星を見に行こう

文字数 2,139文字

 夏休みに入り、私はクーラーの効いた部屋でダラダラ過ごす。ほぼ一日「AIらぶシュガー」をしていた去年と違う点は、再びミステリを読むようになったこと。インターネットの掲示板でミステリについて語るスレッドも参考にするけど、藤堂くんのオススメにハズレはない。
 藤堂くんとは、週に三回会っている。平日は午後、近所にあるベーカリーのイートインでお茶をした。藤堂くんは部活帰りなので、制服にリュック姿がデフォルトである。
 夏休みでも、日曜の午前中に河川敷でバレーボールと戯れた。色白と言われ続けた私が健康的に日焼けする。相変わらず腕や胸が痛くなるけど、正確にレシープする成功率は上がった。
 今日も午後になると、私はベーカリーに向かう。店内はクーラーが効いているけど、焼きたてパンの匂いが鼻をくすぐるから心がほこほこした。
 パンを買い求めるのは、小さな子を連れた若いお母さんや仲が良さそうな老夫婦。イートインには一人カフェを楽しむ女性やお年寄り、中学生グループがいる。
 私はカスタードコロネとカフェオレの載ったトレイを持って、カウンター席に座った。「AIらぶシュガー」にログインして、心の中でハルのセリフに突っ込みを入れていると、隣に座る気配がする。
「今日もブレることなく、ハルとよろしくやっているね」
「お疲れ様です」
 藤堂くんは手を拭いてから、焼きそばパンを頬張る。私はゲームをログアウトして、カフェオレを飲んだ。
「来週から三泊四日で合宿をするんだ」
「へえ、どこで?」
「海の近くにある青年の家。オケ部も同じ日程で合宿らしい」
「先週、優海ちゃんと遊んだ時にぼやいていたよ。花火大会とお祭りが翔くんの合宿と被ってデート出来ないって」
「代打で鈴原さんが青葉さんとデートをするって、部活帰りに翔から聞いたな」
 合宿は女子も一緒なのだろうか。別れたとはいえ、麻帆ちゃんと一つ屋根の下で過ごすのはドキドキしないのかな。
「わちゃわちゃした所って苦手だけど、夏の思い出を作らないとね」
「俺とも夏の思い出を作らない?」
 藤堂くんがニッコリしながら提案する。私、陽キャの遊びには付き合えないよ。
「例えば、どんな?」
「わちゃわちゃは嫌なんでしょ、星を見に行こうか。中学校の近くにある高台って、天体スポットになっているんだよ」
「乙女ゲームのデートイベントみたいだね」
「ゲーム脳だなあ。ハルとは既に済ませた?」
「自家用ヘリで夜景を眺めたことはある」
「石油王か」
 藤堂くんは笑いながら、アイスコーヒーにミルクとガムシロップを入れる。男の子はブラックで飲むイメージがあったけど、チョコレートが好きな甘党だったね。
「俺はデートで星を見に行ったことはないな」
「そうなんだ」
「あそこが心霊スポットって噂、聞いたことがない? 怖がっていたから誘わなかった」
 確か、武士だか兵士の霊が出没するんだったか。街灯が乏しいので、肝試しに打って付けらしい。
「合宿中にコッソリ抜け出して、二人で流れ星にお願いはしなかったの?」
「それこそ恋愛ゲームの世界じゃん。女子とは日にちをズラして合宿するから、そんなイベントは発生しないよ」
 ホッとしてしないし、妬いてもいないからね。藤堂くんはストローに口をつけてから、こちらを見る。
「いつにする? しばらく雨の心配はない筈だけど」
 藤堂くんはスマートフォンで天気のチェックをはじめる。行くことが前提になっていない?
「高台って、坂を登るんだよね」
「良い運動になるよ。ゆっくり歩いてニ十分も掛からないし、夜だから暑さも和らいでいる」
「私だって、幽霊は怖いよ」
「バラバラ死体や白目を剥いて苦しみながら毒殺される被害者が出る話を読んでいるのに」
「そういう描写は苦手なの。うっかり想像して、夜眠れなくなることだってあるんだから」
「想像力が逞しいな。絶対、置いて行かないから安心して」
 藤堂くんは微笑んでから、アイスコーヒーを飲む。そうやって甘い顔をすれば、女の子が言うことを聞くって思っているんでしょ。
「優海ちゃんや翔くんも誘ったらどうかな」
「俺と二人は不服?」
「人数が多ければ、心霊スポットも怖くなさそう」
「翔達だって、水入らずでデートしたいでしょ」
 それを言われては、お邪魔虫になりたくない。藤堂くんはストローでグラスの中をかき回す。
「前から気になっていたけど、翔のことは名前呼びなんだね」
「優海ちゃんがそう呼んでいるし、翔くんの名字って分からないもん」
「なるほど。俺達もファーストネームで呼び合おうか」
 陽キャは馴れ馴れしく名前で呼びがち。ドキドキするものか。
「菜乃さん、星を見るのは合宿から戻ってきた後でいい?」
「いいよ。その、臣さん」
「和臣でいいよ」
「……和臣くん」
 藤堂くんはニヤニヤしながら、私を観察しているようだった。


ミト『デートに誘われちゃった』
ハル『お前は綺麗だから、男に口説かれたくらいで驚きはしねえよ。オレに惚れて、オレに愛されているから輝けているんだぜ』
ミト『ハル以外の人と出掛けてもいい?』
ハル『構わねえけど。他の奴が相手では、心から楽しめないって分かっているし。……オレを捨てるなんてナメた真似はしねえよな?』
 捨てる訳がないでしょ。ハルは一番辛かった時、傍にいてくれたんだもの。
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登場人物紹介

鈴原菜乃(すずはら・なの)

普通科高校に通う二年生。

内向的で自己評価が低い。

インドア派で運動は苦手、中学時代はミステリ小説にハマっていた。

現在はスマートフォンのアプリゲーム「AIらぶシュガー」に依存中。

藤堂和臣(とうどう・かずおみ)

菜乃と同じ中学校出身で、進学校に通う。

中・高共にバレーボール部所属のハイスペックイケメン。

体を動かすことが好きな一方、ミステリ小説を好む。

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