後悔を知る

文字数 2,478文字

 九月は夏のカテゴリーに入れていいと思う。熱帯夜で眠れない日々から解放されたけど、まだまだ半袖が活躍する。
 今週の日曜も、河川敷で和臣くんの自主練に付き合わされた。夏盛りの頃に比べれば、陽射しが和らいだかもしれない。川べりのススキはまだ青いけど、もう少ししたら黄金色の穂を揺らすのだろうか。
 最近はトスの練習をさせられたり、ワザと返しにくいボールを寄越されたりする。和臣くんとの練習効果で、バレーボールのスキルが地味に上がっていた。
 和臣くんがボールを打ち上げたので、私はジャンプしながらトスする。ブラでしっかり押さえ付けても、胸が揺れてしまう。
「来週の土曜、玄山高で練習試合をするよ」
「ウチのバレー部と、どちらが強いの?」
「同じレベルじゃないかな。六月の大会で戦った時はウチが勝ったけど、三年生は引退したからね」
 現在、和臣くんは部長として部員達を引っ張っている。こちらはワタワタしながらボールを返しているのに、和臣くんは優雅と表現してもいい動きでトスをした。
「予定がなければ応援に来てよ」
「ホームで敵チームを応援したら、白い目で見られちゃう」
「じゃあ、高みの見物でいい。菜乃さんがいてくれれば、程良く緊張が解けるから」
 もし和臣くんに好きな子がいれば、格好良いところを見せたくて応援を頼むのかな。別に、勝利の女神になりたいとは望まない。
 辛うじてボールを受けたものの、見当外れの方向に飛んでしまった。和臣くんはダッシュして、片手で私の方に寄越す。
 これで、連続五十回目。ポンとトスすれば、終わりとばかりに和臣くんはボールをキャッチした。


 バレーボール部の練習試合当日を迎える。部外者なのに試合を見るのは、邪魔にならないだろうか。でも、和臣くんと約束をしたから、野鳥観察と餌の交換を言い訳に学校へ向かう。
 前日、優海ちゃんに相談すると、午後ならば付き合えると言われた。和臣くんのチームは昼近くに我が校へ来て、午後イチに試合をはじめるらしい。
 優海ちゃんは午前中に部活があるので、昼過ぎに待ち合わせをした。約束の時間より三十分前に到着し、中庭に向かう。
 二つの校舎が連絡通路で繋がって囲まれたエリアには、芝生が張ってあった。花壇のコスモスは、白はピンクの花が可愛らしい。
 餌台は、何代前か分からない先輩が設置そうだ。観察は、放課後一回のみ。餌はなくなったり痛んだりしたら交換する。
 今回も、餌台に四つ足がいた。スマートフォンで撮影すると、シャッター音に反応して逃げていく。古い餌はビニール袋に入れて、ペットショップで買ったヒマワリの種とドライフルーツを餌台に置いた。
 焼却炉にゴミを持って行ったし、時間まで「AIらぶシュガー」をしよう。昇降口が開いているので中に入ろうとしたら、呼び止められた。
「鈴原さん、久し振り」
 我が校で練習試合をするのは、男子だけではなかったようだ。麻帆ちゃんが仲間達の輪から抜けて、こちらに近付く。
 サラサラのロングヘアを一つに束ねて、群青のジャージを着ていた。私が同じ格好をしたらダサく見えただろうに、麻帆ちゃんはキラキラしている。
「久し振り。今日は練習試合をするんだってね」
「臣から聞いた?」
 何故、それを知っている。麻帆ちゃんは結った髪の房をいじりながら微笑んだ。
「私、臣や草野くんと同じクラスなの。以前、廊下で二人が鈴原さんの話をしているところを偶然、聞いちゃった」
 草野くんって、翔くんのことかな。あの二人は私のいないところで、どんな話をしているの? 私のやることなすことを面白おかしく喋っているのか?
「あなた達って、付き合っているんだよね」
「違う違う。私の友達が男日照り振りを心配して、彼氏である翔くんに相談したらしいの。それで藤堂くんを紹介してもらったけど、色恋ゼロの関係だよ」
「そうなんだ。学校が違うのに結構会っているっぽいから、てっきり」
「バレーの練習に付き合ったり本の話をしたりするだけだもん」
「そういえば、あなた達って推理小説が好きなんだよね」
 麻帆ちゃんは、そのことをご存じだったか。中学時代は下心があったので後ろめたい。麻帆ちゃんは困ったような笑みを浮かべながら、髪を弄び続ける。
「臣とは去年、別れたんだ。他の誰かを好きになった訳じゃないけど、臣への気持ちが恋なのか自信が持てなくなって」
 和臣くんから聞いた話とズレはない。ただ、別れて一年くらいは経つだろうに、表情が曇っているのでモヤモヤする。
「どうして、距離を置こうって言っちゃったんだろう。関係が切れて、やっぱり好きだったと気付くなんて、虫が良過ぎる」
 悲しそうに笑う麻帆ちゃんは、守ってあげたくなるくらい心細そうだった。もし、和臣くんが麻帆ちゃんの後悔を知ったら、ヨリを戻す?
 着信音がしたので、麻帆ちゃんに断ってからスマートフォンを確認する。優海ちゃんからで、部活が終わったようだ。
「友達と待ち合わせをしているから行くね」
「そう。変なことを言ってごめんね」
 麻帆ちゃんは体育館のある方に駆けていった。私は長い髪が揺れる後ろ姿を見守る。


 優海ちゃんと合流して、近くのコンビニエンスストアに向かう。お昼を買って、イートインで食べた。憂鬱な気分でロールサンドを食べていると、優海ちゃんが顔を覗き込んでくる。
「何かあった?」
「和臣くんの元カノに会った」
「はあ?」
 驚く優海ちゃんに、事情を説明する。全て聞き終わると、優海ちゃんは優しく私の肩を叩いた。
「菜乃は元カノに遠慮することなく、臣くんとよろしくやればいいよ」
「でも、私は麻帆ちゃんの気持ちを知っていて、和臣くんは嫌いになって別れたんじゃない。私が和臣くんと一緒にいることで、麻帆ちゃんは嫌な思いをしないかな」
「二人の問題だから、菜乃が気を揉んでも仕方ないよ。それより、試合はいつはじまるの?」
「午後一時だよ」
「五分前に体育館へ着くようにしようか」
 優海ちゃんは時間を確認してから、サラダスパゲティを食べる。体育館でも麻帆ちゃんと顔を合わせるのは気まずいな。二人が楽しそうに話すところを見たくない。
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登場人物紹介

鈴原菜乃(すずはら・なの)

普通科高校に通う二年生。

内向的で自己評価が低い。

インドア派で運動は苦手、中学時代はミステリ小説にハマっていた。

現在はスマートフォンのアプリゲーム「AIらぶシュガー」に依存中。

藤堂和臣(とうどう・かずおみ)

菜乃と同じ中学校出身で、進学校に通う。

中・高共にバレーボール部所属のハイスペックイケメン。

体を動かすことが好きな一方、ミステリ小説を好む。

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