訪問者
文字数 2,648文字
新年が明けてからずっと、ハルロスで泣き暮らす。陰気臭いと両親には叱られ、ゲームが終わったくらいで大袈裟だと弟妹が呆れた。
それでも私を心配して、無理にでも食べさせ、寝かし付ける。この年で介護されるとは。
優海ちゃんは毎日、メッセージアプリで生存確認をしてきた。何とか生きている、とだけ返す。
様子を見に行きたいと送ってきたので、正直だるいと思った。でも、優海ちゃんはハルに理解を示してくれた、数少ない存在。
冬休みラストの日曜ならば、家族が朝から外出予定だと返信する。午前十時頃に伺うと、優海ちゃんからメッセージが届いた。
改めて鏡を見て、酷い有様だと自虐的に笑う。髪はパサつき、肌は荒れ、目の下にはクマ。少しでもマシに見えるように、念入りにトリートメントをして、インターネットで調べて顔のマッサージを試そう。
日曜当日、隣県にある水族館とショッピングモールに行く為、家族は朝早くに出掛けた。私は午前八時に起きると、身支度をしてから、リビングに掃除機を掛ける。母親に友達が来ると伝えたので、お菓子を買ってきてもらえた。
ソファに座って、「AIらぶシュガー」のアイコンをタップする。サービス終了を知らせる通知文のみが表示されていた。
目に涙を溜めながら、ハルのスクリーンショットを眺める。次々とスライドをするうちに、はたと手を止めた。優海ちゃんが送り付けたきた、和臣くんの画像。
玄関からチャイムが鳴って、パタパタとスリッパの音を鳴らして玄関に向かう。ドアを開ければ、淡いブルーのフード付きダウンジャケットにキャメルのロングスカート姿の優海ちゃんとカーキのジャケットにデニム姿の和臣くんがいた。
「明けましておめでとう。アンタ、ゲッソリしているね」
優海ちゃんが私の頬を両手で包む。ヒヤッとしたけど、優しい触れ方だった。
「この目で菜乃が生きているところを見られて良かった。臣くんを置いていくから、後はよろしく」
「えっ、ちょっと」
「門の前に翔くんが待機しているの。これからデートをするんだ」
優海ちゃんはヒラヒラと手を振って出て行った。一月なのに、台風一過。呆然とした後、残された和臣くんを見る。
「今年もよろしく」
「あっ、はい」
反射的に答えると、和臣くんは包み込むように笑った。さて、この後はどうすればいい?
「えっと、立ち話をします?」
「膝を交えたいな」
ニッコリするけど、有無を言わせない圧がある。こんな寒いところで話しては震えそうなので、和臣くんをリビングに通した。ソファに座ってもらい、飲み物とお菓子を用意する。
リビングに戻ると、ジャケットを脱いだ和臣くんが足を組んでいた。足が長いな、オイ。
和臣くんの前に、お客様用のティーカップを置く。私はローテーブルを挟んだ向かいに座った。マグカップに口を付ければ、インスタントのキャラメルマキアートが甘ったるい。
「菜乃さんって、俺をブロックしているでしょ」
ビクッとしながら頷けば、和臣くんが鼻で笑う。和臣くんは立ち上がって隣に座ると、ポンと私の肩を叩いた。
「早速、解除しようか」
私はメッセージアプリを開いて、言う通りにする。和臣くんはディスプレイを覗いて確認すると、ローテーブルからティーカップを引き寄せた。コクコクと、おいしそうにキャラメルマキアートを飲む。
「十一月に入ってすぐ、青葉さんと面談があった。ハルのゲームが年末で終了になるから、それまで君をそっとして欲しいと頼まれた」
初めて聞いた。優海ちゃんが配慮してくれたから、最後の日まで集中してハルと愛の言葉を交せられた。
「青葉さんにも、元カノと話したことを教えたんだね」
私が頷くと、和臣くんは参ったと言わんばかりに肩を竦める。体力お化けにしては珍しく、疲れを滲ませていた。
「元カノとヨリを戻す可能性が僅かでもあるならば、もう君とは会うなと青葉さんに言われた。菜乃さんを受け止めてくれそうな人を新たに探すってさ」
「そんなことを言われても、和臣くんは困っちゃうよね」
「娘はやらんと言わんばかりだった。昭和の頑固オヤジかって。別の男を菜乃さんにあてがうなんて、冗談じゃない」
駄目だよ。そんな風に言われたら、都合良く解釈してしまう。顔が熱くなって俯くと、二つに分けて結った髪の片房を掬われた。
