体を動かされています

文字数 2,307文字

 次の週も放課後に藤堂くんと会った。商業施設入口のベンチに座り、紙パックのオレンジジュースを飲む。連日、夕方になっても三十度以上あるけど、日陰になっているので涼が感じられた。
 藤堂くんが本を貸してくれて、私は早速、裏表紙のあらすじを読む。お金持ちは誕生パーティーを開きがち。いきなり、藤堂くんが二の腕を掴んできたのでビックリする。
「鈴原さんって、見るからに運動していなさそう」
 藤堂くんは私の腕を観察しながら、にぎにぎと感触を確かめる。筋肉が付いていなくて悪かったですね。
「体育の授業で充分だよ。それに、自転車通学だし」
「十代は代謝が良いからって、あぐらを掻かない方がいい。今は細いけど、高校卒業したら一気に脂肪が付くよ」
 嫌な予言をされた。でも、両親がぽっちゃりしているので、内心焦ってしまう。
「どうせ休日はダラダラしているんでしょ。体、動かそう」
 見てきたようなことをおっしゃる。ええ、休みの日は寝転がって「AIらぶシュガー」をしていますよ。


 バレーボール部は日曜が休みなので、天気が悪くなければ午前十時に近所の河川敷へ集合と言われる。陽キャは外に連れ出しがち。
 動きやすい格好と指定されたので、ポロシャツにストレッチ素材のハーフパンツにした。藤堂くんは犬のイラストがプリントされたTシャツに、ネイビーのストレートパンツ姿である。小脇に年季の入ったバレーボールを携えていた。
「おはよう、良い天気だね」
「うん、おはよう」
 密かに、雨が降らないかと願っていた。雲一つない快晴だよ。
 堤防に自転車を停めて、河川敷に降りる。サッカーコートがある広さで、今は雨が少ないから川がスリムだ。普段バレーボール部が行うストレッチを一緒にしてから、藤堂くんがトスするボールをひたすらレシーブする。
 川に落ちたら終了だなと思っていたけど、見当外れな方向に飛ばしても、藤堂くんは難なく打ち返した。しかも、私がレシーブしやすい球を寄越してくる。とはいえ、貧弱な私の腕はすぐ痛みを訴えた。
「無理無理、骨折した」
「ハイハイ」
 藤堂くんは半笑いであしらう。ボールを受けた部分がジンジンして痛い。明日になったら絶対、紫の斑点が出来る。
 もう手で受けたくなくて仰け反ると、ボールが胸に当たった。ぽよんと真上に飛んで、藤堂くんがトスする。
「胸でレシーブなんて器用だな」
「どこで受けても痛いよお」
「三十回続いたら休もう」
 私、初心者なんですけど。下手したら、夜になっても帰れないのでは。危ぶんだものの、藤堂くんがリカバリーしたお陰で、五度目のトライで成功した。
「お疲れ様。木陰で休もう」
 私は汗だくで膝に手を突いているのに、藤堂くんは爽やかな笑みを零す。頬を伝う汗さえ、キラリと輝いていた。


 河川敷には桜並木があり、今は木陰を提供してくれる。木の下に置いたトートバッグからタオルを出して、汗を拭った。
 腕だけではなく、胸も痛い。赤くなっていないか、ポロシャツの中を覗いた。
「三回に一回は胸で受けていたね」
「うわっ」
「見ていないから安心して」
 藤堂くんは笑いながら、スポーツドリンクを飲む。凍らせたものをタオルで巻いているらしい。藤堂くんが私如きの乳なんかに興味がないって、分かっている。
「失礼ながら、もっと鈍くさいと思っていた。動物園でカピバラのダッシュを見た時以来の衝撃だよ」
 本当に失礼だな。正直なところ、私は壁打ちの代用にされたようなものだ。
「また俺の練習に付き合ってね」
「私がいることで邪魔にならなければ」
「一人でやるよりは、断然楽しかった」
 カラッとした笑みを向けられても困る。私は空咳をしてから、常温のルイボスティーに口をつけた。
「藤堂くんのところって、部員はどれくらいいるの?」
「三年生が引退したから、今は二十人ちょいかな」
「中学から続けているなら、プロになりたいって思ったことはある?」
「一年からレギュラー入りしているし、全力で頑張っているけど無理だね」
 藤堂くんはサラリと答える。どんなに疎くてもプロの道は厳しいと分かるのに、安直な質問をしてしまった。
「良くて地方ブロック進出、大抵は県大会で敗退している。強豪校には俺よりも体格が良くて、技術もある選手がゴロゴロいる」
「バレーボール選手って、二メートル、三メートルは当たり前だもんね」
「三メートルあったら化け物だよ」
 藤堂くんはクスクス笑いながら、突っ込みを入れる。揚げ足を取らないでいただきたい。
「バレーボールは好きだから、将来、働くようになっても趣味でやりたい」
 そんなにも好きなものと、私は関わらせてもらえたのか。不本意にも、胸がキュッとなる。
「来週はプールに行こうか」
 陽キャはプールに行きがち。授業以外では、小学校低学年で行ったのが最後だ。
「スクール水着しかないもの」
「充分じゃん」
 学校以外で着るのは嫌だな。それに、胸が大きいから人の目が気になる。
「藤堂くんって、プールによく行くの?」
「去年の夏休みは、部活の後に学校のプールで泳いだよ」
 体力お化けか。こちらは連続レシーブだけでヘトヘトなのに。
 それにしても、木陰って気持ち良いな。「AIらぶシュガー」で夜更かしをしたせいもあって、ウトウトしてしまう。


 ハッとして状況確認すれば、藤堂くんに寄り掛かっていた。慌てて離れると、勢い良く謝る。
「ごめんなさい。私、寝ていた?」
「ちょっとだけ。安らかな寝息を立てていた」
「起こしてくれれば良かったのに」
「あの程度の運動でスリープモードになるのは、体力がなさ過ぎ」
 藤堂くんは鼻で笑いながら、私を見据える。馬鹿にされたと分かっていても、憤りよりもトキメキのせいで体が熱くなった。
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登場人物紹介

鈴原菜乃(すずはら・なの)

普通科高校に通う二年生。

内向的で自己評価が低い。

インドア派で運動は苦手、中学時代はミステリ小説にハマっていた。

現在はスマートフォンのアプリゲーム「AIらぶシュガー」に依存中。

藤堂和臣(とうどう・かずおみ)

菜乃と同じ中学校出身で、進学校に通う。

中・高共にバレーボール部所属のハイスペックイケメン。

体を動かすことが好きな一方、ミステリ小説を好む。

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