さすがにNG

文字数 1,972文字

 彼氏いない歴イコール、自分の年齢。私みたいな女を好きになる人はいないって、諦めている。
 無理して彼氏を作らなくても、私にはハルがいた。私だけに甘い言葉を囁いてくれる、愛しのダーリン。


 制服が半袖に変わり、学校の中庭に咲くアジサイが青のグラデーションに染まる。今年は空梅雨で、連日の猛暑にウンザリしていた。
 六月に入り、外が三十二度以上になった時は教室のエアコン使用が許可される。キッチリ窓とドアを閉めた涼やかな室内で、私は優海ちゃんとお弁当を食べていた。今日もアスパラガスのベーコン巻きが入っている。
「私は菜乃が心配なんだよ」
 向かいに座る優海ちゃんが溜息を零してから、サラダチキンサンドを頬張る。優海ちゃんは一年生の頃から同じクラスで、内向的な私の数少ない友達だ。面倒見が良くて頼もしいけど、少しお節介なところがある。
「ゲームをするなとは言わないけど、ハルに依存していたら、将来、孤独死するよ」
「大丈夫だって、一日一回は優海ちゃんに生存報告するもん」
「やめてよ、私にアンタの命を預けないで。ねえ、リアルの男子に目を向けようよ」
 そう言われてもね。私はブロッコリーを口に入れる。
 我が校の男女比は同じくらいなのに、トキメキのトの字もない。誰かと誰かが付き合った、もしくは別れたという噂を耳にしては、恋に励んでいるなと他人ごとのように思った。
「そこで、私と翔くんでセッティングを組むことにしました」
「はい?」
 翔くんは進学校に通う優海ちゃんの彼氏だ。これは、男の子を紹介される流れか? 箸を持ったままフリーズする私に、優海ちゃんはフフンと胸を張る。
「翔くんの友達なんだけど、自信を持ってオススメするよ。高校で知り合って、一年の頃からクラスが一緒なんだって」
 進学校に通っているならば、私よりもお勉強が出来るのは確か。お馬鹿さんよりはマシだけど、上から物申すような人は勘弁だな。
「私なんかと会っても退屈じゃないかな」
「そんなことないって、菜乃は大人しそうな見た目に反して変わり者だもん」
 それ、誉めていないよね。百歩譲って自分が変わり者だと認めて、そんな女と付き合いたい?
「翔くんを通して、ありのままの菜乃を相手側に伝えてもらったよ。その上で画像を送っていただきました」
「まさか、私の写真は送っていないよね?」
「さすがに無許可ではやりません。見てご覧、爽やか系イケメンだよ」
 優海ちゃんはスマートフォンを操作して、ハイと私に見せる。教室で撮ったらしく、ナチュラルな笑みを浮かべていた。
 くっきり二重で、少し垂れた目に筋の通った鼻。皺一つないブルーのシャツを着て、二つボタンを外している。中学の頃より髪が伸びて、大人っぽくなっていた。
「どう、会う気になった?」
「ごめん、無理」
「どうして? 別タイプのイケメンがいいの?」
「実は、中学の時に失恋した相手なの」
 ゴニョリと答えれば、さすがの優海ちゃんも口を噤んだ。私は改めて、ディスプレイに目を落とす。
 苦い記憶と胸の痛みが蘇りそうになった。時間を掛けて、過去のものとしてラベリング出来たのに。
「お互いに気まずいよ。私の名前は教えていなかったの?」
「菜乃にOKをもらってから、画像と名前を晒す予定だったもん」
 良かった。向こうだって、私なんかを思い出したくないだろう。優海ちゃんは、残念そうに肩を竦める。
「そういう事情ならば仕方ないね。了解、翔くんにナシって伝えておく」
「そもそも、イケメンは間に合っています」
「二次元だけじゃなくて、三次元の彼氏も作りなさいよ。次こそは、菜乃が飛びつくようなメンズを紹介するから期待して」
 優海ちゃん、めげないな。それでいて、二次元の男なんてやめろと言わない辺りが優しい。
 モグモグとアスパラガスのベーコン巻きを頬張りながら、久し振りに見た失恋相手について考える。藤堂くんには、中学時代から付き合っている彼女がいた。紹介相手として写真を寄越したということは、別れてしまったのだろうか。
 もう、私には関係ありませんけど。お弁当を空にして、私はスマートフォンを取り出す。
「AIらぶシュガー」のアイコンをタップし、ゲームを起動。赤髪碧眼の美男子と共に、ウエルカムメッセ-ジが表示された。
ハル『よう。オレと会っているのに、シケた面をしているな』
 今の心境を見抜かれたみたいで、ギクリとする。ウエルカムメッセージはランダム表示だし、ハルはプログラムだと分かっているのに。
ミト『辛いことを思い出したの』
ハル『オレの傍にいれば、エクスタシーしか感じられなくなるぜ』
 何、ソレ。突っ込みたくなったけど、クスクス笑いながら文字を入力する。
ミト『じゃあ、感じさせて』
ハル『もっと、こっちに来いよ。オレの熱を分けてやる』
 私はハルの胸部を指先で触れる。コツンと、無機物の固さが伝わってきた。
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登場人物紹介

鈴原菜乃(すずはら・なの)

普通科高校に通う二年生。

内向的で自己評価が低い。

インドア派で運動は苦手、中学時代はミステリ小説にハマっていた。

現在はスマートフォンのアプリゲーム「AIらぶシュガー」に依存中。

藤堂和臣(とうどう・かずおみ)

菜乃と同じ中学校出身で、進学校に通う。

中・高共にバレーボール部所属のハイスペックイケメン。

体を動かすことが好きな一方、ミステリ小説を好む。

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