ハメられた

文字数 2,222文字

 土曜日の午前中に、駅前で優海ちゃんと待ち合わせをする。久し振りに部活が休みだから付き合ってと、昨夜、メッセージが来た。予定はガラ空きだったので、喜んで誘いに乗る。
 プラネタリウムは駅から歩いてすぐの場所にあった。投影時間までは館内の展示物を見て回り、小学校以来、人工の星空を満喫する。
 夏の大三角形、さそり座のアンタレス。ミステリ小説で、十二星座になぞらえた事件があったな。
 約四十分の投影が終わり、館内を後にする。私は胸を開くようにして、両腕を後ろに伸ばした。
「暗くて涼しいから、ウトウトしちゃった」
「私も。ナレーションがイケボだったし、静かなBGMが流れていたね」
「この後、どこで食べる?」
「ちょっと待って」
 優海ちゃんがスマートフォンを出して、ポチポチと操作する。メッセージを送っているようだけど、相手は翔くんだろうか。
 私もディスプレイを見ると、時刻はお昼を過ぎたところ。ランチタイムのピークかもしれない。
「ハンバーガーを食べよう。割引きクーポンがあるんだ」
 優海ちゃんは、スマートフォンをバッグに仕舞う。太陽が高い位置にあり、冷気に甘やかされた体がみるみる解凍されていくようだ。
 私達はメインストリート沿いにあるハンバーガーショップへ入る。優海ちゃんが四人掛けテーブルを見つけた。
「悪いけど、菜乃が並んでくれない?」
「いいよ、何を頼むの」
「チーズエッグバーガーのセット、ドリンクはジンジャーエールでよろしく」
 割引きクーポンと五百円玉を渡される。私の前に長い列が出来ているので、スマートフォンを出すと「AIらぶシュガー」を起動した。
ハル『なあ、喉が渇かないか? お前の為にピンクシャンパンを用意したぜ』
 私、未成年なんですけど。現実世界では、これからファストフードを食べるのよね。
 ハルと会話を楽しむうちに、注文する番になった。フリック入力に慣れたものの、文章入力が苦手だから瞬く間に時が流れる。
 トレイを持ってテーブル席に戻ると、優海ちゃんはスマートフォンから顔を上げた。私はトレイを置いて、向かいの席に座る。
 ウェットティッシュで手を拭いて、ポテトを摘んだ。熱々でおいしい。
 バーガーを半分食べたところで、優海ちゃんのスマートフォンが鳴る。優海ちゃんはディスプレイを見て、たちまち嬉しそうにした。
「来た」
 優海ちゃんは立ち上がると、手を振り出した。椅子に座ったまま振り返れば、進学校の制服を着た男子二人組に目がいく。
 中背で細身の男の子は翔くんだ。写真で何度か見たことがあるけど、実際に会うのは初めて。翔くんは優海ちゃんに気付くと、ふんわり微笑みながらこちらに来た。
 翔くんの隣にいるのは、もう関わることはないと思っていた藤堂くん。改めて見ても、背が高くて女子受けする顔をしていた。
「今日も暑いね」
「部活、お疲れ様」
 翔くんと優海ちゃんが言葉を掛け合う。翔くんが私にペコリとお辞儀をしたので、つられて頭を下げた。
「はじめまして。休みなのに、わざわざ来てくれてありがとう」
 はい? チロリと優海ちゃんを見れば、私に両手を合わせている。複雑な気持ちで藤堂くんを見上げると、裏のなさそうな笑みを浮かべていた。
「久し振り、鈴原さん」
「お久し振りです」
 フランクに挨拶されて、私はゴニョゴニョと返す。男子二人は、私達と同席するようだ。翔くんは優海ちゃん、藤堂くんは私の隣に。
 ファストフード店のテーブル席は狭いので、藤堂くんの腕が触れてビクッとした。しかも、半袖だから生々しい。
 私は肩を窄めて、体を壁に押し付ける格好となった。翔くんが優海ちゃんと藤堂くんに、それぞれを紹介する。
「初めまして、臣くん」
「初めまして。今日はセッティング、ありがとう」
 これは、どういうこと? 紹介の話はナシになったでしょうよ。私が探るように見ていると、藤堂くんはおかしそうに笑う。
「まるで容疑者を睨むベテラン刑事みたいだ」
「臣、女の子に対して失礼な比喩だよ」
 それから、三人は気楽な感じでお喋りをはじめる。私はポソポソとポテトを摘んで、ストローに口を付けた。
 皆、部活熱心ね。活動報告をし合っては、地方大会や試合が近くて大変と漏らす。
 藤堂くんは中学と同じくバレーボール部、優海ちゃんはブラスバンド部で、翔くんはオーケストラ部だ。壁に引っ付いたままオレンジジュースを飲む私に、藤堂くんが話し掛けてくる。
「鈴原さんって中学は帰宅部だったけど、高校ではどうなの?」
「生物部に入っています」
「文系のイメージがあったから意外だな。解剖するの?」
「しないよ。私は野鳥観察担当なの」
「玄山高は山の裾野にあるから、バードウォッチングに最適だね。どんな鳥が来るの?」
 翔くんの質問に反応して、優海ちゃんがプッと吹き出した。事情を知らない男子二人は、キョトンとする。
「ハトやカラスは鳥なだけマシね。猫や野ウサギ、リスが来るんだよ」
「リスって、そんな軽率に現れる?」
「菜乃、見せてやりなさいよ」
 半信半疑な藤堂くんを受けて、優海ちゃんが私にけしかけた。絶対、笑われる。私は紙ナプキンで指を拭ってから、スマートフォンを操作した。
 アルバムから動画を選んで、テーブル中央にスマートフォンを置く。藤堂くんと翔くんはディスプレイに注目した。
「本当だ。菜乃ちゃんの手から直接ヒマワリの種を受け取っている」
「夢の国プリンセスかよ」
 その突っ込み、生物部の先輩に動画を見せた時にもされたわ。
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登場人物紹介

鈴原菜乃(すずはら・なの)

普通科高校に通う二年生。

内向的で自己評価が低い。

インドア派で運動は苦手、中学時代はミステリ小説にハマっていた。

現在はスマートフォンのアプリゲーム「AIらぶシュガー」に依存中。

藤堂和臣(とうどう・かずおみ)

菜乃と同じ中学校出身で、進学校に通う。

中・高共にバレーボール部所属のハイスペックイケメン。

体を動かすことが好きな一方、ミステリ小説を好む。

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