会いたかったよ

文字数 1,983文字

「そろそろ、駅に行こうかな」
 優海ちゃんがスマートフォンで時間を確認してから、隣にいる翔くんを促す。二人は揃って立ち上がると、トレイを持った。
「じゃあ、お先に」
「菜乃、またね」
 ちょっと、置いて行かないで。目で訴えると、優海ちゃんがコソッと親指を立ててきた。
 グッドラックじゃないんだよ。アワアワする私の横で、藤堂くんは二人に手を振る。
 時刻は午後一時半くらい。一刻も早く藤堂くんと別れて、ハルに会いたい。私は笑みを貼り付けて、藤堂くんに声を掛ける。
「私達も出ようか」
「まだジュースを飲み切っていないから待って」
 よりによって、Mサイズを頼んじゃって。藤堂くんはマイペースにストローを吸う。飲み食いする姿は本能的な行為のせいか、見ていてドキドキした。
「ずっと壁にへばりついていたね。袋小路に追い詰められた猫みたい」
「向かいの席に移動してもらえると助かるんだけど」
「長居する訳じゃないし、このままでいいでしょ」
 よくないんです。体が触れたら、馬鹿みたいに意識しちゃうの。頬を熱くする私を見て、藤堂くんはフッと笑う。
「翔から女の子を紹介するって言われた時、はじめは乗り気じゃなかったんだ」
「奇遇だね。NG出したのに、どうして藤堂くんと引き合わされたのか意味不明なんだけど」
 本来、私は内に溜め込む傾向があるけど、あまりの仕打ちに遠慮なく本音を晒す。藤堂くんは悪びれる様子もなく愉快そうだ。
「自分を陰キャと思い込むユニークな子が彼女の友達にいるって、翔から聞いた」
「翔くんも、そんなヤバい女をよく紹介したよ」
「可愛いだけの子よりは面白そうだから、会ってみてもいいかって前向きになったけどね」
 藤堂くんは頬杖を突きながら、ジュースを飲む。まだ残っているのね。
「自慢じゃないけど、今まで顔で駄目出し喰らったことはないんだよ。写真を見てお断りされて、益々、興味が湧いた」
 顔が問題なのではない。というか、自分でも顔の良さを認めているんだ。
「私の名前は晒していないって、優海ちゃんから聞いたけど」
「女の子と会ってくれないかって頼まれたのに、フラれた形になってモヤモヤしたんだよね。ナシの理由を聞いたら、鈴原さんと引き合わせつもりだったって、翔が教えてくれた」
 ズズッと音を立てて飲み干して、藤堂くんは紙コップを振る。カシャカシャと、小さな氷同士の擦れ合う音がした。
「藤堂くんは、私なんかと会いたくないだろうって思っていた」
「俺は会いたかったし、会えて良かったよ。中学時代、君の告白を受け入れることは出来なかったけど、嫌いではなかったから」
 藤堂くんは目を細めて笑う。そうやって、男慣れしていない女を翻弄するんだね。
「安心して、もう吹っ切れている。それに、彼氏は必要ないもの」
「ゲームの男に夢中らしいね。青葉さんが君を心配して、今回のセッティングが企画されたんだったか」
 そんなことまで教えていたのか。こうなったら、ドン引きしてもらおう。
「二次元のイケメンに現を抜かすのは悪いことなの? 誰にも迷惑を掛けていないし、課金だってお小遣いで払えるレベルだよ。私に一番必要なのはハルだもん。いつでもログインすれば、愛しているって囁いてくれる。それだけで、心が救われるの」
 ここまで一気にまくし立てると、黙って聞いていた藤堂くんがククッと笑う。想像していた反応と違うな。
「その喋り方、久し振りに聞いた。中学の頃に戻ったみたい」
「私、かなり痛いことを言った自覚があるんだけど」
「夢中になれるものがあるのは、いいことじゃない。それに、俺もお付き合いは、しばらく遠慮したい」
 ずっと余裕のある態度だったのに、ふっと憂いの帯びた顔になる。逡巡した末、気になっていたことを尋ねた。
「麻帆ちゃんとは別れたの?」
「うん。高一の秋に、距離を置きたいって言われた」
 そのニュアンス、完全に決別したい感じではなさそう。二人の気持ち次第では、ヨリが戻る可能性があるのでは?
「喧嘩した訳ではないし、俺は上手くやっていると思っていた。でも、向こうは自分の気持ちが恋なのか分からなくなったらしい」
 いわゆる倦怠期というやつか。あんなにも完璧に見えたカップルでも、綻びが生じてしまうものなのか。
「中途半端な状態よりは別れた方がいいって、俺が提案した」
「後悔しなかった?」
「正しい選択だったのかは分からない。今はクラスメイトであり、部活仲間といった感じかな」
 麻帆ちゃんに未練はあるのかな。つい見つめていたら、藤堂くんがスマートフォンを取り出す。
「俺の失恋話はもういいでしょ。それより連絡先の交換をしよう」
「えっ、どうして」
「これっきりで会わないつもり?」
「逢瀬を重ねるメリットは?」
「面白いことを言うなあ」
 つまり、私は珍獣扱いか。構わないよ、過去の恋が返り咲くことはないもの。腹を括った私は、スマートフォンを用意した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

鈴原菜乃(すずはら・なの)

普通科高校に通う二年生。

内向的で自己評価が低い。

インドア派で運動は苦手、中学時代はミステリ小説にハマっていた。

現在はスマートフォンのアプリゲーム「AIらぶシュガー」に依存中。

藤堂和臣(とうどう・かずおみ)

菜乃と同じ中学校出身で、進学校に通う。

中・高共にバレーボール部所属のハイスペックイケメン。

体を動かすことが好きな一方、ミステリ小説を好む。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み