。
 アルバムを開いて、ハルのスクリーンショットが入っているフォルダを丸ごと削除する。和臣くんは私の作業を見守っていた。スマートフォンをローテーブルに置くと、私は真っ直ぐ和臣くんを見る。
「和臣くんが好きです」
 和臣くんが私を包み込む。筋肉質の体は木の幹みたいにゴツゴツしていなくて、しなやかだった。ドキドキするけど、沁み込む和臣くんの体温が心地良い。
 鼻先に和臣くんの唇が触れる。吐息はキャラメルマキアートの甘い匂いがした。


 ハルロスから幾分立ち直り、新学期を迎えて初めての日曜日。雪がないとはいえ、河川敷でバレーボールの練習をするのは寒いので、和臣くんの家に招かれる。
 和臣くんはマンション住まいで、現在は両親と三人暮らし。大学生のお姉さんは、関東方面の学校に通っているので独り暮らし中だ。お母さんにご挨拶したけど、この子にしてこの親ありという感じ。
 部屋に通されて、真っ先に目を引いたのは本棚だった。ビッシリと文庫本やハードカバーが納まっている。ワクワクしながら本棚の前に行くと、和臣くんがおかしそうに笑った。
「いの一番に本棚チェックなんて、菜乃さんらしい」
「文庫本のところ、スライドで奥にも並べられるんだね」
「飲み物を持ってくるから好きに見ていいよ」
 お言葉に甘えて、端から本のタイトルに目を通す。作家別で五十音順に並べてあった。
 シリーズものは古い順、ノンシリーズは出版社別。キッチリしているな。
 ミステリが多いけど、サスペンスやホラーも読むようだ。陽キャなのに、スリルや恐怖を求めているのか。
 コミックもあるけど、エッチな本は隠していないのかしら。和臣くんが戻ってきて、ドアを閉めると机にグラスとお菓子を盛ったカゴを置く。
「気になる本があれば貸すよ。海外ミステリは読む?」
「一度借りたけど、洋モノはしっくりこなかったな。何というか、いちいちオーバーな感じが馴染めなくて」
「洋モノって言い方、誤解されるからやめた方がいいよ」
 和臣くんは一冊抜き取って、どうぞと差し出す。表紙は、漫画調に描かれた探偵と助手。紙は日焼けしているけど、汚れや折り癖がない。
「ジュブナイルだから読みやすいよ」
 どれどれとページを捲ると、翻訳ものなのに、すんなりと文章が馴染む。これならば、最後まで読めそう。探偵の元に依頼人が来た辺りで、本を取り上げられた。
「家に帰ってから読んで」
 和臣くんは本も机に置くと、私を抱き締める。身長差があるから、広い胸に顔を埋める格好になった。
「俺の背中に手を回して」
 言われるがまま、そろりと和臣くんの背中を抱き締める。体が隙間なく合わさって、和臣くんの心音や体温が伝わってきた。
「相変わらず細いなあ。ちゃんと食べている?」
 家族や優海ちゃんだけでなく、和臣くんまでオカン状態になっている。最近は自ら進んで食べているし、体重も戻ってきていた。
 和臣くんは更にしっかりと抱き込む。胸が圧迫されて、窮屈になってきた。
「胸にダイブした時より、みっちり感がダウンしたかな。それでも、Fカップありそう」
「和臣くんって、胸のことを気にするよね」
「男だもん。興味があるのは当然でしょ」
 イケメンならば何を言っても許されると思っていない? 私がジトッと見れば、和臣くんが何? と小首を傾げる。
「私のこと、色気がないと思っているくせに」
「そんなことはないよ。菜乃さんみたいな小動物タイプが女豹のポーズをするから、ギャグにしか見えなかっただけ」
「本当に、私に対して遠慮がないね」
「素を見せても嫌われないって確信があるもん。本当は中学の時、もっと仲良くしたかったけど、彼女がいたから線引きしていた」
 抱擁を解かれて、両肩に筋張った大きな手が添えられる。和臣くんは身を屈めると、顔を寄せてきた。恥ずかしくなって、私は下を向く。
 顎を掬われて、和臣くんと目が合った。掠めるようなキスの後、ピッタリと唇同士が合わさる。
「少し、唇が荒れている」
 和臣くんは低く囁くと、私の唇をペロリと舐めた。くすぐったくて、身を竦める。癒すように舐められるけど、いけないことをしている気分。
 これって、高校生がするキスなの? 和臣くんの舌が私の口を割って入ろうとしたので、顔を掴んでストップさせた。
「私、恋愛経験ゼロなの。付き合って数日でディープキスを仕掛けるのは初心者殺しだよ」
「俺もしたことはなかったけど、前に見せてもらったハルのスクショに『舌を絡めてグチャグチャになるキスが好きなんだよな』ってセリフがあったから、要望に応えようとした」
「ゲームを真に受けないで」
「じゃあ、菜乃さんはどんなキスが好き?」
「今、初めてされたから分からない」
「それならば、二人でじっくり探ろうか」
「お手柔らかにお願いします」
「了解」
 前髪を柔らかく掻き上げて、額にキスされる。ハルには依存していたけど、和臣くんとは与え、与えられる関係になりたい。
 勇気を振り絞って、私は和臣くんの肩に手を乗せる。好きと心で呟きながら、頬にキスをした。


END
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登場人物紹介

鈴原菜乃(すずはら・なの)

普通科高校に通う二年生。

内向的で自己評価が低い。

インドア派で運動は苦手、中学時代はミステリ小説にハマっていた。

現在はスマートフォンのアプリゲーム「AIらぶシュガー」に依存中。

藤堂和臣(とうどう・かずおみ)

菜乃と同じ中学校出身で、進学校に通う。

中・高共にバレーボール部所属のハイスペックイケメン。

体を動かすことが好きな一方、ミステリ小説を好む。

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