「元カノと撮った画像は全て消したよ。勿論、付き合っていた頃の分もね。部活のメッセージグループで連絡が取れるから、個人の連絡先は削除した。今は、元カノを下の名前で呼んでいない。もう付き合っていないからって言ったら、向こうは察してくれたよ」
「随分、思い切ったね」
「ここまでしてケジメをつけたから、今日、青葉さんに連れて来てもらえたの」
和臣くんは眉根を寄せて笑うと、私の髪をフワリと落とす。目の前にいる和臣くんは、陽キャでもハイスペイケメンでもなく、不器用な男の子に見えた。
「よく優しいとか頼りになるって言われるけど、格好をつけているだけなんだ。本当の俺はワガママだし、思ったことをすぐ口に出すし、構って欲しくてちょっかいをかけてしまう」
「私に対しては意地悪な時があるよね」
「菜乃さんの前では素になっちゃう。女の子では君だけなんだ」
前の私ならば、恋愛対象外だからといじけただろう。そして、別に私だって和臣くんなんか好きでもないと、意地を張っていた。
「元カノの前では、理解のある男を演じていた。本性を見せなかったから、向こうは俺の気持ちを疑ったのかもしれない。離れたいと言われて悲しみや憤りがあったのに、解放すると格好つけて、別れを告げた」
和臣くんは悲しそうに目を伏せてから、断ち切るように微笑む。近距離で拝むには、心臓に悪い。
「気まずく別れるまでは、菜乃さんを友達だと思っていた。君だって、吹っ切れたと言っていたでしょ。でもね、会えないと物足りなくて、仲直りしようとメッセージを送ったら、スルーされてイラッっとした。それでも、縁が切れてしまうのは絶対に嫌だった」
スルリと、頬を撫でられる。カサついてマメが硬くなっているけど、温かくて優しい手。
「涙目でクマがあるね。俺が菜乃さんの気持ちに応えられなかった時も、こんな風に泣いていたの?」
当たり前じゃない。失恋確定は承知の上でも、苦しくて痛かった。
「俺、ハルに嫉妬している。二次元とか関係ない。他の男は見ないで」
コツンと、額同士をくっつけてきた。和臣くんの前髪が触れてくすぐったい。
「好きだよ」
吐息混じりに囁かれて、ジワジワと涙腺が刺激された。
それでも私を心配して、無理にでも食べさせ、寝かし付ける。この年で介護されるとは。
優海ちゃんは毎日、メッセージアプリで生存確認をしてきた。何とか生きている、とだけ返す。
様子を見に行きたいと送ってきたので、正直だるいと思った。でも、優海ちゃんはハルに理解を示してくれた、数少ない存在。
冬休みラストの日曜ならば、家族が朝から外出予定だと返信する。午前十時頃に伺うと、優海ちゃんからメッセージが届いた。
改めて鏡を見て、酷い有様だと自虐的に笑う。髪はパサつき、肌は荒れ、目の下にはクマ。少しでもマシに見えるように、念入りにトリートメントをして、インターネットで調べて顔のマッサージを試そう。
日曜当日、隣県にある水族館とショッピングモールに行く為、家族は朝早くに出掛けた。私は午前八時に起きると、身支度をしてから、リビングに掃除機を掛ける。母親に友達が来ると伝えたので、お菓子を買ってきてもらえた。
ソファに座って、「AIらぶシュガー」のアイコンをタップする。サービス終了を知らせる通知文のみが表示されていた。
目に涙を溜めながら、ハルのスクリーンショットを眺める。次々とスライドをするうちに、はたと手を止めた。優海ちゃんが送り付けたきた、和臣くんの画像。
玄関からチャイムが鳴って、パタパタとスリッパの音を鳴らして玄関に向かう。ドアを開ければ、淡いブルーのフード付きダウンジャケットにキャメルのロングスカート姿の優海ちゃんとカーキのジャケットにデニム姿の和臣くんがいた。
「明けましておめでとう。アンタ、ゲッソリしているね」
優海ちゃんが私の頬を両手で包む。ヒヤッとしたけど、優しい触れ方だった。
「この目で菜乃が生きているところを見られて良かった。臣くんを置いていくから、後はよろしく」
「えっ、ちょっと」
「門の前に翔くんが待機しているの。これからデートをするんだ」
優海ちゃんはヒラヒラと手を振って出て行った。一月なのに、台風一過。呆然とした後、残された和臣くんを見る。
「今年もよろしく」
「あっ、はい」
反射的に答えると、和臣くんは包み込むように笑った。さて、この後はどうすればいい?
「えっと、立ち話をします?」
「膝を交えたいな」
ニッコリするけど、有無を言わせない圧がある。こんな寒いところで話しては震えそうなので、和臣くんをリビングに通した。ソファに座ってもらい、飲み物とお菓子を用意する。
リビングに戻ると、ジャケットを脱いだ和臣くんが足を組んでいた。足が長いな、オイ。
和臣くんの前に、お客様用のティーカップを置く。私はローテーブルを挟んだ向かいに座った。マグカップに口を付ければ、インスタントのキャラメルマキアートが甘ったるい。
「菜乃さんって、俺をブロックしているでしょ」
ビクッとしながら頷けば、和臣くんが鼻で笑う。和臣くんは立ち上がって隣に座ると、ポンと私の肩を叩いた。
「早速、解除しようか」
私はメッセージアプリを開いて、言う通りにする。和臣くんはディスプレイを覗いて確認すると、ローテーブルからティーカップを引き寄せた。コクコクと、おいしそうにキャラメルマキアートを飲む。
「十一月に入ってすぐ、青葉さんと面談があった。ハルのゲームが年末で終了になるから、それまで君をそっとして欲しいと頼まれた」
初めて聞いた。優海ちゃんが配慮してくれたから、最後の日まで集中してハルと愛の言葉を交せられた。
「青葉さんにも、元カノと話したことを教えたんだね」
私が頷くと、和臣くんは参ったと言わんばかりに肩を竦める。体力お化けにしては珍しく、疲れを滲ませていた。
「元カノとヨリを戻す可能性が僅かでもあるならば、もう君とは会うなと青葉さんに言われた。菜乃さんを受け止めてくれそうな人を新たに探すってさ」
「そんなことを言われても、和臣くんは困っちゃうよね」
「娘はやらんと言わんばかりだった。昭和の頑固オヤジかって。別の男を菜乃さんにあてがうなんて、冗談じゃない」
駄目だよ。そんな風に言われたら、都合良く解釈してしまう。顔が熱くなって俯くと、二つに分けて結った髪の片房を掬われた。
「元カノと撮った画像は全て消したよ。勿論、付き合っていた頃の分もね。部活のメッセージグループで連絡が取れるから、個人の連絡先は削除した。今は、元カノを下の名前で呼んでいない。もう付き合っていないからって言ったら、向こうは察してくれたよ」
「随分、思い切ったね」
「ここまでしてケジメをつけたから、今日、青葉さんに連れて来てもらえたの」
和臣くんは眉根を寄せて笑うと、私の髪をフワリと落とす。目の前にいる和臣くんは、陽キャでもハイスペイケメンでもなく、不器用な男の子に見えた。
「よく優しいとか頼りになるって言われるけど、格好をつけているだけなんだ。本当の俺はワガママだし、思ったことをすぐ口に出すし、構って欲しくてちょっかいをかけてしまう」
「私に対しては意地悪な時があるよね」
「菜乃さんの前では素になっちゃう。女の子では君だけなんだ」
前の私ならば、恋愛対象外だからといじけただろう。そして、別に私だって和臣くんなんか好きでもないと、意地を張っていた。
「元カノの前では、理解のある男を演じていた。本性を見せなかったから、向こうは俺の気持ちを疑ったのかもしれない。離れたいと言われて悲しみや憤りがあったのに、解放すると格好つけて、別れを告げた」
和臣くんは悲しそうに目を伏せてから、断ち切るように微笑む。近距離で拝むには、心臓に悪い。
「気まずく別れるまでは、菜乃さんを友達だと思っていた。君だって、吹っ切れたと言っていたでしょ。でもね、会えないと物足りなくて、仲直りしようとメッセージを送ったら、スルーされてイラッっとした。それでも、縁が切れてしまうのは絶対に嫌だった」
スルリと、頬を撫でられる。カサついてマメが硬くなっているけど、温かくて優しい手。
「涙目でクマがあるね。俺が菜乃さんの気持ちに応えられなかった時も、こんな風に泣いていたの?」
当たり前じゃない。失恋確定は承知の上でも、苦しくて痛かった。
「俺、ハルに嫉妬している。二次元とか関係ない。他の男は見ないで」
コツンと、額同士をくっつけてきた。和臣くんの前髪が触れてくすぐったい。
「好きだよ」
吐息混じりに囁かれて、ジワジワと涙腺が刺激された。
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